2019/12/15

都会に暮らす生き物

 その木の近くを通るとヒヨドリがするどい鳴き声とともに飛び出してくるので何かありそうだと思っていたが、その正体がようやく分かった。

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 木の中をじっくり見たら、葉と葉の間に小さな赤い実があちこちに。以前、ここで小さな花を見かけたが、それがすっかり実になっていたのだ。ヒヨドリはこの実を食べにきたのだろう。

 これはモチノキ科のクロガネモチという木。クロガネモチは、庭植えにすると10メートルほどの大木となり、観察した木も高さ3メートルぐらいあり見上げるほど。

 それにしてもこのごろヒヨドリをよく見かける。かつて冬に来る渡り鳥だったそうだが、いまや一年中いて数も増えたように感じる。いつからこうなったのだろうか?「山渓フィールドブックス野鳥」(1991年、山と渓谷社)によれば、ヒヨドリは”1970年頃から市街地で繁殖する個体が増え、公園や街路樹でも営巣するようになった”とある。思わずこのごろという言葉がでたが、その兆候は50年も前からあったのだ。

 今年は市街地にイノシシが現れるニュースが続いた。いまはめったにない出来事として報道されるが、ヒヨドリと同じように”イノシシは令和元年頃から市街地に現れるようになり・・・”という記事を見る日が来るのだろうか。

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2019/12/09

千重咲き

 この時季、公園や生垣で白色やピンク色のサザンカの花を見かける。サザンカの原種は、白色一重の花で四国あたりが北限だそうだが、園芸種のサザンカは形も色もさまざまで全国で見かける。

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 サザンカは園芸種が数多く作られており(300種とした説もあり)品種特定が難しい。上の写真は、たぶん「乙女サザンカ」。乙女サザンカの花は千重咲とされている。一重や八重は花びらの様子を示す言葉としてよく使われるが、千重咲はなじみがなく広辞苑にも載っていない。しかし、いかにも花びらが多いことを連想させる表現で、ボタンやバラでも使われる。

 ところで八重は人名でも花でもヤエと読むのに、なぜか千重は人名にあるチエでなく花ではセンエと読ませる。すなわち千重咲はセンエザキとしている。これは園芸業界用語だろうか、ちょっと気になる読み方だ。

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2019/12/01

そのクリスマスツリーはモミでないかも

 身近にある樹木や草花について調べると、意外な事実に驚くことがある。いまの時季であれば、カエデとモミジの違いなどがよく話題に上がる。じつはこの二つは同じ樹木を指している。カエデは葉の形がカエルの手に似ていることからきた呼び名で、モミジは色づくことを表す「もみつ」からきた呼び名だそうだ。つまり葉の形か、葉が色づくことに着目するかの違いだ。しかし一般には、葉の切れ込みが浅いものをカエデ、深いものをモミジと呼ぶことが多い。

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 カエデとモミジの話はよく知られているが、”そのクリスマスツリーはモミではない”はどうだろうか。これは「植物と行事」(湯浅浩史、朝日選書)の「クリスマス植物の由来」に載っている話だが、”もともとヨーロッパモミは、ドイツ南部以西のヨーロッパに自生するが、北欧やイギリスには見られず”とある。つまりサンタクロースの故郷とされる北欧にはモミはないのだ。さらに”日本でモミとよばれてクリスマスツリーに使われているのはドイツトウヒ”とある。

 植物分類上ではモミとドイツトウヒは同じマツ科だが、モミ属とトウヒ属と異なる。しかし樹形を見る限りではともに三角錐の形をしていて見分けがつかない。タネの形が違うので見分けられるそうだが、そのタネを見る機会がないとどうにもならない。

 ところでナショナルジオグラフィックに「世界最古の生きた樹木」という記事がある。これはスウェーデンで発見されたドイツトウヒで、地上にある幹の樹齢は600年だが地中の根は9550年とされている。古い幹が死ぬと同じ根本から新たな幹が生える、それを繰り返すことでここまで生きてきたそうだ。我々が街中で見かけるクリスマスツリーは、このような不思議な生命力をもった木かもしれない。

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2019/11/24

蔦紅葉(つたもみじ)

 今年は紅葉を見ることは出来ないかと思っていたが、身近なところで色づいたツタの葉を見かける。このような葉を何と呼ぶのか調べたら、蔦紅葉(つたもみじ)という言葉をみつけた。これは古くから俳句や和歌で詠まれているそうだ。

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2019/11/17

雪におおわれた三角屋根

 前回の春の国立駅三角屋根につづいて今回は真冬の写真、雪におおわれた三角屋根だ。

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 冬の国立は、都心と比べて随分寒く感じた。とくに最低気温は都心より3度から5度ぐらい低いことがあり、都心がみぞれでもしっかり雪になることが何度かあった。上の写真は1998年1月に撮影したもの。このときは駅まで行ったが、中央線が止まり復旧の見通しがまったく立たずアパートに戻ることに。バス通り沿いは駅前と同じように泥にまみれた雪が堤防のようにつづいていたが、一歩わき道に入ると真冬の信州の高原のような雪景色が広がっていた。それが下の写真だ。

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