2017/07/16

南国で長袖シャツ

 最高気温が35度C以上の日を猛暑日というが、このところ猛暑日が増えたように思う。気象庁が発表した長期変化傾向でも増加が指摘されており、データでも裏付けされている。

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 ところで猛暑で思い出すのは、真夏の初めてのシンガポール・マレーシア出張だ。そのとき先輩からあるアドバイスをもらった。それは”とにかく長袖シャツをもっていけ”である。現地に着いてみると、ほとんどの人が日本と同じ半袖姿で外気温も日本の夏と同じぐらいで長袖をカバンから取り出すことはなかった。

 しかし出張先の会議室に入った途端にアドバイスの意味が分かった。空調の吹き出し口から出てくる風が、寒いというか冷たい。しかもその吹き出し口はゲスト席のそばにあり、そこに座っていた私は会議のあいだずっと冷気にさらされた。さらに工場へ移動するためクルマに乗ったら、エアコンが強力で風量が大きく、助手席に座った私は冷凍庫にいる気分になった。長袖を着ないと、こんな強力な冷房には耐えられそうもないのだ。

 長袖シャツは冷房対策だけでなく外出にも役立つ。昼間に外出したら、半袖を着ていた私はあっというまに日焼けし、ちょっと触るとヒリヒリ感じるほどになった。現地の人にこのことを話したら、”日焼け対策をしなかったんですか”とあっさり言われた。地元の人は、わずかに明るさが残る夕刻になってから散歩するそうだが、昼間移動する旅行者は帽子と長袖シャツで防護したほうがよさそうだ。いまは旅行サイトでも長袖を持っていくことを勧めているが、実際に体験すると納得できる。

 それにしてもこの猛暑はいつまで続くのだろうか。北海道の最高気温が東京より高いなど、いままでの常識が通じない現象が起きているが、これは温暖化の影響だろうか。

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2017/07/09

白いポロシャツ

 部屋のすみに積んであった夏物衣料の山から半袖シャツを探していたら、白いポロシャツがでてきた。もう20年いや30年ぐらい前だろうか、白いポロシャツを毎夏1枚づつ買っていた。

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 メーカーの直営店のみで販売されていたそのポロシャツは、なぜか胸にワンポイント刺繡があるものより少し値段が高かった。販売数も少なかったようで、ちょっと時期を逃すともう売り切れましたと言われたこともあった。5年ぐらい買い続けたが、あることをきっかけに止めてしまった。

 ある年に購入したポロシャツを着たら、首の後ろがチクチクしてじつに落ち着かない。何だろうかとポロシャツの首周りをよく見たら、メーカーロゴのついたタグが原因だった。たぶん豪華に見せようとしたのだろう、タグがいままでの布製でなくキラキラしたのになったが、そのフチが鋭くて首に触れるたびに昆虫が這いずるような不快感に襲われたのだ。結局、そのポロシャツのタグは切りとってしまった。

 いま手元に残る白いポロシャツは4枚。3枚は、ところどころに小さな穴があいていて、残りの1枚は無傷なので外出に着ていけそうだが、いまのところそれを着る機会はない。あまりに定番すぎて出番がないのだ。

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2017/07/02

読み鉄・路線図

 阿房列車は、その列車経路を細かく記載しているので、内田百閒になったつもりでその旅を机上でたどれそうだが、現在では路線も駅名も変更されているので一工夫必要だ。

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 そんなとき役に立つのが鉄道路線図。最新のものは時刻表に掲載されているが、ここは当時の鉄道員になったつもりで古い路線図を開いてみよう。赤い表紙に職員用最新鉄道路線図とあるものは、路線図に加えて料金表さらに駅名早見表がついていている。これ開くだけで気分は鉄道員だ。

 ちょっと残念なのは、私の手元にあるのは昭和41年4月発行第30版なので、奥羽本線阿房列車にある「横手と東北本線の黒沢尻をつなぐ横黒線(おうこくせん)」をさがすと、横黒線の名はあるものの黒沢尻駅の名がない。じつは黒沢尻駅は、昭和29年に北上駅に改称されていたのだ。さらに横黒線は、この路線図が発行された年の10月に北上線に改称されている。こんなことに気づくのも阿房列車があってこそだ。

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2017/06/25

読み鉄・阿房列車を支えた人々

 内田百閒の従者のように旅を共にするヒマラヤ山系氏とは、どのような人だろうか。阿房列車では、どこか捉えどころのないぼーっとしたように描かれているが、百閒とはかみ合わないようでいていいコンビぶりを示している。また百閒の旅立ちをホームで毎回見送る見送亭夢袋氏、百閒が旅行鞄を借りる交趾君とは誰だろうか。

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 これらの疑問に答える本がある。「阿房列車物語」(平山三郎)は、内田百閒からヒマラヤ山系と呼ばれた人物の回想記、阿房列車の旅とそこに登場する人を紹介している。たとえば見送亭夢袋は、国鉄職員であり小説家でもあった中村武志(目白サンペイ)、彼は平山氏の上司でもある。すなわちヒマラヤ山系氏も国鉄職員だ。文中にたびたび登場する垂逸さん、何樫さんは、誰それ、何某をもじったもの。甘木君は、「某」の上下を切り離して甘木としたもので、やはり某氏という意味。さらに百閒が旅行のたびに借用する赤い鞄の持ち主である交趾君とは、法政大学の多田教授であると明らかにしている。
 
 それにしても百閒の阿房列車の旅は、いまで言えばJR全面バックアップのような印象を受けるが、当時の国鉄はどのように遇していたのだろうか。ヒマラヤ山系氏は休暇をとって随行しているので、阿房列車は私的な旅行のようだが、彼らは行く先々で鉄道関係者に温かく迎えられときには宴会をもったりする。良い時代だったこともあるかもしれないが、やはり内田百閒に不思議な魅力を感じていたのだろうか。

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2017/06/19

読み鉄・第三阿房列車

 内田百閒の文章を読んでいると、ときどき簡単なひらがな表記の中にもあれっと思う言葉がある。たとえばいま読んでいる第三阿房列車のなかに、「あれ程いやちこの通力だと思わなかった」とある。この「いやちこ」とは何だろうか。

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 広辞苑によれば「いやちこ」は、漢字では灼然となり”霊験のあらたかなこと、きわだっているさま”とある。出版社の若い社員が、新宿の飲み屋でたまたま山系氏に出会い、帰ろうとして外に出たら思いがけない雨が降った。雨男とだと聞いていたが、「あれ程いやちこの通力だと思わなかった」と感嘆したエピソードで使われている。

 また「早く早くとせき立てて、ちらくらしている内に」の「ちらくら」は、私が持っている広辞苑には載っていないが、なんとなくその状況をうまく表す音をもっている言葉だ。このように内田百閒の文章は、難しい漢字熟語だけでなく、ひらなが言葉にも一工夫あり、読めば読むほどその言葉選びの奥深さに感心してしまう。

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