2008/05/13

北杜夫をみる

 徹子の部屋は、平日の昼過ぎに放送しているのであまり見る機会はないが、昨日は、ゲストが北杜夫父娘となっていたので見てしまった。

Photo_2 私と同じ世代であれば、北杜夫の「どくとるマンボウシリーズ」を読んだ人は多いだろう。1970年代、狐狸庵の遠藤周作、どくとるマンボウの北杜夫の二人は、雑誌やTVにそろって登場していた印象がある。最近放映されたネスカフェコーヒーのCMでは、その昔の遠藤周作のCM映像が唐沢寿明と共演するように合成されていたが、北杜夫もネスカフェコーヒーのCMに出ていたはずだ。

 ところで、学生時代は、北杜夫の作品は新しい本が出るたびに読んできたが、社会人になってからいつのまにか離れてしまった。それでも「楡家の人々」は、いまも時々読み直すことがあり、そのたびに文章のうまさに感心する。マンボウシリーズの軽いユーモアのある作品もよいが、「楡家の人々」のように家族と時代の風俗を描いた長い作品を、飽きさせないで読ませるのがすごい。

 今回の番組では、北杜夫の娘であり、あの「窓際OL・・・」の著者である斉藤由香さんも一緒に出演していたが、その娘の作品に対してコメントするときの北杜夫は、少しはにかんだようで、やはり作家というより父親の表情のような・・・。でも、あの飄々とした口調は、やはりどくとるマンボウだ!

 さて、これを機会に、もういちど北杜夫を読み直してみようか。

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2008/05/12

アジア路地裏風景学#2

 前回につづいてペナンの路地裏風景の第二弾。

8dsc03739 右側にミドリ色のドアがある建物は、工場だったような。正面からみると、看板に漢字で「豆腐」の文字があったので、中国系の人がやっている豆腐製造の工場らしい。画面から香りが伝わらないのは残念だが、周囲にただよう匂いは日本の豆腐屋と同じ。ここは、東京でいえば町工場が連なる路地の裏のような・・・。

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2008/05/09

アジア路地裏風景学#1

 先日の一箱古本市で一緒になったステキな店主さんと話したのだが、路地裏の風景は、東京も東南アジア(マレーシア・ペナン)もどこか共通したものがあるように思う。このブログでも、昨年出張でいったペナンの写真をいくつか紹介したが、あらためて路地裏風景をまとめてみよう。

8dsc03729_3 緑が豊富なのであえて鉢植えなど必要ないように思えるペナンだが、実際にはごらんのような壁際に鉢植えをずらりと並べている路地がある。しかも、その植木鉢をみれば、ポリバケツや冷蔵品を入れる白い箱など、生活に身近なものをそのまま利用している。

 マレーシアはイギリス統治下にあったので、イギリス文化の影響を色濃く残していると言われるが、こと路地裏風景に限ってはイングリッシュガーデンなどは無縁。植えてある木の種類や花は違うが、その入れ物である鉢と並べ方は、東京下町の路地裏の風景と全く同じと言えるだろう。

8dsc00523 たとえば左の写真は、東京根津付近で撮影したものだが、路地に沿って各種さまざまな草木の鉢が置かれている。さらに奥の家では、つる性らしい木の枝が建物の壁を覆い、一部は左側にある街灯にからまり道路上にブリッジを作っている。

 さて、この共通風景はどこから来たのだろうか?

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2008/05/06

湊にて

 ここ3日ほど続いたぐずついた天気を一気に帳消しにするような、気持ちの良い晴天となった今日。吹く風もさらりとして部屋にいてはもったいないと、隅田川河口の水辺の町へ。

 亀島川は、茅場町付近で日本橋川から別れて隅田川に注ぐ、わずか1Kメートルほどの短い川。川の両岸は階段状のテラスになっているが、残念ながら遊歩道として整備してないので川べりにおりられず、道路を歩くしかない。霊岸橋、新亀島橋、亀島橋、高橋、南高橋など、亀島川にかかる橋をながめながら隅田川へ向かへば、祭りが終わった鉄砲洲稲荷前に。

8dsc06891 ここは以前来たことがあり、そのころは周辺に看板建築の古い家が残っている落ち着いた町だったが、どうも様子が違う。かつて長屋だったものを分断したのか、側壁をブルーの波板でおおった家がポツリポツリと立っている。家がなくなった空き地部分に二段リフト駐車機が設置されているが、それも、すでにサビにおおわれている。見上げれば川向こうの佃島にあるタワーマンションが、ここもあのような街になるのだろうか・・・。

 東京駅行きのバスが来たので早々に飛び乗れば、バス車内に新川停留所の案内が流れる。新川は、かつて幸田文が嫁いだ酒問屋があった地だが、車窓からはビルが・・・。

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2008/05/03

旧安田楠雄邸をみる

 谷中の路地を通りぬけ千駄木にある団子坂をあがり、大通りを右に曲がると、景色は一転して静かな住宅街が広がっている。その道に面して旧安田邸がある。

8dsc06791 旧安田邸のパンフレットによれば、「安田邸は、豊島園の創始者であった藤田好三郎が大正7年(1918)に建築し、旧安田財閥の安田善四郎が大正12年に買い取り住まいにしていました。平成7年にご当主の安田楠雄氏が亡くなられ、平成8年に夫人が日本ナショナルトラストに寄贈したものです」とあります。

8dsc06775 和風建築に洋室の応接間がとりこまれた和洋折衷住宅は、3ヵ年の修復工事が行われましたが、建築当時の姿が非常によく保たれているそうです。厚みにバラツキがあるのでしょうか、ところどころ景色が歪んでみえる窓ガラスや、和風建築によく合っている照明器具やそのスイッチなども全てオリジナルのもの。窓や障子の建具も、細工などが目だ立たず簡素に見えますが、なかなか手の込んだ構造とのこと。

 簡素ながらも手の込んだという印象は、建物全体にわたっている。一番目の写真にある二階の小部屋(と言っても十分な大きさがあるが・・)は、凝った模様や飾りなど一切ないが、そのすっきりした格子が作り出す景色は、建具屋の素晴らしい仕事がうかがえる。二番目の写真にある長い廊下を照らす照明器具も、座敷の違い棚や欄間もじつにすっきりしたものだが、そのしっかりした作りの良さは、見るものの気持ちを落ち着かせる。

 この旧安田邸公開は、今週は5月3日、4日、7日の予定、この期間は、一階の客間で五月人形が展示されている。

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