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2006/09/25

古書との出会い:江戸古地図散歩(池波正太郎)

 久しぶりの”古書との出会い”となったので、このシリーズを少し説明しよう。東京に関する本は数多く出されているが、昔から定評のある本は古書価格も高くなり、なかなか手が出ないことが多い。その一方で、いまや大作家と呼ばれるような人が若い頃書いた実用書や、内容は素晴らしいが作家としてあまり評価されなかった人の本は、驚くほど格安で売られていることがある。

 このシリーズは、そのような東京本を紹介するつもりでスタートしたが、やってみるとこれが意外に大変で。さらに、このブログを見て本を買いましたなどと聞くと、とても嬉しいが、これは安易なことは書けないというプレッシャーにもなり、なかなか書き込みが進まなかった。そこで、タイトルは”古書との出会い”のままだが、これからは少し肩の力を抜いて新旧有名無名を問わず不定期で東京本を紹介していくつもりだ。

 さて、今回とりあげるのは「江戸古地図散歩」(池波正太郎:平凡社カラー新書、1975年)。池波正太郎については説明がいらないだろうし、この本の新装版は、平凡社コロナブックスシリーズの一つとして現在も販売されているので、古書との出会いで紹介するのはずっとためらっていた。もともとこの本は、著者の子供時代の思い出を含めて、江戸古地図をたどりながら「鬼平犯科帖」「剣客商売」などの作品の舞台や江戸東京を語る本として企画されたものだろう。その第一級の文章と江戸地図は、現行版で十分楽しめる。

 しかし1975年新書版には、江戸時代の図版とともに1975年当時の東京の写真が多数入っており、いまや1970年代の東京を知るための貴重な資料となってきたので、あらためて取り上げたみたい。

Edokochizusanpo1 たとえば縁日風景の写真、お面売りの棚にヒーローの顔が並んでいるのは今も同じだが、その中にパンダが並んでいるのがいかにも1975年の風景だろう。パンダが日本に初めて来たのは1972年だ。さらに虫かごを売る店が写っている、最近ではカブトムシだけになってしまったが、昔は鈴虫にくわえてガチャガチャと鳴くクツワムシなどが虫かごに入れられ売られていた。さらにモノサシ売り、羅宇屋、どちらもいまは見かけなくなった商売だが、1975年当時は十分現役だったようだ。きわめつけは30年前の佃島の風景だが、川辺を写した写真の背景に高層マンションはなく、その空は広く、水路はコンクリートで固められず土のままだったのだ。これらが全てカラー写真で入っている!これだけで十分価値がある!もし古書店の新書コーナーで見つけたら、一度手にとってみることをすすめる。

 なお現行のコロナブックス版は、上記のような写真はないが、江戸絵図は大きくカラーで印刷され、対応する現代の地図が加えられてより分かりやすいし。さらに巻末には、「鬼平犯科帖」を歩くの地図も追加されており、池波正太郎小説ファンは要チエックだ。

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2006/09/20

麒麟の翼

 夜の日本橋。銀座もおとずれる機会は少ないが、それでも友人達に誘われて夜の銀座を歩いたことは何度かある。しかし日本橋となると、休日の昼間に買い物に来ても、平日、それも夜歩くのは初めてだ。高速道路でふさがれた日本橋は、昼は薄暗くて、とてもゆっくり川を眺めながら歩こうという気持ちになれないが、夜は、橋の照明が風景と混ざりあい、すこしゆっくり歩いてみようかという気にさせる。

Tdsc00583 ところで、橋に飾られている動物像は麒麟(キリン)と言われているが、もともと麒麟とはどのような動物なんだろうかと、長いあいだ疑問に思っていた。

 「日本橋をつくった人たち」(高木健夫)では、”日本の麒麟と呼ばれる動物は、頭は龍、胴は鹿、これに火焔が付いている”とある。すなわち、麒麟ビールのマークにあるのが麒麟だ。ところが日本橋の麒麟には大きな翼が付いている、これについて”どうにも落ち着きないので天馬のような翼をくっつけることにした”と書いているが、実物をみると、そんなに簡単に付けたようにはとても思えない。

5dsc02062 じつは明治40年の日本橋架け替えにあたっては、橋上の装飾像はライオンと狛犬が候補となったが、ライオンはあまりに西洋風、狛犬は和風すぎるとなり決まらず。結局、その造形が双方が混ざったようにみえる空想の動物である麒麟を選び、さらに独自の姿にするため翼をつけたのである。

 あらためて見直すと、たしかに頭は龍、胴体は鹿よりも犬のように見えるが麒麟ようである、でも全体のイメージはドラゴンという不思議なデザインである。

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2006/09/17

祭りの風景PART2

 Mさんのブログで根津神社で祭りが行われていることを知り、早速、根津へ行ってみた。日暮里駅から夕焼けだんだんを下りよみせ通りを歩けば、お店の人や近所の人がカメラを手に集まり何かを待っている。遠くに聞こえた祭囃子が大きくなり、あっというまに山車を先頭に三基のお神輿が目の前を通り過ぎていく。こんなにすぐに神輿と出会うとは思っていなかったので、カメラを取り出す間もない出来事だった。

 横にいたオバサンが、お神輿はこのあとバス通り(不忍通り)を行くと教えてくれたので、不忍通りに出て撮影ポイントを探しながら団子坂方向へ歩いていった。道路の反対側に町内会のお神酒所がみえるバス停の近く、歩道が幅広くなっている場所があったので、お神輿の行列をここで待つことにした。まだかなと思いながら交差点方向を見たら、どこかで見た人がカメラを肩に歩いてくる。なんと私に今日の祭りのことを教えてくれたブログの張本人Mさんだ!この人混みの中からふわっと表れるとは、まったく不思議な人だ!

 その後、Mさんと一度はぐれたのだが、今度はNさんと一緒にふわっと表れ根津の裏通りを案内してくれた。時が止まったような古いアパート、タイル外装のパーマ屋さん、そして小さいながらも生活に必要なものをぎっしり詰め込んだ雑貨屋さんなどなど・・・。

Tdsc00480_1 さて根津で撮った写真を一枚発表しよう。Mさんのブログを見たかたならすぐ気付くと思うが、これはMさんが撮られた「表具屋さんのガラス戸に貼られた三百年祭のポスター」に触発されて撮影したものだ。奥のガラス窓の内側上に張られているのは、1950-60年代頃のハリウッド映画スターだ。顔は斜めの桟に隠れてどれも完全に分からないが、左から2枚目は小さくカサブランカと書かれているのでイングリッドバーグマンだろう、そして右側の男優二人はスティーブマックイーンとジェームスディーンだ。日本の祭りのポスター、その奥に旧きよき時代のアメリカ映画スターの写真、和洋新旧が地層のようにおりかさなる不思議な空間を根津にみたような気がする。

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2006/09/15

OneDay(武田花)

 武田花さんの名前を知ったのは、川本三郎さんの「私の東京町歩き」の表紙にあった「写真・武田花」という文字からだ。静かな路地にたたずむ猫をとらえた写真は、猫はそれほど大きくないというか、どちらかというと小さめだが、風景のなかで絶妙な大きさで写っている。古い木造家屋が建つ路地、川面を行く船、どれも静かな風景がとても心に残り、いつか武田花さんの写真集を見たいと思った。

 OneDayは、写真家:武田花さんのフォトエッセイ、手元にある本は、新刊発売時(1997年)に国立の増田書店で購入したはずだ。塗装の剥げた看板にドアが破れた家、錆びて判読不能な交通標識、壊れたハート型の看板、影を強く残した白黒の写真はどれも素晴らしい。

 武田花さんの両親は、作家の武田泰淳と武田百合子だが、このフォトエッセイに、武田花さんは古本屋でアルバイトをしていた当時のことを書いている。”古い木造平屋建てのお店には、古本古雑誌が山と積まれ・・・あるとき、うっかり雑誌の山を崩してしまったら、下の方から見たこともない面白そうなものが出てきた・・・”という話しが、アルバイト願望の章に載っている。

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2006/09/13

FINE

 仕事帰り、三省堂で本を買うために地下鉄神保町で下車した。小雨が降るなか、「さぼうる」前の通りから古瀬戸と文世堂にはさまれた路地をぬけて、まさにラドリオとミロンガにはさまれた路地に入ろうとしたき、ちょうど路地を通り抜けてきた人に出会った。ショルダーバッグを身につけ、ジーンズにスニーカー履きのオジサンだ。どこかで見たと人だと思ったら、Mさんだ!

 お互いに”何でこんなところにいるの”と言いながらも、本屋の後どこかでお茶でもとの話になり、それぞれ別の本屋へ散った。私が三省堂で目指す本を買ったころ、Mさんも合流してきたが、その手には既に大きな紙袋が握られていた。コーヒーを飲みながら、お互いに買ったものテーブルの上に出したら、こちらは東京映画関連の新書だが、あちらはパリを撮影した最新版豪華写真集だ!この勝負は、どうみても完全にMさんの勝ちだ。

 ところで話題が1960年代の駿河台になったとき、FINEの名前がMさんの口か出たのは驚いた。駿河台にあったこの喫茶店を知る人は、どの程度いるだろうか。LEMON,マロニエ、ジローなど学生が集まる喫茶店は数多くあったが、通りからちょっと奥まった斜面に建っていたFINEは、どこか大人の雰囲気がしていた。

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2006/09/11

踏み切りを渡る

 日曜日の午後3時過ぎ、暑さはまだ厳しかったが、日差しはすでに秋のものになり普段通らない路地へ入ったらススキが輝いていた。いつもなら電車でいく買い物だが、秋の天気にさそわれて自宅から歩いてみた。目的のお店は私鉄で二駅目、徒歩で20分程度だが、これがなかなか大変だ。

Tdsc00414 線路沿いの道を歩くのだが、この道が途中で行き止りになり、線路を左右左と渡らなければならない。すなわち、一駅目までは一本道だが、そこで踏み切りを渡り線路の左側を歩く、つぎに行き止まり直前の踏み切りを渡りこんどは線路の右側を歩く、さらに大きな踏切に着いたらまた渡ってまた線路の左側を歩くのである。踏み切りを渡ることぐらい、どうってことなさそうだが、どうもこれが苦手だ。

 どうしてかと理由を聞かれても説明できないが、どうも踏み切りを渡ると、とんでもなく遠くに来たように感じることがある。たとえそれが小さい踏み切りでも、なぜか線路の向こう側は、まったく違う町のような気がするのだ。

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2006/09/09

ブラジャケ:ブックカバー

 今日は午後から神保町、買い忘れていた雑誌のバックナンバーを求めて書泉グランデへ直行した。雑誌を購入し店を出るとき、無料ブックカバーが出入り口に置いてあるのに気付いた。ブラジャケという名前で、すこし厚手の紙で丈夫そうにみえたので、試しに2枚だけ持ち帰り文庫本にかけてみた。なかなかよく出来ている。

 ところで何故無料で配布しているかといえば、ブックカバー全体に広告が入っているのだ。これはイベントなどの宣伝用に作られたものらしい。ためしにブラジャケを検索したら、販売会社から、すでにコレクターなどもいることが分かった。本ばなれと言いながらも、本カバーをビジネスにするとはなかなかものだ。

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2006/09/08

三省堂ブックカバー地図

 仕事帰りに神田三省堂に向かった。神保町で地下鉄を降りて、まずは書泉グランデをみて、ミロンガとラドリオのある細い道を通って三省堂の裏口へたどりついた。閉店間際だったのであわてて本をレジに持っていくと、いつものようにカバーをかけますかと聞かれたのでお願いした。

 地下鉄の車内でさきほど買った本を取り出したら、ブックカバーが神保町界隈の地図になっている。左右は九段下の俎橋から小川町のカワセ楽器あたりまで、上下はJR御茶ノ水駅から毎日新聞本社の裏側あたりまでが一枚の地図になっている。これはなかなか便利そうだ。なにが便利かと言えば、新刊本屋からはじまり古書店や学校さらに飲食店が網羅されている。

 以前は裏通りの喫茶店なども知っていたつもりだったが、すっかり様変わりしてしまい、このごろは行ってみたら目指すお店が無くなっていることが多くなった。それそろ旧い記憶をリフレッシュしなければと思っていたので、このブックカバーはピッタリだ。

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2006/09/07

雑踏の社会学(川本三郎)

 このごろ仕事の都合で渋谷駅をよく利用する。渋谷といっても地下鉄半蔵門線なので地上を歩くのはほんの数分なのだが、街の勢いに圧倒されることがある。かつてパルコや東急ハンズが出来たての頃、よく歩いたことがあったが、今はどうもかってがちがう。そこで、その当時の渋谷はどうだったかを再確認するために、「雑踏の社会学」(川本三郎)を開いてみた。

 メイ・クイーンは憶えていないが、「赤いカンパリソーダ」、うーん懐かしい光景だ!なぜか女の子は、皆、これを飲んでいたのを思い出す。川本さんの東京に関する文章は、その内容と質の高さに感心することが多いが、「赤いカンパリソーダ」など、こんな細かいこともまでも、ちゃんと東京の姿として記録し文章にしていることに驚く。

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2006/09/06

眠れぬ夜に読む本(遠藤周作)

  長年の友人が入院したが、どうも夜眠れないとの話を聞いた。なにか気を紛らすものはないかと探して見つけたのが、この本「眠れぬ夜に読む本」(遠藤周作)だ。さいわいこの本を渡す前に、友人は退院したので本は手元に残っている。

 巻末の版数をみると、初版は1996年9月で、私が購入したのは2005年4月第24刷となっている。じつに10年間で24版も出ていることになる。世の中には、よほど眠れぬ人が多いのか、はたまた狐狸庵先生のファンが多いのか、それを考えると眠れなくなってしまうというのは冗談だが、ずいぶん売れている本だ。

 私と友人は、ドクトルマンボウの本か狐狸庵の本かに悩んだ世代だが、その決着はつかずじまいだった。久しぶりに読んだ狐狸庵先生の本、前半の「生と死について考える」の内容にちょっとドキッとすると同時に考えされた。

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2006/09/05

トーキョー放浪記(山田スイッチ)

 ときどき中身も読まずに、タイトル名だけで本を買ってしまうことがある。たいてい、こういう本はハズレなのだが、ときどきハマッテしまうのでやめられない。

 たとえば「トーキョー放浪記」(山田スイッチ)。この本は、別の本を探しているときに偶然みつけて、そのタイトルにある「トーキョー」だけで買ってしまった。この本を読むまで山田スイッチさんを全く知らなかったが、なかなか面白いキャラクタだ。表紙カバーにある経歴によれば青森在住のコラムニストとあるが、本文を読むと、最初はお笑いを目指していたが、様々なアルバイトを経験し、雑誌ぴあのコラムニスト大賞を受賞しコラムニストなったらしい。

 はっきり言って親子ほど年は離れているが、こんな子が我が家にいたら、楽しいというか、頭がイタイというか、とにかく毎日退屈しないだろう。なんといっても、そのハチャメチャな行動が面白い。取り上げられている東京も、恋ヶ窪、立川、五反田、笹塚、亀戸、門前仲町など東京のマイナーなところがいい。五反田にブラジル人が集まっているなど、この本で初めて知ったこともある。

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2006/09/04

秋も一箱古本市

 春の一箱古本市の直後から話が出ていたが、秋の一箱古本市の案内がやってきた。イベントの名は「秋も一箱古本市」、10月22日(日曜日)開催予定だ。すでに正式ブログ「秋も一箱古本市」青秋部が立ち上げられている、興味のある人は是非アクセスし、カレンダーにマークを付けておこう。

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2006/09/03

リンボウ先生「東京珍景録」(林望)

 初めての町を歩いたとき、古い建物や商店につい目がいってしまう。建築の専門家でもないし商店経営の専門家でもないし骨董趣味があるわけでもない、しかし、ちょっと古いものや珍しい光景をみつけると、なんとなく嬉しくなる。このようなモノに対するこだわりは、すでに路上観察学(赤瀬川原平、藤森照信、南伸坊)としてまとめらているが、「学」というのは、どうも大げさすぎる気がする。たとえば、初対面の人に「自分は路上観察学会員の・・・」と名乗るのは、いかにも怪しげな団体のようでとても出来そうもないし、私だって相手からそう名乗られたら構えてしまう。路上観察学会員ほどではないが、町の風景やファッションなどにこだわる人をなんと呼べばよいのだろうか。ここでは単純に「町歩き愛好家」とでもしておこうか。

Tdsc00398 さてリンボウ先生「東京珍景録」(林望)は、ここまで述べてきたような東京の古い建物や街並みを写真とともに紹介している本だ。もともと雑誌「東京人」と「GQ]に掲載されていた連載をまとめたものだが、どこか古風な言葉つかいながら筆がとても軽妙で、作者自身による写真をを含めて、リンボウ先生の多芸ぶりが表れている。なお、この本は文庫版も出ているが、文庫版は写真のキャプションが単行本から書き換えられ、より解説が多い説明的な印象がする。

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