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2006/12/27

輝く日差しに・・・

 昨夜は、仕事場を出るとき、歩道に沿って小さな濁流が流れていた。自宅近くの駅に着いたら、大雨で皆さん雨宿り状態。しばらく待ってみたものの小降りになりそうもないので、えいやっと大雨の中に飛び出しようやく自宅へ着いたら、今度は雷が追っかけてきた。大雨を通り越して、激しい嵐だった。

 一夜明けて今朝は、まぶしいくらいの青空が広がっている。

Tdsc01603 あいかわらず風は強かったが、外歩きもコートなしジャケット一枚で十分な温かさ。いつもの公園に向かえば、既にお弁当を広げているグループが数組、公園端のフェンス近くには、人が集まり西の方向を指さしたり、カメラ携帯で写真をとったりしている。何だろうと見れば、ビルの間に真っ白な富士山が輝いている。

 冬の夕方、富士山の黒いシルエットを何度か見たことがあるが、昼時の渋谷から雪の富士山を見るのは初めて。昨日の激しい雨と風が、東京の空の汚れをすっかり洗い流し、吹き飛ばしたようだ。輝く日差しと富士山に、ちょっと得した気分になった一日だ。

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2006/12/25

泡の向こうに見えるものは・・・

 買い物帰り、地下鉄改札口へ向かうためデパートを通り抜けようとしたが、人ごみにはばまれる。夜7:30の地下食料品売り場は、まるで地下鉄車内と変わらぬ混みよう。いつもこんなことは無いのになと思いながら通路を進めば、ますます人が増えてくる。それはある売り場の前でピークに達し、そこだけ臨時の整理係が二人もいた。

Tdsc01242 いつもワイン売り場になっている店がシャンパン売り場になっている。試飲コナーだけでなく店内にも、たくさんの人が入っている。そうか今日はクリスマスだ!やはりクリスマスにはシャンパンなのか!あの黄金色の泡の向こうに見えるものは何だろうか、それは過ぎ去った日々か、楽しい明日か・・・なにはともあれ皆さんメリークリスマス。

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2006/12/23

オジサンバンド

 遅ればせながら、わが友人たちの間でオジサンバンドの話がすすでいる。友人のS君は、すでにギブソンのセミアコを購入したが、これがチェリーブラウンのボディーが実にキレイなビンテージで、音色もしっとりしていて、私もちょっとグラッとした。私と一緒にS君の家で、ギブソンのセミアコをさかんに触っていたY君は、それから数日後なんとギブソンのレスポールを入手したと連絡してきた。

Tdsc01561 おいおい一体どうしたんだとY君に言ったが、そういう私も、このごろテレキャスターを磨きながら大人の音楽教室の案内をネットで見ているので、他人のことは言えない。それにしてもオジサンたちのこの買い物は、若いとき買えなかったことへの反動か、はたまた長年働いたことへのご褒美か、ちょっと過激だ。まあチョイワルおじさんよりは、いいだろうが!

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2006/12/22

クリスマスメロディが流れる

 朝の駅頭に救世軍のクリスマスメロディが流れていた。外観はトランペットに似ているがフリューゲルホルンだろうか、とても柔らかな響きの音色だ。アートファーマーのSummer knows のメロディが浮かんだが、そんな思いもビルのあいだを吹き抜ける冷たい風で吹き飛んでしまった。

Tdsc01511 仕事を早めに片付け、東急ハンズで入院中の友人へのお見舞用にブロックのように分厚いメモ帖とマグネットメモを購入する。マグネットメモは、ボードに書いた文字が簡単に消せるメモボードで、マグネットを応用したものだ。クリスマスシーズンのためかレジに列が出来ている。プレゼント用のラッピングをレジのところで行っているので、どうしてもそこで人が止まってしまう。ラッピングは、ヨドバシカメラのように専用別カウンターを用意したほうが良いのでは。

 久しぶりに会った友人は、顔色もよく元気そう。共通の友人がついに大型TVを買ったが、アンテナのセッティングがうまくいかず地デジが写らないらしい。じつは、その友人は無線通信の専門家でアンテナに詳しいはずなのに、その彼がアンテナに手こずるとは思わず二人で笑ってしまった。まあ専門家というのは、そんなものかもしれない。

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2006/12/21

坂道を歩く

 今日は、仕事帰りに入院中の友人を見舞う予定をしていたが、出ようとした直前に仕事の依頼がきて、結局出遅れてしまい断念。

Tdsc01522 どうにか仕事を片付けてバス停へ向かえば、4台のバスがジュジュつなぎになり丁度発車したところ。おいおい1台ぐらい待ってくれと叫びたかったが、ぐっとこらえる。気分を変えてクリスマスイルミネーションでもゆっくり見ようかなと思ったが、とてもそんな気持ちにはなれず、ただもくもくと坂道を歩く。

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2006/12/20

紫の・・・

 今朝、通勤カバンに放り込んだのは、「銀座24の物語」(銀座百点編、文春文庫)。先日、購入したままになっていたが、昨日からの銀座つながりでこれを選んだ。
 
 表紙裏にある編者紹介によれば、”「銀座百点」は昭和30年に創刊された日本第一号のタウン誌。銀座の情報だけでなく、文化を表現する事にポイントを置いて編集され、創刊号から久保田万太郎、吉屋信子、源氏鶏太ら著名人が執筆に加わり・・・また向田邦子「父の詫び状」、池波正太郎「銀座日記」など、連載からベストセラーが多数生まれている”とある。「銀座24の物語」は、題名どおり銀座百点に1999~2001年に掲載された24の短編を集めたものだ。

 「銀座の貧乏の物語」(椎名誠)、「迷路」(皆川博子)と読み進み、「草の子供」(久世光彦)のページを開いたら銀巴里の話が書かれていた。”戦争は九年前の1945年に終わった”とあるから、時代は1954年(昭和29年)らしい。主人公の彼女は銀巴里のレジに勤めており、銀巴里の様子も書かれている。”銀巴里は、シャンソンと珈琲の店だった・・・ぼくはたいがい白い柱の蔭になった席で、丸山臣吾という少年が舞台に現れるのを待っていた。・・・その少年は、黒いトレアドルパンツにハムレットみたい薄紫のブラウスを緩く纏い・・・”とある。

 薄紫のブラウスを着た少年、これはもしかして?

 さらに読む進むと、”ふと気紛れに銀座へ出て銀巴里へ寄ったら、きょうの出演という店の前の貼紙に、丸山明宏という名前があった。丸山臣吾も、丸山明宏に変わったのだ”とある。小説なので、どこまでが実際の話しか分からないが、まさしくこれは三輪明宏の前身である丸山明宏が誕生した時代の話だ。

 この本は銀座つながりで偶然選んだが、またしても”紫の・・・三輪明宏”につながってしまった。この不思議な巡りあわせは、なんだろうか。

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2006/12/19

ロールスロイスと靴磨き

 このところ、ちょっと昔がマイブームになっている。100年前となれば、これは歴史の本の世界になるが、ちょっと昔たとえば30年前というと歴史の本にはまだ載っていない。今とそれほど変わりがないようにみえて、えーっと思うこともあるし、まだまだ実際にその時代を経験した人の話が聞ける微妙な古さがある。それも世界的なニュースや全国版ニュースでなく、地域限定の話題が面白い。

 先日、古本で購入した「新銀座八丁」(朝日新聞、1978)は、1978年1月から6月まで朝日新聞東京版に掲載された銀座ルポをまとめている。すなわち約30年前の銀座を記録した本だ。

Tdsc01225 たとえば、最近は各デパートの初売り風景は1月2日のTVニュースで流れるが、30年前、初売りは1月4日の風景であった。「新銀座八丁」によれば、四つのデパートが四日、一斉に初売り。その売り上げは・・・とある。ここで四つのデパートとして上げられているのは、松屋、松坂屋、三越、阪急で、まだ銀座プランタンはなかったし、有楽町西武もなかった。(銀座プランタン、有楽町西武は1984年開業)。初売りは、池袋のデパートは以前から早かったようだが、いまや東京中のデパートがそれと同じになってきた。このままいけば、いずれ初売りは1月1日の行事になるかもしれない。

 銀座らしい話題といえば、「ロールスロイスにのる靴磨き」というのがあるが、これは昔からある話で私が聞いたのは”その昔は靴磨きをしていたが、やがて事業に成功して大金持ちとなった。しかし、今でも靴磨きしていた頃を思い出して、ときどきロールスロイスで銀座にきて靴磨きをしている”という話だ。どうやらこれは、成功を夢見る人へのおとぎ話だったようだが、実際に毎月2回ロールスロイスで銀座に来ていた人の話しが「新銀座八丁」に載っている。いまは人生相談のオバサンというかオジサンである三輪明宏は、月2回銀巴里でシャンソン定例公演をしていた。そのとき乗っていた車が紫色のロールスロイスだったそうだ。三輪明宏は、やはり昔から凄かったのだ!

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2006/12/16

気が早い町?

 夜の渋谷の町は、白やブルーのイルミネーションがあふれ、すっかりクリスマス気分。いつも食事にいくカフェも小さなクリマスツリーを置いているし、カフェへいく途中にある家も玄関ドアにクリスマスリースを飾っている。

 しかし東京がすべてこうだと思うのは大間違い、場所を変えれば全く違う風景がある。

Toshikoshi_soba 今日(12月16日)の午後、買い物のために人形町付近を通ったら、道路沿いに謹賀新年の提灯と七福神巡りのノボリが並んでいた。卵焼き屋さん前には、お正月の予約は25日からの張り紙。さらに蕎麦屋さんの前を通れば、年越しそばのおみやげ予約案内の張り紙。江戸っ子は気が早いというが、この町は、お正月を迎える準備の真っ只中。これも東京の風景だ。

 ここまでの話だと、人形町付近の人は皆気が早いと思うかもしれないが、浅草では羽子板市がはじまるなどのように、これが古くからの東京の年末風景なのだ。

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2006/12/13

冬の虹

冬の冷たい雨雲に追いかけられながら東へ向かう新幹線。京都をすぎたあたりだろうか、雲がわずかに切れた隙間に虹を見た。それは車内からみると、親指と人差し指をひろげたぐらいしかなく、色も薄くにじんでいた。それでも形は虹だった。ふっとあらわれた冬の虹、あの下には何があるのだろうか?

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2006/12/11

アコーディオンの音が流れる

 冷たい雨模様の土曜日から一転して快晴となった日曜日、電車に乗り西へ向かう。ある本を探しに行ったが見つからず、かわりに「新銀座八丁」(朝日新聞社)を購入する。それほど珍しいものではないが、以前、何かの本の参考文献に載っていた記憶があるので、いずれじっくり読んでみるつもりで購入。

 その帰り道、Mさんのブログで紹介されていたギャラリーへ寄り、Mさんとその知り合いの方々に会う。

Tdsc01400 陽が傾きかけたギャラリーの中にアコーディオンの音が流れる。”山手のドルフィンは・・・”のフレーズが懐かしい荒井由美の「海を見ていた午後」。人間の息づかいに似ているアコーディオンの音は、聞くものを落ち着かせる。暗くなり表に出れば、暗闇のなかに赤いブランコが浮かび静かな日曜日が暮れていく。

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2006/12/09

東京物語の謎(3)

 第1,2回と文献で東京物語を語ってきたが、やはり映画は映像だ!最終回(第3回)は、舞台が尾道から東京へ移ったシーンをDVDで見ながら、その駅の撮影地を確認してみよう。

 最初に六本の煙突がうつる、監督台本では四本となっているが実際は六本、出だしから台本と作品が違っている。まあ気をおとさず先に進もう。

 つづいて問題の駅のシーン、ホームが写るが駅名が読み取れない、じつに残念!しかしモンペ姿の女性二人が横に立つ標識をみると、上部が画面からはみ出ていて全ての文字は読み取れないが、右側は「しだ」、左側は「がふち」と縦に書かれている。これは「うしだ」と「かねがふち」ではないだろうか。標識の下の方をみると、不鮮明だが右側の部分に、ローマ字で「USHIDA」のように書かれているようだ。

 この標識左右の文字が、「うしだ」駅と「かねがふち」駅を示しているならば、この標識が置かれている駅は、これら二つの駅の間にある駅、すなわち「ほりきり」駅しかない。監督台本で指示されている堀切駅を、はっきりだすのではなく、この駅付近にあった標識の一部映像を入れることで、ここが堀切駅であることを示したのだろう。やはり堀切駅であることが、映像の中に隠されていたのだ。

 なお六本煙突シーンだが、たとえばシーン36、監督台本では本数の指定はいないが、映画では四本煙突が写っている。これは、ロケでは四本も六本の煙突も撮られていたが、何かのつごうで冒頭のシーンは六本煙突の映像と差し替えられたのだろう。実際、冒頭のシーンは、この六本煙突のほうが力強くて合っているように思う。

 さて時間にすれば僅か数秒のシーンだったが、東京物語の謎ときは楽しめただろうか。映画って本当に面白いですね、それでは、また。

東京物語の謎(1)
東京物語の謎(2)
東京物語の謎(3)

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2006/12/07

天空の城

 公園カフェの前に大通りがある。カフェの前から見ると、大通りの反対側奥に二階建ての洒落た建物がいくつか見えるが、近くに横断歩道がないので通りの反対側には行ったことがなかった。じつはカフェの裏が切り通しのような崖になっていて、その崖下に沿った道路はトンネルとなり大通りの下を通り抜けている。このトンネルを通れば大通りの反対側に出られそうだが、カフェから崖下に降りる道がないのだ。

Tdsc01087 先日、回り道をして大通りの反対側を歩いたら、崖下に下りるための階段をみつけた。同時に、ずっと2階建てと思っていた家が、崖の途中にもうけられた大きな土台の上にのっていて、3階建てだったことを知った。しかも、手前の家を見れば、土台だけでも2階建て以上の高さがある。見上げるとまるで天空の城だ!

 ところで友人の手術だが、無事終了したとの連絡があった。今はICUに入っているが、それも予定通りなので皆ほっとしている。

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2006/12/04

おりあい

 受験、就職、仕事、恋愛、振りかえってみれば、自分の希望どおりにいかないものがたくさんあったし今もある。仕事であればどの程度努力すればよいかわかるが、自分ではどうにも出来ないものもある。たとえば病気などは本人の力だけでは、どうにも出来ない。

Tdsc01318 さらに健康を回復しても、治療で失うものもある。わたし自身も若いときの病気で、手足の不自由が少し残っているし、再発の心配はいまもある。強気で立ち向かうこともありだが、治療後は現状を受け入れ多少いままでよりペースをおとして、「おりあい」をつけて暮らすこともありだろう。明日、友人が大きな手術をすることになった、いまは成功を祈るのみだ。

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2006/12/03

東京物語の謎(2)

 前回は、シーン番号が分かれば、厚田撮影記録をたどり撮影場所が特定できそうな話までした。今回は、そのために必要なシーン番号の話をしよう。

 東京物語のシーン番号を調べるために開いたのが「小津安二郎「東京物語」ほか」(みすず書房)。この本の巻末には、遺族から川喜多記念映画文化財団に寄託されている小津安二郎が撮影時に使用した監督台本が収録されている。台本の訂正・加筆・メモなど監督自身による文字の書き込みもゴジック体で載せているので、東京物語の撮影を知るのにもってこいの本だ。

 早速、煙突と土手沿いの駅、平山医院の看板のシーンを探すと、シーン7と8で以下の記述がみつかる。

七=東京、長兄江東区
 町工場などの見える江東区の風景
 四本煙突(15フィート)
 堀切駅改札口(9フィート)
八=空き地
 そこの片隅に立っているいる「内科小児科平山医院」の看板
 立札-平山医院(10フィート)
 洗濯物乾してある(9フィート)

 ずばり駅の風景である、しかもはっきりと監督書き込みを示すゴジック体で「堀切駅」と書いてある。やはりあの駅は、よく言われているように堀切駅だったのだ。

 しかしせっかくシーン番号が分かったから、厚田撮影記録を確認してみよう。じつは、ここで面白いことが分かるだが・・・。

 目指すシーンは7と8であることが監督台本から分かったので、このシーンを厚田撮影記録で探してみた。しかし、これらシーンの記録は載っていない。これは一体どういうことだろうか。

 はたして厚田撮影記録は、監督台本に記載されているシーンを本当に記録しているのだろうか?ためしに、東山千恵子扮するお祖母さんが孫と土手で遊び「あんたがのう、お医者さんになるころあ、お祖母ちゃんおるかのう・・・」というシーンを監督台本でみるとシーン50-51となっている。これを厚田撮影記録で探してみると、9月27日、京成電鉄荒川駅、南千住鉄橋情景、シーン50・51となっている。あの土手のシーンは、京成荒川駅(現、八広駅)付近で撮影したものになる。

 それではシーン7と50でどこが違うのだろうか、ひとつ気がついたのはシーン7は風景のみだがシーン50には出演者がいることだ。もしかしたら出演者が登場しない駅の風景などは、以前のロケハンなどで撮った風景を使っているのかもしれない。たとえば監督台本にはシーン36に煙突があるが、これも厚田撮影記録にはないので、この推測はあっているかもしれない。

 次回は、DVD映像を見ての話をしよう。

東京物語の謎(1)
東京物語の謎(2)
東京物語の謎(3)

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