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2007/02/28

虹の彼方

 棚を整理したらエリッククラプトンのCD「Ballads]が出てきた。このCDは来日記念で発売されたものだが、数回聴いただけで、いつのまにか行方不明になり買ったこともすっかり忘れていた。MTVアンプラグドショーの「Tears in heaven」ではじまるバラード集、その中に「Over The Rainbow」のライブが入っている。ジューディーガーランドの可愛い歌声もよいが、クラプトンの渋い歌声もなかなかいい。まだ水曜日だというのに、もうすでに一週間分働いたような気がする、こんな日は静かに音楽に浸っていたい。

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2007/02/27

12吋(インチ)盤

 先週末、S君と会う。たまたまお嬢さんとその友達のA君も合流したので、共通の趣味であるオーディオの話をはじめた。

 じつはA君は大学生だが都内のライブハウスやクラブでDJをしており、最近のレコー事情ドにめっぽう詳しい。オジサン達が、そもそもレコードはSP:Standard play78回転、次にLP:Long play33回転、EP:Extended Play45回転のレコードがあって高音質レコードとして45回転LPが一時期あったなどと、レコードの歴史薀蓄を語りはじめたら、A君から45回転LPは、輸入品で今もありますと以外な情報を提供してくれた。

 ネットで検索してみると、高音質な45回転LPのほかに12吋(インチ)シングルレコードとしてDJやクラブサウンド用のレコードが出ていることが分かった。DJは、昔はEPの守備範囲だが、長い曲だと収まりきらず12インチ(30センチ)盤で発売したものらしい。

 45回転LPなどはすっかり忘れ去られたフォーマットだと思っていたら意外なところで生きている。しかも若者がすんなり、使いこなしている。こういう技術の再発見の話を聞くと、なんか嬉しくなってなってしまう!

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2007/02/23

商店街残照(4)

 踏み切りに接して古い建物がある。長いあいだ閉められているが、かつてここに玉子屋さんとボタン屋さんがあった。

8dsc01744 玉子屋さんは間口一間の小さな食料品店だったが、いつも産みたての玉子をモミ殻の上に積み上げて売っていたので、踏み切りの玉子屋さんと呼ばれていた。ボタン屋さんは、洋裁と手芸用品の大きなお店だったが、ボタンの見本を取り付けた箱を壁際に積み上げてあったのでボタン屋さんと呼ばれていた。玉子屋さんは消えてしまったが、ボタン屋さんは線路の反対側でいまも営業しているそうだ。

 両方の店とも、正面の看板はまだキレイだが、長い間シャッターが閉まったままのお店のトタン屋根はすっかりサビにおおわれている。もと手芸品店だけあって、建物裏側から伸びてきた木の枝は、複雑な造形をみせながら屋根をおおい、まるで編物のようにTVアンテナに絡みついている。一番線路側の部分は、いま不動産屋さんが入っているのでブルートタンで多少補修されているが、線路に面した部分はだいぶ色あせてきた。トタンを重ね合わせたような壁は、それぞれのトタン板が微妙なグラデーションでサビており、まるでサビのパッチワークのようになっている。

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2007/02/22

商店街残照(3)

 商店街の入り口に立つと、赤い地に白い文字で「京成八幡商美会」とかかれた看板が、通りの左右から頭上高く掲げられている。さらに歩くと、水色の地の中に白丸、その中に黒色で「メガネをかけたオジサン」が描かれた垂れ幕がところどころにある。よく見れば、その幕の上部に白い文字で「荷風ノ散歩道」と書かれているのに気づく。

8dsc01022

 戦後の永井荷風は、千葉県市川市の知人宅へ引越し、その後市内菅野、さらに京成八幡駅近くに自宅をかまえた。荷風は、この京成八幡商店街から入った路地奥に住みながら八幡・菅野・真間などを歩き、ほぼ毎日駅前の大黒屋でカツ丼を食べ、この地で命を終えた。この商店街が、「荷風ノ散歩道」の幕を掲げるのは、このような理由があったのだ。

 この「荷風ノ散歩道」商店街は、JR総武線本八幡駅から3分、京成八幡駅と都営新宿線本八幡駅に接する場所にある。

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2007/02/21

商店街残照(2)

 前回の写真は、私鉄沿線のどこにでもある商店街風景として、あえて場所を明記しなかった。しかしこの商店街は、散歩文学を愛好する人にとっては聖地のような場所で、全国から訪れる人がいる。(写真はクリックすると大きくなります)
 8dsc01020_1 
 正面に見える線路沿いの建物は、この地に古くからある大黒屋と呼ばれる料理屋さん。昨日紹介した商店街の入り口を右に折れて、線路に沿って10メートルぐらい歩いたところにある。今は、ご覧のようなビルになっているが昔は木造の建物だった。メニューには天ぷらやお寿司もあるが、ここを訪れる人はカツ丼を頼むことが多い。大黒屋でカツ丼を食べることを目当てに、この地を目指す人もいるそうだ。

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2007/02/20

商店街残照(1)

 私鉄駅わきの踏み切りを渡ると、小さな商店街がある。その商店街の入り口に立つのはお菓子屋さん、お店の看板に書かれた文字はほとんど剥げているが、かすかに「森永キャラメル」と読める。その隣りはお菓子屋と同じ屋号のお米屋さん、その向かい側は運動具店にお茶屋さんが並んでいる。(写真はクリックすると大きくなります)

8dsc01982 じつはこの踏み切りの反対側には私鉄が経営するスーパー、さらに2-3分歩けばJRの駅と高層マンションにショッピングセンターがある。以前は賑わっていたこの商店街も、今はすっかり人通りが少なくなってしまい、休日はシャッターが閉まったままのお店もある。

 しかし一見すっかり寂れたように見える商店街も、古くからある鰻屋さん、お豆腐屋さんや和菓子屋さんなどは今も頑張っているし、大通りから移ってきたお店もある。

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2007/02/17

針を下ろす

 S君は、自宅リビングの壁一面にCDやレコードを並べている、つい最近も、長年使ってきたJBLのスピーカーを最新型にしたばかりのオーディオマニアだ。そのS君から、雑誌にアナログプレーヤー特集が掲載されているとのメールをもらった。

 見渡せば我々の生活は、多くのデジタル機器に取り囲まれている。いま画面を見ているパソコンだってデジタル、携帯電話だってデジタル(アナログ携帯というのも一時期あったが)、カメラもデジタル。いまデジタルを否定したら、我々の身の回りはスッキリを通り越して、不便きわまりないだろう。それでもいま一つデジタル化の波に乗りきれない、いや完全にデジタル化を受け入れたくない分野がオジサン達にある、オーディオだ。

Tdsc01777 デジタル音楽データの扱いやすさはずば抜けている。現在の携帯オーディオなどは、デジタル技術なしでは成立しない製品だろう。ところがSACD(スーパーオーディオCD)になると、より滑らかな録音再生が可能だと言われ、さらにDVDオーディオであればさらに良いと言われてしまう。この根底にあるのはサンプリングの周波数と分解能のことらしいが、なんかいま一つ分からない。結局、いかにアナログに近づけるかのように思えてならない、であれば最初からアナログにしたらになってしまう。

 それではアナログに回帰しようと、もう一度レコードを聴こうとするとこれが大変だ。レコードプレーヤーを入手したとしても、最近のアンプには昔はどのアンプにもついていたphono入力が付いてないので、そのままではレコードは再生できない。プレーヤーとアンプの間にフォノイコライザーを追加する必要がある。つぎに問題になるのが消耗品やアクセサリだ。レコード針は、使えば磨耗するので交換しなければならない。もしベルトを使用しているプレーヤーであれば、そのベルトもいずれは交換しなければならない。

 ときどき雑誌の特集などで、アナログレコードを紹介する記事を見かけるが、レコードを楽しむためには色々な準備や手入れが必要なことも書いてほしい。オーディオ評論家にとっては常識かもしれないが、なにしろ、いまや一度もレコードに触れたことの無い若者もいる。彼らがお父さんやお祖父さんが残したレコードやプレーヤーを使うときにきっと役立つはずだ。

 なお交換用レコード針は、いまもナガオカで生産しており通販で入手可能、またベルトも通販で入手できるので、必要なひとは検索してみるとよいだろう。

 さて私も、ここらでレコードにゆっくり針を下ろす準備をしようか。幸いレコードもPhono付きのアンプもある、あとはプレーヤーだけだ。

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2007/02/13

角砂糖

 レストランや喫茶店の砂糖が、スティックシュガーと呼ばれる細長い紙包みになってしまったのは、いつからだろうか?ダイエットが叫ばれるにつれてハーフサイズやノンカロリーなど種類が増えるとともに、砂糖の紙包みはますますスリムになった気がする。

Tdsc01995 大学のすぐ裏に古いレストランがある。学生時代は全く縁がなかったが、一昨年、大学の公開講座に参加したとき利用してみたら値段もそれほど高くなくサービスも良いのでそれ以来時々利用している。先日、いつもの定食屋が休みだったので、ちょっと足をのばしてその古いレストランへ行ってみた。

 食後のお茶になったとき、ふとテーブル上をみたら白い容器に角砂糖がぎっしり詰まっていた。そういえば昔はテーブルの上に角砂糖があった、ときどき薄紅色というかピンクの角砂糖が混ざっていたりして、偶然、それを取り出したりすると何か良いことが起きそうな気がしてうれしかった。そんなことを思い出しながら、レモンティに角砂糖を一粒おとした。

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2007/02/10

再会・曙ハウス

 masaさんやNeonさんのページで案内されていたが、「近代建築、街角の造形デザイン」(2月10日-3月18日)が文京ふるさと歴史館で始まった。I部で7戸、II部で8戸の建物を紹介しているが、なんといってもあの「曙ハウス」の看板に再会できるのがうれしい。

Tdsc02396 ふるさと歴史館玄関を入ると、すぐに目に飛び込んでくるのが「スウハ曙」と書かれた看板。いままで下から眺めるしかなかったが、間近にみる看板はアパートが過ごした長い年月を感じさせ、幾星霜という古い言葉が浮かぶ。実物の看板に加えて建物内部の写真・間取り図や絵などさまざまな工夫がされており、かつて曙ハウスを見た人も初めて見る人も、それぞれの楽しみ方ができる展示となっている。地下の展示場には、文京区にあった戦前に建てられた西洋館や昭和の代表的な建物が、ビデオ画像・写真や図面で紹介されており、こちらも必見。

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2007/02/08

冬の月

 地下鉄の入り口へ向かう途中、デパートの壁を見たらWindows Vistaの宣伝幕がかけられていた。Windowsも98やXP発売の頃は、私のまわりでは、これを機会に新しいパソコンを買うぞと話題になったが、Vistaは誰も何も言ってこない。ボーナスシーズンを過ぎてしまったこともあるが、皆さんほんとうに冷静だ。

Tdsc01879 デパート上空に満月が輝いていた。冬空の月明かりは空気も凍るような冷たいイメージだが、今年はどこか違う。昼間はコートが不要なほど温かく、その余熱が日が暮れてもずっと残っている。暖色や寒色など色から受ける印象を温度でたとえることがあるが、今年の冬の月はいつもより温かい印象がする。
 

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2007/02/07

電車がきます

 都電荒川線は現在は都内唯一の路面電車で、専用軌道をとてもスムーズに走っているが、かつて都内を縦横に走っていた都電は、軌道内に入り込んだトラックや交差点の信号待ちのために、たびたびブレーキをかけるので騒がしく、一定スピードで走ることも難しかった。

Tdsc01847 この町、広島の市電は、かつての東京にあったように道路の真ん中を走り、いくつもの交差点を通過していく。そのたびに、あの懐かしい車輪とレールがこすれるような音がする。車両はレトロなものからモダンなものまで多種多様、車掌さんも乗っている。いや正確にいえば、一両の場合はワンマンカーだが、三両編成の場合は後方出口に料金処理や案内放送を行う車掌さんがいるのだ。

 数十年ぶりに道路中央の停留所に立ってみる。そういえば都電の停留所の端に、コンクリート製の頑丈なバリアがついていて、実際にそこに衝突していた車をみたことを思い出した。あれは中学生の頃だっただろうかと昔の記憶をたどっていたら、突然、停留所に「電車がきます」の灯かりが点り、遠くに見えた市電の小さなヘッドライトがゆっくり近づいてきた。

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2007/02/06

地図物語「あの日の浅草」

 東京人3月号のインフォメーションに、新刊の地図本「あの日の浅草」(武揚堂)が紹介されている。”本書は、昭和二十年代後半の浅草を再現した大判地図と、戦災から復興を遂げようとする浅草の姿を写真や文章で振り返る冊子”とあったので、早速、神保町の三省堂で購入。
 
Tdsc04678 この本は、昭和26年に作成された火保図に佐藤洋一氏が文をつけたもので、浅草の古い写真に加えて、いとうせいこう氏、なぎら健壱氏がエッセイを寄せている。火保図とは初めて知った名前だが、「火災保険特殊地図」の略で、火災保険業務用に作成された店舗名や家主の名前などが詳細に記された住宅図で、日本橋、京橋、下谷、浅草、芝、新宿などが作成されていたそうだ。

 なお東京人の紹介記事によれば、武揚堂は「地図物語」としてこの本のシリーズ化を予定しているとある。

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2007/02/05

70/85

 カレンダーが2月になったとたん、いつも通勤で通りぬけるデパートの通路がチョコレートショップでうまった。私も名を知っている古くからある店から、最近話題の新しいお店までずらりと立ち並ぶ。義理チョコにも縁がなくなったので、どのチョコレートが人気があるのか全く分からないが、どの店も賑わっている。

Tdsc01882 2月は受験シーズンでもある。朝の地下鉄は学生が少なくなり、とこどころに空席が出来るようになった。沿線に学校が多いこの路線では、毎年この時期になるとみられる光景だが、人が少ないのでいままで気がつかなかった乗客のちょっとしぐさが目立つようになる。

 先日、朝の地下鉄に大きなハンドバッグをもった女性が乗り込んできた。スーツに黒いコートを着た、絵に描いたようなキャリアウーマン風である。隣の席に座るいなや、バッグを開けてなにやら中身を探していたが、表面に大小の英語のロゴや数字が書かれている厚い封筒のような紙箱を取り出した。端を破り、破れ目に指をいれて小さなかけらのようなものを取り出した。板チョコのかけらだ。出勤まえのリフレッシュのためだろうか、かけらを一口放り込み紙包みをバッグのなかに戻した。

 さて次は何をするのだろうかとみたら、バッグから手探りでチョコレートを取り出し、口に放り込む。さらにもう一個、またもう一個と・・・つぎつぎチョコレートを取り出し食べている。その食べ方は、ちょっとつまむどこではない、一体どうしたのだろうか?結局、彼女は乗換駅につくまで食べ続けていたが、駅につくやいなや何事もなかったように降りていった。なにか食べずにいられない理由があったのだろうか?

 帰り道近くのスーパーに寄ったら、地下鉄で見かけたあのチョコレートに似たものを見つけた。箱に書かれている数字はカカオ成分を%で示したものだった、50、70、80、85などの種類がある。試しに85と70の買ってみたら、70は良く知られた甘さ控えめのブッラクタイプだが、85になると甘さはまったくなく苦味がある。地下鉄でみかけたあのキャリアウーマンは、いったい何番のチョコレートを食べていたのだろうか?

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2007/02/04

吉原今昔図

 ようやく休みとなった昨日の土曜日、買い物がてら人形町の本屋によったら東京人3月号「特集江戸吉原」が積まれているのが目についた。そういえばアースダイビングでお世話になったiGaさんが、先月のブログMADCONNECTIONでこの特集のことを書いていたし。元吉原があった人形町で、吉原特集の雑誌に出会うのも何かの縁かなとおもい、早速購入してきた。

 ページ66-67に明治(27年)・大正(12年)・昭和(20年)の吉原のお店を地図とした「吉原今昔図」が載っている。中央にある角海老楼は変わらないが、時代とともに名前の変わった店があり、吉原の浮き沈みが激しかったことがしのばれる。路地の形も変わっているが、これは大火(明治44年)と震災(大正12年)のためだろうか?この地図は浅草に住んでいる荒井一鬼氏の労作だが、じつは復刻版だが大正10年発行の震災以前の浅草・吉原の姿をとらえた地図がある。
 
300 深川区入船町にあった楢崎旭堂が作成した「浅草公園及び付近観世音由来吉原遊郭一覧」という長い名前をもつ、浅草寺を取り囲むお店や住宅の名前が全て書き込まれている地図だ。吉原を見れば、何々楼という遊郭のあいだに、タバコ屋、そば屋、すし屋、しるこ屋、洋食屋、魚屋、八百屋、銭湯、郵便局もあり、吉原が一つの町としても機能していたことがわかる。

 ところで東京人3月号にもどると、「最後の吉原芸者」の話が興味深い。やはり、その地でその時代を直接みてきたきたの人の話は貴重だ。同じように東京の町の聞き取りを、シリーズ化したらどうだろうか。

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