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2007/03/28

植木等逝く

 植木等さんが亡くなれた。TVでは、昭和を代表する喜劇映画役者のように紹介されているが、子供の頃、シャボン玉ホリデーを見ていた私には、ギャグと音楽の面白さを教えてくれたオジサンという存在だった。

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 植木さんの訃報を聞き、早速、部屋のすみに積んであった「植木等と藤山寛美、喜劇人とその時代」(小林信彦)を取り出してきた。この本は、実際に一緒に仕事をした小林さんだから知る植木等とクレージーキャッツの活動の歴史が、その当時の関係者の実名とともに詳しく語られている。TV番組だけでなく映画についても多くのページを割いているので、クレージーキャッツ映画史とも言える。

 今回の植木さんのニュースで一番驚いたのは、その80歳という年齢。植木さんは、TVで最初に見たときからオジサンさんだったが、自分のなかではずっとオジサンのままなのだ。自分が歳をとったことを棚に上げた思い込みだが、植木さんは、いつも僕らを笑わしてくれる歌の上手いオジサン、そして谷啓さんは、トロンボーンが上手いジョークの好きなオジサンさんだ。その後活躍したドリフターズは音頭しか思い出さないが、クレージーキャッツや植木等さんはジャズやポップスなどの外国音楽が似合っていたステキなオジサン達だった。

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2007/03/21

荻窪風土記(井伏鱒二)

 どうも私の頭の中の東京地図は、東西で差がある。新宿より西側の町は馴染みがうすくて、中央線も中野までは駅名がすぐ出てくるが、高円寺から西になると駅名も順番も怪しくなってくる。まして井の頭線や西武線のような私鉄となると、これはまったくお手上げ状態だ。

Photo_10 三月末に善福寺川を阿佐ヶ谷付近まで歩くイベントがあるが、このあたりの土地勘がまったくない。そこで、開いたのが荻窪風土記(井伏鱒二)。「善福寺川」と名づけられた短い章は、”善福寺川は綺麗に澄んだ流れであった。清冽な感じであった。知らない者は川の水を飲むかもしれなかった”と、昭和はじめの善福寺の風景を描いている。釣りを愛する井伏鱒二は、善福寺川で釣りをしているが、この川で最後に釣りをしたとき同行していたのは太宰治であった。そのときのことを、”この日、私は太宰治を連れて善福寺川の釣り場へ行ったが、・・・丹念に振込んでみても手応えがなかった。川の水が魚を生かして置く力を無くしたのだろう。この川はもうお仕舞だと思った”と書いている。

 井伏鱒二に”この土地の人はこの綺麗な川に、なぜ鮎を放流しないのだろう”と言わさせたほど清流であった善福寺川から、魚が消えていったことが分かる。井伏鱒二が荻窪に引越してきたのは昭和2年の初夏、当時まだ学生だった太宰治と会ったのは昭和5年となっているから、わずか3年間の出来事だ。

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2007/03/19

ロケーション・・・

 いつも利用しているカフェは小さな公園にある。昼時は、近くで働いている人がお弁当を広げたり、マンションの住人などがペットを連れて散歩している程度で、とても静か。旧山手通りに接しているが、最寄り駅から離れているので訪れるのは、この近くの人に限られているのだろう。

8dsc02217 この公園で撮影隊によく出会う。ほとんどが二三人の小さなグループで、近くのショップの店員だろうか、シャツや上着を替えながらスナップ風に撮影している。しかし、ときどき大所帯のグループもみかける。こちらはモデルにスタイリストやヘアーメイクにカメラマン、さらにそれぞれの助手が加わり、10人を超える場合もある。こういうグループは、客席がスモークで中が見えないマイクロバスで来ていることが多いが、どうもいつも同じ車のような気がしていた。先日、マイクロバスのボディに書かれている「Location・・・」で検索して分かったが、こういうロケ地の撮影をコーディネーションする会社がある。どうりで撮影隊は違っても、マイクロバスはいつも同じなわけだ。

 ロケーションサービスというらしいが、ちょっとやってみたい。しかし、いざ仕事にすると大変だろうな。なにしろ、先週まであった木がいきなり切られたり、昭和の名残のある古い建物が突然取り壊されたり、風景が目まぐるしく変わる東京では、絶えずロケ候補地の様子を把握していないと、たちまちロケ地探しにつまずきそうだ。

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2007/03/15

この展開は・・・

 今年の桜の開花予想が早かったのは気象庁の計算間違いだったとオチがついた途端、風が急に冷たくなった。しかし街の景色は、確実に春の色に変わり日暮れも遅くなってきた。

8dsc02167 ときどき買い物をするパン屋さんの斜め前に、いつもキレイにウインドウを飾っている雑貨店がある。先日、その前を通りかかったら、水差しが並べられていた。携帯電話でも多色展開を強調したTVコマーシャルがあるが、これって以前ユニクロがやっていた商品展開に似ているような気がする。でも水差しを、室内用と屋外用で色分けできるのは良いかも・・・。

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2007/03/13

月島物語(四方田犬彦)

 もう10年前だが、門前仲町から豊海水産埠頭行きバスに乗り終点までいったことがある。周辺には、大きな倉庫と資材置き場になっている空き地が続き、月島方向へ戻る途中の勝鬨付近に長屋が残っていた。先日、その勝鬨付近の長屋が取り壊されはじめたことをmasaさんのブログで知ったので、月島物語を読み返してみた。

Photo_8 月島物語は、比較文化学者にして大学教授の四方田犬彦氏が、月島の長屋に住みながら書いた本である。月島に関する膨大な資料を参考に、月島の成り立ちとその過去と現在の姿を様々な角度から描いている。月島を主題にした都市論とも言える本だが、小津安二郎の映画「風の中の牝鶏」に登場する月島にあったロケ地や、もんじゃ焼きと肉フライなどの面白い話題も載っている。なんと言っても1990年の月島の姿を克明に記録しているのが貴重だ。この本は、ここしばらく絶版扱い(入荷未定品)が続いていたが、最近になって工作社より「月島物語ふたたび」の名で増補版が新たに発売された。月島という限られた地域はもちろん、東京に興味のある方におススメの一冊だろう。(写真は1992年発行の集英社版)

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2007/03/11

マイ・ラスト・ソング(久世光彦)

 最後の晩餐ならぬ、最後に聴きたい歌はなんだろうかと問われたとき、私はなんと答えるだろうか。

Photo_7  マイラストソング(久世光彦、文春文庫)は、人が最期を迎えるまえに一曲だけ聴けるとすれば、どのような歌を聴きたいかをテーマにしている。本人はもちろん友人・知人の思い出、子供の頃の歌、大人になってからの歌、歌謡曲から賛美歌まで、有名無名を問わずに語っている。あとがきを書いた小林亜星さんは、幼いころ聴いた「アラビヤの唄」を最後に聴きたい歌に上げているが、なぜか子供のころの歌を上げる人が多いようだ。

 私の子供のころ聴いた歌になると、まずはラジオがある。いまも「笛吹き童子」や「赤胴鈴之輔」などのラジオドラマのメロディーや歌詞が、断片的ながら耳に残っている。たぶん同世代の人ならば、同じ経験をしただろう。ラジオからは、映画音楽やジャズもよく流れてきた。「エデンの東」や「慕情」などの音楽を聴くと、いまでもちょっと胸にくるものがあるし、ジャズというよりポピュラーソングと言うべきかもしれないが、パティページの「テネシーワルツ」や「モッキンバードドヒル」などの歌もよく流れていた。やがてシルビーバルタンの「アイドルを探せ」やカンツォーネなどもラジオのヒットパレードから流れていた。

 さらに我が家の場合、ラジオ音楽に加えて父親がかけていたレコード音楽がある。その多くはクラッシク音楽だが、なかにはジャズレコードもあった。たぶん私が初めて自分から聴いたジャズは、78回転SP盤のセントルイスブルースのはずだ。演奏だけだったのだろう、メロディだけで歌の記憶はない。クラッシクで歌となるとオペラだが、これはドラマチック過ぎて最後に聴くのはどうだろうか。たとえばフィギアスケートで有名となったプッチーニのトゥーランドットなどは、盛り上がり過ぎるような気がする。最期に聴くならもっと静か唄がいい、たとえばレハールのメリーウイドーの中で歌われる「ビリアの歌」もいいが、これはちょと甘すぎるかも。

 いろいろ思いは尽きないが、いざ最後の歌を見つけ出そうとすると、どうも一つに決まらない。これは、最後の食事を決めるより難しいかもしれない。

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2007/03/09

花嵐

 今年の桜の開花は、少し早くなるらしい。花の開花は、気温が高くなるほど早くなるが、桜はそれだけではだめで、一度寒い時期を通り越さないと開花モードに切り替わらず、ずっと暖かいままだと、かえって開花が遅くなるそうだ。

8dsc02132_1 桜と言えばお花見、だいぶ前のことだが、寒さに震えながらのまだツボミの花見もあったし、花はすっかり散って葉桜の下での花見もあった。どうも週末の花見は、なかなか満開と重なるのは難しい。さて、今年はどうなんだろうか?

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2007/03/08

ブリキ・トタン・キリン

 中学生の頃だろうか、ブリキは鉄板にスズをメッキ、トタンは亜鉛をメッキしたものと習った。しかしいまだに街角にある鉄板を見て、ブリキかトタンの区別がつかない。

8dsc02134 昼休みに目黒川沿いを歩いていたら、道路に面したガレージにきれいなモスグリーンのボディにクリーム色の屋根をのせた四輪駆動車が止まっていた。そのガレージの奥に雨戸を閉めたままの家が、ひっそり建っている。鉄板張りの雨戸は全く塗装していないようで、にぶく銀灰色に輝いている。ちょっと影になったような部分の下に何か描いてあるようなので立ち止まってみたら、キリンの絵とKIRINの文字があった。

 これは、鉄板メーカーのマークだろうか、であればキリン印のトタンとかブリキと言うのだろうか?それともこの家のオーナーが描いたものだろうか、いずれにしてもどこかノンビリして目が笑ったように見えるキリンの表情がとてもいい。

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2007/03/07

三角屋根の消えた町

 仕事帰りにJR国立駅で途中下車した。久しぶりに見る駅は、プラットホームもすっかり変わり、三角屋根がなくなり、周りにマンションが建てこみ、中央線のどこにでもあるごく普通の駅の表情になってしまった。

Eki2 この写真は1997年4月撮影、ちょうど10年前の国立駅前、三角屋根がひときわ目立つっている。今はマンションとなっている駅裏は、ネットが張られたゴルフ練習場だったことが分かるし、画面右端に建つマンションもまだ工事中らしくシートがかぶっていたようだ。十年一昔とはよく言ったものだが、この十年で空がぐっと狭くなった気がする。その一方、大学寮近くにあるお店の方々は、皆さん貫禄をどーんと増していたが、いまも昔と変わらず元気だ。

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2007/03/06

東京物語(源氏鶏太)

 タイトルの一部に「東京物語」を含む本は何冊ぐらいあるのだろうか。ほとんどの本は、「新東京物語」や「私の東京物語」など、XXXX東京物語としているものが多いようだが、「東京物語」の四文字だけという本は、シーリーズものを除けばあまり見かけない。

Tokyo_monogatari_genji サラリーマン小説で有名な源氏鶏太の小説に、そのままずばり「東京物語」がある。先日、古本屋の棚でその名前だけを見て買って読み始めた。同じ会社に勤める男女の会話のやりとりと、その奥にあるそれぞれの心の動きを対比しながら、さて二人はどうなるのだろうかと読者を引っ張っていく。その話の展開は、一歩間違えれば単調と言われるかもしれないギリギリのところにある。結論から言えば、これはサラリーマン小説でなく、オフィスを舞台にした恋愛小説、別の見方をすれば22歳のOLを主人公にしたOL小説ともいえる。

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2007/03/03

揚げパン

 京島の帰りに京成曳舟駅へ向かう。踏み切り手前に、どこか懐かしさがしみだしている町のパン屋さんがある。

8dsc02118_1 一番下の棚をみれば、右からクリーム、ジャム、カレー、アンドウナツ、メロンパン、ブドーパンと定番のパンが並んでいる、中段に目を移せばツナサンド、サケ・ウメ・コブのおにぎり、その隣りに揚げパン!、あの学校給食で食べた懐かしの「揚げパン」が並んでいる。さらに別な棚にはシベリアケーキもある。この品揃えは昭和のままだ!

 お店の方によれば、「キムラヤ」は戦前からこの地で営業していたパン屋さんで、店においてあるパンや焼き菓子は全て自家製だそうだ。近くにもう一軒同じ名前のパン店があり、そちらは兄弟店。

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2007/03/02

アンドントラック走る

 交差点で信号待ちをしていたら、荷台全体を光る広告にしたトラックが走ってきた。渋谷の交差点では、このようなトラックを何台も見かけるときがあり、昨日も4-5台走っていたようだ。

8dsc02098 車体全体に広告を描いた路線バスはだいぶ以前から走っている、なかには2階建てバスもあるが、あれは完全にイベント用なのかもしれない。広告が描かれたフィルムを車体に貼り付けているので、ラッピングバスと呼ばれている。

 ところで、この光る広告トラックは、なんと言う名前だろうか?日本風にいえば行燈(アンドン)型広告トラックなのでアンドントラックでもよさそうだが、ちょっとオシャレ度に欠けるかもしれない。

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2007/03/01

星屑

 昨晩はウィリーネルソンのCDをかけたまま寝込んでしまった。アルバム「スターダスト」(星屑)は、スタンダードソングをたっぷり詰め込んだCDだ。カントリー歌手としては少し外れたところに位置するウィリーネルソンは、独特なフレーズ感がある。ちょっと飛躍しすぎかもしれないが、森繁久弥の節回しに通じるものがある。森繁が歌うとどんな曲でも森繁節になってしまうように、ウィリーネルソンが歌うスタンダードソングはウィリー節になっている。この二人のどこか素朴な歌声と微妙な言葉の言い回しに、枯れているようでも、まだまだ色気のあるオジサンという印象を持つのは私だけだろうか。

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