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2007/03/21

荻窪風土記(井伏鱒二)

 どうも私の頭の中の東京地図は、東西で差がある。新宿より西側の町は馴染みがうすくて、中央線も中野までは駅名がすぐ出てくるが、高円寺から西になると駅名も順番も怪しくなってくる。まして井の頭線や西武線のような私鉄となると、これはまったくお手上げ状態だ。

Photo_10 三月末に善福寺川を阿佐ヶ谷付近まで歩くイベントがあるが、このあたりの土地勘がまったくない。そこで、開いたのが荻窪風土記(井伏鱒二)。「善福寺川」と名づけられた短い章は、”善福寺川は綺麗に澄んだ流れであった。清冽な感じであった。知らない者は川の水を飲むかもしれなかった”と、昭和はじめの善福寺の風景を描いている。釣りを愛する井伏鱒二は、善福寺川で釣りをしているが、この川で最後に釣りをしたとき同行していたのは太宰治であった。そのときのことを、”この日、私は太宰治を連れて善福寺川の釣り場へ行ったが、・・・丹念に振込んでみても手応えがなかった。川の水が魚を生かして置く力を無くしたのだろう。この川はもうお仕舞だと思った”と書いている。

 井伏鱒二に”この土地の人はこの綺麗な川に、なぜ鮎を放流しないのだろう”と言わさせたほど清流であった善福寺川から、魚が消えていったことが分かる。井伏鱒二が荻窪に引越してきたのは昭和2年の初夏、当時まだ学生だった太宰治と会ったのは昭和5年となっているから、わずか3年間の出来事だ。

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