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2007/04/29

一箱古本市2007終了

 本日は市川糂汰堂で本を購入頂きありがとうございました。直接お会いできた方、たまたま不在中にいらした方、皆さまに感謝の言葉をおおくりいたします。

 ここで恒例の「売れた本」と「売れなかった本」を報告します。

1.売れた本(売れてうれしかった本)

私の浅草(沢村貞子):やはり下町散歩の定番ですね、杉浦日向子本(4冊):単行本も文庫も全部売れました、須賀敦子本(2冊)、散歩の達人シリーズ(2冊)、作家と猫(KAWADEMOOK)などなど。昨年同様、女性作家本やムック本は売れ行きが良かったようです。

2.売れなかった本(何で売れなかったんだ本)

文人悪食(嵐山光三郎):安くしたのに売れず、伊丹十三(4冊):ヨーロッパ退屈日記は売れたが他はまったく売れず、東京魔界案内(三善理沙子):やはり谷根千に中央線パワーは通じないか。

以上

8dsc02586 ところで、ほんのわずかの時間でしたが根津近辺を歩いてみると、真新しい建物がやたら目立ちます。古い木造アパートに囲まれた路地の先がみょうに明るいと思ったら、ミニ再開発でしょうか、グレー耐火壁の新しい建物がある。路地をぬけて広い通りにでて空を見上げれば、工事用クレーンが初夏の日差しを浴びてオレンジに輝いている。どこか不連続空間にまぎれこんだような気分になります。

 家屋は、必要に応じて、建て替えや改築が必要になることは止む得ないでしょう。しかし、その古い家屋が、町の景観にどのように作用していたかを確認することも必要なのではと思います。やむえず古い家を取り壊すときも、その建物についてどこまで記録に残すかを決め、写真や図面などを残す作業をする。さらにそれを地域の共有物として残していくことが、町の文化・景観の連続性につながるように思います。

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一箱古本市2007(3)

 値札スリップの準備ができたので本を箱に並べてみました。今年は、去年の半分しか本を持っていかないので楽だろうと思っていたら、これが全く逆で、どの本を持っていくか選ぶのが大変でした。さらに文庫本を主体ですが、やはり箱の景色がさびしそうだったので単行本を少し追加しました。

市川糂汰堂の出店場所と日時

日時:4月29日、午前11時から午後5時まで
場所:根津のオヨヨ書林(東京都文京区根津1-1-25、地下鉄根津駅そば)
雨天決行です

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2007/04/27

中国中山へ行く(2)

 先々週につづいて、今週も中国出張だった。今回も仕事・仕事・仕事・・・という日程だったので町歩きはまったくなしの旅。

China_building_1 それでも朝食後の僅かな時間、ホテルの周辺を歩き回って撮ったのが左の写真。ごく普通の工事風景だが、よく見ると足場が竹で出来ている。中国ではビルも竹の足場だと聞いていたが、実際に見たのは初めて。柱だけでなく歩く部分もすべて竹で、いかにも空気抵抗が少なそうな構造に思わず感心してしまう。車で移動中にも同じような足場をいくつか見かけたが、さすがにホテル横にある建築中の高層ビルは鉄パイプ製の足場だったので、いずれは消える風景かもしれない。

 なにしろ、いたる所で工事が行われている。町の中心ではビル、郊外の工場団地では新しい工場が建設され、広い道路を高級車が走っていく。急激に成長する中国の一面を見たような気がする。

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2007/04/21

一箱古本市2007(2)

 今年の市川糂汰堂は、女性店主:遊歩半箱さんを迎えて「じんた堂+遊歩さん」の半箱づつのコラボを予定しています。じつは遊歩さんは、じんた堂の同級生。同級生といっても、明大アカデミー公開講座:岡崎武志さんの「古書の世界」の受講生なんです。

Photo_16 本を通じての人々の交流を描いた美しいエッセイがあります。舞台となるのは、イタリア・ミラノに実在したコルシア・デイ・セルヴィ書店。「コルシア書店の仲間たち」(須賀敦子)は、ミラノのサンカルロ教会の軒先にあった物置を改造して作られた書店に集まった人々の出会いと別れを静かに描いている。

 ヨーロッパ有数の一族でありながら書店のパトロンだったツィア・テレーサ、戦時中はレジスタンス活動を行い書店のリーダーだったダヴィデ・マリア・トゥルド神父、ルキノヴィスコンティを幼友達とするフェデリーチ夫人、やがて須賀敦子の夫となる書店をとりしきっていたペッビーノなど、コルシア書店に集まる人々はみな個性的だが共通の理念で結びついていた。しかし時が過ぎるにつれて、それぞれの想いの微妙なズレが大きくなり。さらに教会との対立そして政治改革の波にあらわれ、書店自体の存在もあやうくなる。これはミラノにうまれた夢のような書店が、その輝きを失う悲しい話でもある。

 須賀さんが仲間を見つめる目は温かさにあふれ、読む人を優しい気持ちにさせる。しかしその文章は、感情に溺れることなくいつも冷静、そのことは読む人により深い感動を与える。須賀さんは、この本の最後を”若い日に思い描いたコルシア・ディ・セルヴィ書店を徐々に失うことによって、私たちはすこしずつ、孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野でないことを知ったように思う”と結んでいる。

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2007/04/15

一箱古本市2007

 一年間のご無沙汰でした、今年も春の谷根千一箱古本市が4月29日に開催されます。昨年に続いて、市川糂汰堂は散歩やそれに関係する東京本・エッセイ本を並べる予定、特に今回は、強力な女性店主とユニットを組み、女性の視点から選んだ本も揃える予定です。今年の開店場所は、根津にある「オヨヨ書林:東京都文京区根津1-1-25、千代田線「根津駅」湯島寄り出口から1分」となります。

Photo_15 またいつかと思っていたが、いざ読もうとしたら本屋さんの店頭から消えていたあの本。日頃何気なく歩いていた東京の町が登場するこの本など、出会えてうれしかった本を揃えます。単行本に加えて持ち歩きに便利な文庫本も多数用意します。

 たとえば「私の浅草」(沢村貞子:花森安治装丁挿画の暮らしの手帖版)は、古い東京浅草の姿とそこで育つ子供たちの生活がよく描かれていますが、このごろは単行本も文庫本も見なくなりました。いま読み返してみるのはいかがでしょうか。

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2007/04/14

中国中山へ行く

 中国中山へ出張してきた。中山は、香港からフェリーで1時間半の距離にある中国本土南部にあり、マカオにも近い。古くは孫文の出身地と知られているが、現在は、日本を含めて海外企業の工場が多数進出している。

8dsc02501 観光は一切なしの出張旅行なので、行動範囲はホテルと仕事先周辺に限られるが、建築中の建物が目につく。現地によく来る人に聞くと、次々新しい建物が出来ているそうで、3~4ヶ月ぶりに訪れるとすっかり風景が変わってしまうそうだ。工場がある地域には養魚池が点在しているが、宿泊したホテル周辺は、新築のアパートに加えて写真にあるような建築中のビルが見える。このような光景に経済成長する中国の一面をみたような気がする。

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2007/04/07

大横川を歩く

 深川に「深川」という名の川はないという話は、ひとまず置いといて、深川門前仲町近くにある大横川を歩いてみた。

 8dsc02457 
 この時季は「深川さくら祭り」、大横川の桜はライトアップされている。既に満開のピークは過ぎており、川べりの小道は花びらでうまり、川面にも花びらが浮いている。ちょうど満潮時間らしく、川の流れは止まり鏡のようになり、ビルの明かり、桜並木の提灯の明かりを川面に映している。

 「江戸深川情緒の研究」(深川区史編纂会、大正14年)は、”両側は水であった、水の外何物もなく、それは薄暮の蒼い光りの中に幽かに横たわっていた”というヴェネチア風景の記述からはじまり、さらに”深川はヴェネチアに比較してもよいほどの水郷で、その四至は水によって割られている。・・・”と深川風景を紹介している。

 当時の風景をそのまま見ることは困難だが、漆黒の水面に映る光りの列にかつての賑わいを、暗闇の中にそこだけぼんやり明るい橋の姿にかつてのヴェネチアに例えられた水の町の名残があるように思わせる。

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2007/04/05

目黒川を歩く

 このところ、なかなか昼食をゆっくりとる時間がなく、公園に足を伸ばすことはなかった。久しぶりに公園カフェに行ってみたら、広場は花見を兼ねてお弁当をひろげる人々であふれており、なかには20人を超える団体さんもいた。

8dsc02433 仕事場へ戻る途中、回り道して目黒川沿いを歩いてみた。すでに桜はピークを過ぎたようで、ちょっとした風があちこちに桜吹雪を作り出す。川面をみれば、桜の花びらが流れていく、川底の石も花びらでおおわれている。垂直に切り立つコンクリート護岸におおわれて灰色の世界に埋もれてしまった川も、この季節だけは華やいでいるように見える。

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2007/04/02

真間川を歩く

 日曜日の午後、真間川を歩いてみた。真間川は、江戸川に接して市川市を西から東へ流れている。

8dsc02377 真間というのは万葉集にも載っている古い名前だそうだが、この地は、はるか昔は水辺の入り江だったと言われている。現在はあまり低湿地のような様子は見られず、川の両岸は桜並木となりその背後に住宅地が並んでいる。しかし昭和30年代中頃までは、この川は、田圃に囲まれた田舎の川で、シラサギが遊ぶ光景を見ることができたほどである。もちろん護岸にコンクリートなどはなく、土手は草花におおわれて誰でも水面まで降りていくことができた。

 この川の様子を描いた作家がいる、市川市に住んでいた永井荷風である。昭和22年に書かれた短編「葛飾土産」は、当時の真間川の様子を描いている。”真間川の水は堤みの下を低く流れて、弘法寺の岡の麓、手児奈の宮のあるあたりに至ると、数町にわたってその堤の上に桜の気が列植されている”とある、桜は代が変わり少し小ぶりになったようだが、いまでも荷風が見た頃の面影はあるようだ。

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2007/04/01

善福寺川を歩く

 土曜日の午後は第五回アースダイビング、善福寺川に沿って方南町から阿佐ヶ谷住宅まで歩いてきた。

8dsc02354 日ごろ、隅田川や流れがゆるやかな深川の運河ばかり見ているので、善福寺川の狭く深い川底や、曲がりくねった護岸の地形が新鮮に映る。川幅はそれほど広くないが水面が低い、たぶん大雨になれば水量はいっきに増え水位が上がるのだろう。途中、護岸の縁に、雑草が少し生えている土嚢が並んでいるところがあったが、たぶんそのあたりまで水が達したのだろう。

 隅田川も下流になると、水の流れは潮の干満で変わる。橋の上に立って水面をみれば、時間によって水は右に流れることもあれば左に流れることもある。川と海はつねに接しており、それぞれ相互に影響しあっている。それに比べると、善福寺川の流れはまるで渓谷のように勢いよく下っていく。同じ都内といっても西と東では水辺の様相がまったく違う。

 このような川の風景の違いは、そこに住む人々にどのような影響を与えているのだろうか?

 おりしも桜は満開、善福寺川周辺には花見の宴がいくつか見られたが、これだけは隅田川周辺で見る風景と同じだ、まあ花より団子は西も東も関係ないのだろう。

追記:善福寺川流域の話しが登場する本
1)荻窪風土記(井伏鱒二):昭和初期の善福寺川の風景
2)散歩のススメ(泉麻人):善福寺川、ゲルンジー駐車場(牧場)
3)東京自転車日記(泉麻人):ゲルンジー駐車場(牧場)、和田堀公園、大宮八幡、善福寺川

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