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2007/05/28

消えた風景

 以前紹介したジャスミンツリーのある路地を、10年前に撮影したものが見つかった。撮影位置が少しちがうので、ジャスミンのある建物は映っていないが、その先にある松栄亭の先代建物が映っている。

6shoei 一番手前にある煉瓦作りのビルは、防護網がかぶせてあるためボンヤリ映っているが、美しいステンドグラスがあった同和病院の一部だろう。交差点にあるミドリ色の日よけは、今は反対側に移転した加島屋。この一角を見ると、全ての建物が建て替えられている。わずか10年のあいだにすっかり風景が変わったことが、この一枚の写真が示している。わずか10年、されど10年、この変化にあらためて驚いてしまう。

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2007/05/23

赤い屋根の西洋館

 西洋館というと謎のという言葉を頭に付けたくなる。子供の頃読んだ怪人二十面相の影響だろうか、西洋館はいまも心躍る存在だ。

8dsc02716 隣りの駅に向かう途中、住宅街の小道に緑のツタにおおわれた赤い屋根の西洋館がある。古い住宅地で、ときどき見かける玄関脇に付け足された洋風の小部屋でなく、二階建ての本物のバルコニーをもつ洋館だ!先日、買い物帰りにその洋館に立ち寄ったら、洋館のご主人から「よろしければ中を見ませんか」との話しがあったので、早速見せていただいた。

 多角形の玄関ホールに入ると、正面に広い応接間、左右に小部屋と通路があり、通路の先に二階に上がる階段がある。この洋館は、現在のご主人の祖父にあたる方が、大正末から昭和初めに応接用に建てられ、その後、ご両親が住宅として使われていたそうだ。内部構造は、いまも新築当時とほぼ同じ状態を保っており、ドアや階段などは美しい形を保っている。壁紙は張り替えられているが、天井から釣り下がるガラス製電球ランプなどは、当時のものがそのまま使われている。

 かつて、この付近には数棟の西洋館があり、市に移管されて残ったものもあるが、ほとんどは取り壊されてしまい、現在も個人所有で残っているのはこの家だけらしい。

 この西洋館は、いまは隣りにコンサートホールが建てられており、週末に開催される音楽会や無声映画の会に訪れた人々に利用されている。

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2007/05/20

深川・佃町・住吉神社

 中央区佃島は、江戸時代に摂津(現在の大阪)佃村の人々により作られ、そこにある住吉神社の祭りは都内でもよく知られている。ところが、これは初めて知ったのだが、”大阪の佃に住吉神社は存在しません。そこに在るのは田蓑神社という神社です”との話がmasaさんのブログで紹介されている。その真相は、masaさんのブログを見ていただくとして、深川にある住吉神社を紹介しよう。

8dsc02744 じつは深川にもかつて佃という町があった。深川住吉神社由来によれば、「享保4年に富岡八幡の南方海浜に佃島漁民の網干場の土地が与えられ深川佃町と称した。今の牡丹二三丁目にあたり、ここに佃島住吉神社から分霊された小祠が祀られている」とある。この深川住吉神社は、いまも牡丹町に小さな祠としてあり、その境内には力石に混ざって佃町の文字が彫られた石がある。

 東京湾周辺の歴史をみると、その開発者に摂津出身の記述をみることが多い。砂村(砂川)、深川、佃島、野毛、久里浜、これらの地は、みな江戸時代に摂津から来た人々が開発している。こうしてみると、まるで「江戸っ子だってね、先祖は摂津の出よ!」というセリフが聞こえてきそうである。

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2007/05/18

Kind Zeppelin

 昼休みに公園カフェに向かっていたら、遠くにブーンという音が聞こえた。ヘリコプタのような空気を無理やりバタバタ振動させるような音でもないし、飛行機のように音源がどんどん移動する感じもない、少しかん高いがのんびりした調子の音だ。

8dsc02704 空を見上げたとたん、音の正体が分かった。飛行船だ!機体に大きく書いてあるのはスポンサー名らしい。家に戻り調べたらNissen飛行船プロジェクト2007の機体だと分かった。フライトスケジュールによれば、4月に九州を出発して北海道に向かい、5月半ばから6月はじめは関東地方を飛ぶ予定になっている。

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2007/05/15

路地奥の冒険者

 子供頃、路地奥には冒険があふれていた。

8dsc02613_1 薄暗くて寂しそうな路地の奥は、なかなか近づきがたい存在でドキドキしたが、行き止まりのように見える路地をふさぐトタン塀に小さなスキマがあった。そのスキマに潜り込み、さらに進むと大きな石が置かれた原っぱがあった。元は建築現場だったのだろうか。しかし土台ができたところで中止され、だいぶ長い年月が経ったらしく、その頃は、一面の雑草の中に大小の石が点在する原っぱになっており、子供達の遊び場になっていた。

 私鉄で二駅ほど離れた町に、古い料理屋さんの入り口につながる細い路地がある。そこに路地があることは、だいぶ以前から知っていたが、ずっとそこは行き止まりだと思っていた。しかし、先日、その料理屋さんの路地を突き当りまで進み、左に曲がると、石垣に沿って細い道がつながり、抜けられることが分かった。子供の頃は、あれほど路地奥を探検していたのに、大人になってからは、路地の入り口だけ見て、その先に進まずに抜けられないと決めていた気がする。

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2007/05/13

東京の祭り(蘇る地霊)

 土曜日の午後、地下鉄神保町駅から靖国通りに上がったら、いきなり祭囃子が聞こえてきた。神田祭りだ!

8dsc02685 神田明神の氏子範囲は広くて、神田付近はもちろん、日本橋三越や水天宮付近まで拡がっている。しかし西の端にある神保町付近は神田と言われながらも微妙で、水道橋寄りは三崎神社の氏子になっているようだ。駿河台で用事を済ました後、通りに出たら、ちょうどお神輿が駿河台下の交差点を進んでいるのが遠くに見えた。

 回りはビルになり町の名前も変わっても、祭りとなると古い町名で皆が集まる。祭りは、ふだん隠れている、古い時代の境界というか地霊のようなものを蘇えさせる。五月の東京は祭りの季節、神田祭り、浅草三社祭と続く。

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2007/05/09

ダックスフントか?

 仕事場のあるビルは、大きな坂を上り下った先にある。まるでスリバチの底のような地形で、さらに交差点も近いので自動車の排気ガスがたまり人通りも少ない。その一方、坂の上の道はオシャレなお店が並び、ときどきロケなども行われている。坂の上と下では、同じ町名でもまったく異なる風景がひろがっている。先日の昼休み、その坂上で面白いクルマをみかけた。

8dsc02675 もう5~6年前だろうか、麹町にあったオフィスに通っていたころ、近くにハイヤー会社のガレージがあった。その片隅に、やはりボディを延ばしたクルマがいつも止まっていたが、だいぶ長い間動かしていないらしく、ボディはすっかりホコリにまみれ猫の足跡がボンネットにあった。それがある日、ガレージごと消え、その跡地は100円パーキングになってしまった。その時は、バブルの遺産がついに消えたような気がしたものだ。

 いま再び同じようクルマを見ると、ちょっと複雑な気持ちになる。たしかにダックスフントに似た姿は、それなりに可愛らしさがあるし、笑いをさそう部分もある。しかし、バブル時代の再現映像を見ているようで、単純に受け入れる気になれない。

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2007/05/07

新編ノラや・福武文庫版

 昨年もそうだったが、一箱古本市が終わると、その売れ残りを通勤本として読んでいる。きょうは、「新編ノラや」(内田百閒:福武文庫)だった。

Photo_20 いまさら内田百閒と思われるかもしれないが、福武文庫版は、ちょっと他の文庫版と違っているのだ。

 福武文庫版で、彼ハ猫デアルの最初の数行をみると、

”何匹いたか知らないが、その中の一匹がいつも親猫にくっ付いて歩き、お勝手の前の物置の屋根で親子向き合った儘居眠りをしていたり、欠伸をしたり、何となく私共の目に馴染みが出来た。”

 同じ部分を、中公文庫版でみると、

”何匹ゐたか知らないが、その中の一匹がいつも親猫にくっ附いて歩き、お勝手の物置の屋根で親子向き合った儘居眠りをしてゐたり、欠伸をしたり、何となく私共の目に馴染みが出来た。”

 この違いが分かるだろうか、そう、福武文庫版はその帯に”初めての現代かなづかい”とあるように、内田百閒がこだわった旧かなを、全て現代かなに変えてあるのだ。さらになぜか、”お勝手の物置”を”お勝手の前の物置”など、字句も変えている。

 内田百閒の文章を、全て現代かなにしたのは、大きな挑戦だと思うが、なにか余計なお世話という気もする。まあー今となっては固いことは言わずに、面白本として楽しめる。もちろん福武文庫版はすでに絶版になっている、さあ、どうです、買い逃した方おしいと思いませんか。

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2007/05/02

ジャスミン・ツリー

 久しぶりに地下鉄小川町駅近くに用事があったので、帰りに淡路町にあるジャスミンの木を見てきた。

8dsc02593 神田松栄亭近くの路地に二階家の屋根に届くようなジャスミンの木がある。神田祭りの準備風景を街角でも見かけるようになるこの時季は、ジャスミンの開花時期でもあり、付近に独特な甘い匂いをただよわせている。

 ジャスミンは総称で300種類程度あるそうで、匂いのないものもある。東京の路地で見かけるのはハゴロモジャスミンというもので、これは、ジャスミンティーに使用されるものとは異なる種類、この花を摘んでもジャスミンティーにはなりそうもない。

 なお、このことは作曲・作詞した尾崎亜美さん自身が以前語っていたが、「オリビアを聴きながら」では、ジャスミンは”眠りを誘う”と歌っているが、本当は、ジャスミンティーは目を覚ます効果があるらしい。

追記:2009年4月

 淡路町のジャスミンツリーは、建物・駐車場とともに消え、その場所にビルが建ちました。

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2007/05/01

美しい裏窓

 もう一月も前になるが、花見のために真間川に向かうために古くからある住宅街を歩いた。すでに建て替えがすんだようで、ほとんどの家が新しくなり路地は明るい。それでも、ところどころに石垣に囲まれた古い大きな家が残っており、そこだけ路地の日陰が大きい。

Photo_14 門の奥に大きな木が茂り、木々のあいだに玄関の一部だけが見える、屋敷という言葉がピッタリの家があった。家の周りを少し歩くと坂を下った路地に裏口の門、そこからは屋敷の裏側に建っている二階家がみえる。路地から見上げた部分に面して1階から2階までつながっている大きな窓、階段の明り取りだろうか、草花が描かれたステンドグラスのようになっている。

 着物の裏地に凝るという言葉があるが、家の裏側の窓に、このような美しい装飾ををみると、古き良き時代の余裕のようなものを感じる。

 

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