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2007/06/21

上村坂

 仕事場のある一帯は坂道だらけで、この季節になると、ちょっと歩くだけで汗をかいてしまう。

8dsc02980 上村坂(かみむらさか)は、代官山から目黒川に向かう坂道だが、昼でも薄暗い目切坂とは対照的に明るい景色をもっている。わずかに折れ曲がっているが、ほとんどストレート近いので、下から見上げると非常に長く感じる。

 実際、この坂道を上がってみると、日頃の運動不足も一因かもしれないが、そのキツサに驚く。

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コメント

こんにちは!
このくらいは歩きましょうね、
ってどのくらいキツイのか
わかりませんけど。

投稿: △イチおじさん | 2007/06/22 15:22

こんばんは。私事で恐縮ですが、昭和40年から45年の夏まで鉢山町に住んでおりました。(ということをチラっと、じんた堂さんが目切坂のエントリーをアップされたと同日に、わたくしも記しておりました。びっくりです。)
父の友人が東山に居りましたので、この上村坂を通った記憶がございます。

投稿: M.Niijima | 2007/06/23 00:29

△イチおじさん、こんばんは、
健康のためビリーキャンプへ入隊しようかなと思いましたが、あれは意外とキツイと聞いたので、ちょっとためらっています。

投稿: じんた堂 | 2007/06/23 23:03

M.Niijimaさん、こんばんは、
鉢山町にお住まいだったんですか!
隣りの南平台もそうですが、あの付近は、渋谷駅に近いのにとても静かですね。今は新しいマンションが多いようですが、どこか古くからの屋敷町の名残があるような印象を持ちました。

投稿: じんた堂 | 2007/06/24 00:02

私も昭和40年代に四年ほど青葉台は目黒川沿いにあった設計事務所に務めてましたので、この辺りは昼休みなどによく散歩しました。確か美空ひばりがこの坂の途中に自邸を建て、わざわざ通りから見えるように窓際にトロフィーを飾っていたと記憶してます。旧山手通の代官山交番前までが散歩コースの限界でヒルサイドテラスの1期工事が始まる前の朝倉邸に恵比寿農協があったこと等も憶えてます。たまに渋谷まで旧山手通下のトンネルを抜け鉢山町、南平台、桜丘を抜けて歩いてゆくこともありました。

投稿: iGa | 2007/06/24 01:59

じんた堂さん、うちは、商店の2階を間借りしていた狭い処だったのですが、隣はたいそうなお屋敷でした。いまその広大な土地はマンションになってしまいましたが、それはそれは立派なお宅でした。
ところがその屋敷の向かいには長屋が連なる庶民的な町でもございました。

投稿: M.Niijima | 2007/06/24 02:45

iGaさん、こんばんは、
 目黒のオフィスに通うようになってまだ1年だけですが、その間にも、ファッション関係のオフィスやお店が目黒川周辺にどんどん増えています。たぶん自分達で作っている洋服のカタログ撮影だと思いますが、若い人が公園で作品撮影している光景もよく見かけます。
 その一方、山手通り東山町付近は、いかにも昭和らしい食堂が残っていて、町工場のある町のような雰囲気があります。実際、自動車関係や電機関係の工場もあります。
 昭和40年代と比較すると、この付近の変化がよりはっきり浮かび上がりそうです。

投稿: じんた堂 | 2007/06/24 22:26

M.Niijimaさん、こんばんは、
 代官山付近を歩いていると、ときどき工事や作業をしている人に同じ質問を受けます。
 
 「この近くにコンビニにありませんか?」です。

 オシャレなレストランはありますが、定食屋さんやお弁当を売っているところがないので、皆さん困っているようです。商店も見かけないけど、この付近に住んでいる人は、どこで買い物をしているのか不思議です。

投稿: じんた堂 | 2007/06/24 22:46

じんた堂さん、度重なる冗長な書き込みご容赦ください。
当時、一商前交差点と猿楽町交差点のあいだ、その道沿いに住んでおりました。目の前がパン屋(パンメーカーの商品を小売するところで、決して自家製パンなぞはございませんでした)で菓子も売っておりました。八百屋、その他数店舗が軒を連ねており、現在はどこも営んでいらっしゃらないようですが、看板建築の名残は残っております。
魚屋だけは界隈にございませんで、荷台にガラスショーケースを乗せた軽トラックがほぼ毎日売りにきておりました(その場でさばいてくださる)。
現在その辺りでは猿楽小学校への入路の両脇に文具店(当時もあり)と小規模なスーパー(これは無かったと記憶しています)が在るのみです。皆さんどうしていらっしゃるのでしょうね?
その他、当時は一商前交差点から八幡通りの代官山駅入口交差点までの間も日常的な商店が点在していたと記憶しています。

投稿: M.Niijima | 2007/06/25 02:23

M.Niijimaさん、こんばんは、
 きょうの昼休み、西郷山公園横のトンネルを抜けて鉢山町まで足を延ばしてきました。鉢山町交番の先には、いくつかお店が見えますが、マンションばかりで商店街の風景は見かけませんでした。
 「大正・渋谷道玄坂」(藤田佳世:青蛙房)には、大正時代の渋谷道玄坂界隈や西郷山の様子が語られていますが、こうして現代の渋谷・代官山を歩くと、隔世の感とはこういうものかという印象も持ちました。
 

投稿: じんた堂 | 2007/06/25 22:48

考えたら40年前の夏休み、高校生の時にバイトで既に上目黒六丁目(未だ青葉台ではない)の事務所に通ってました。一昨年の12月、masaさんといのうえsanと日本地図センターで待ち合わせして、目黒川沿いから、西郷山、代官山とミニダイブしましたが、目黒川流域の変貌は目を見張るものがありますね。あの頃は未だ町工場も多く残っていたし、川も汚れて、カイツブリがいるなんて考えられなかったですね。橋の数ももっと少なく、シートパイルを打ち込んで、川底を深くする工事が始まった頃で、その工事が終わってから、桜が植えられたのではないかと思います。

投稿: iGa | 2007/06/26 11:38

じんた堂さん、何度もすみません。
iGaさん、シビックホール以来の無沙汰で失礼しております。
目黒川、腐臭と鼠色のドブ川。そんな印象でした。現在の姿まで、よく回復したと思います。

じんた堂さん、「大正・渋谷道玄坂」探してみます。ご教示ありがとうございました。

投稿: M.Niijima | 2007/06/26 19:30

M.Niijimaさん、その節は失礼しました。
>現在の姿まで、よく回復したと思います。
確かにそうですね。カイツブリを見つけた時は感心しました。

投稿: iGa | 2007/06/26 22:21

iGaさん、こんばんは、
 iGaさんの高校生時代の思い出の川が、目黒川なら、私の場合は隅田川に流れ込む神田川でしょうか。御茶ノ水から浅草橋辺りまでよく歩きましたが、あの頃は黒く濁り、ゴミが浮いていました。それが、今は川面に魚の姿がうっすら見えときがあります。
 ところで日本地図センターですが、時々この前を通っています。先日、バーゲンセールがあったのですが、ちょうど出張と重なり行けませんでした。

投稿: じんた堂 | 2007/06/26 23:35

M.Niijimaさん、こんばんは、
 「大正・渋谷道玄坂」は、青蛙房の「シリーズ大正っ子」の一冊ですが、発行からだいぶ年数が経ちましたので図書館で借りるのがよいかもしれません。
 最近発行された本では、「名作写真と歩く、昭和の東京」(川本三郎:平凡社)に、あの渋谷区南平台が、昔(1956年)はこうだったのかという驚きの写真が載っています。ご参考までに。

投稿: じんた堂 | 2007/06/26 23:54

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