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2007/07/29

夏祭りの季節がやってきた!

 久しぶりに深川を歩いてみた。いつもどうりに、森下から門仲へ向かうコースだ。

8dsc03467 森下で蕎麦を食べ、一気にバスで門仲に移動し、永代通り、深川不動、富岡八幡宮と回れば、その風景が少し変わってきたのに気づく。かつて魚屋や焼き鳥屋があった本屋横の路地は、すっかりふさがれて工事準備中であった。たぶんビルになるのだろう。永代通りから牡丹町へ向かえば、大横川にかかる巴橋へさしかかる辺りで祭囃子が遠くから聞こえてくる。夏祭りの練習が始まったのかと思いながら、さらに進めば深川住吉神社の祭であった。

 世話人の方によれば、この神社と境内に置かれた小社や石の古い記録は残っていないそうだが、かつてここが佃漁民の地であったことの名残で、佃島住吉神社の分社とされている。境内に置かれた狛犬もその由来が不明だそうだが、小さいながらも鋭い顔つきは、のんびり構えた大店からの寄進でなく、どことなく漁師さんなど、いきのよい人々によるように思わせる。

 今年の富岡八幡の例祭は8月11-15日、森下にある深川神明宮の例祭は8月12日である。どちらも、今年は陰祭りなので神輿の連合渡御などはないが、12日を中心に町内ごとの祭りが予定されている。

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2007/07/25

マニラの夕陽

 マニラ滞在中は、昼間はずっと工場内にいるのでまったく外がどうなっているか分からない、町の様子を知るのは、ホテルでの食後のひとときとホテルと工場間の往復だけしかない。

8dsc03340 夕方、少し早めにホテルに戻り、窓のカーテンを開けるとキレイな夕陽に映える雲が見えた。マレーシアもそうだったが、南の国の夕陽はとても色が濃い。まさしく「真っ赤な太陽・・・」だ!なにか理由があるのだろうか?

 さてマニラ滞在を終えて、日本へ帰ってきた。成田空港に着いたら、マニラと変わらないような暑さに一瞬驚いてしまった。7月になってもぐずついた天気が続いていたが、ようやく真夏の陽気が来たらしい。

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2007/07/22

暑い国への旅#6マニラ

 先日の中国・ペナン旅行の余韻がまだ冷めないのに、今朝、成田を発ちフィリピン・マニラに来ている。このように東南アジアを旅行していると書くと、危ない業界の人のように思われそうだが、ちゃんとしたカタギの仕事なのだ!と書いてはみたものの、カタギだと思っているのは本人だけで、周りは皆、あの人は、変な仕事をしているのではと思っているかもしれない。なにしろ、自分自身でも、ちょっと出張が多すぎると思っているのだから。

 さてマニラに着いてまだ数時間だが、ホテルのすぐ近くにバスターミナルがある。そのバスターミナルの一部に、フィリピン名物のジープニーの乗り場がある。初めて見るジープニーは、フロント部は確かにジープに似ているが、運転席から後ろの車体部分が長くて、ちょっとしたマイクロバスほどの大きさがある、20人程度は乗れそうだ。

 以前、日本のTV番組で見たと時は、カラフルでキレイな車体のものが走っているようだったが、今日みた限りでは、だいぶくたびれたボディのものが多いようだ。さらに、フロント部がジープでなく、ミニバンのような型のものもあり、この世界も変わりつつあるのかもしれない。

 ところで、いつもならここで写真を載せるのだが、今回はデジカメのインターフェースケーブルを持ってきてないので、文章だけのアップとなります。

追記:やっと帰ってきました(7月25日)

8dsc03330 結局、ジープニーに乗るチャンスは一度もありませんでしたが、地元の人によれば、ジープニーは、市内と周辺を結ぶ路線バスに似た機能を持っているそうです。乗る場所はだいたい決まっているが、好きなところで降りることができる、日本のコミューターバスとかミニバスと呼ばれているものと似た仕組みのバスです。しかし一番の特長は、銀色に輝くボディーにたくさんのアクセサリーが飾られたデコレーションですね。

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2007/07/20

俵屋の不思議(村松友視)

 今週の通勤本は、「俵屋の不思議」(村松友視:世界文化社)。

Photo_27 俵屋については説明は不要だろう、。私自身、その表を通っただけで、いまだに入ったことはないが、俵屋は、京都、いや日本で一番の旅館と言われている。この本は、その俵屋について書かれたものだが、私が、この本を手に取ったのは、その帯にあるサブタイトル「職人がいなくなったら、俵屋はなくなります」に興味を引かれたからだ。

 様々な製造現場を見てくると、長い間に積み重なれた経験、およびその経験に裏打ちされた発想力がいかに貴重であるかを感じる。何か問題があったとき、マニュアルがなかった、マニュアル通りに作業していなかったなどが話題になる。しかし、マニュアルは、過去の失敗例が反映されたもので、まだ誰も経験したことがないような新しい問題への解決策にはならない。従って、「今後、二度と同じような問題が起きないように致します」いう言葉で終わってしまうことが多い。

 しかし、職人の中には、自らの記憶の引き出しをさがし、そのものズバリのものがなくても、いくつか組み合わせることで、新たな要求や問題をごく当たり前のように対応・解決してしまう人がいる。このような職人さんは、今や見かけることは出来ないと思っていたが、俵屋の周辺ではいまも活躍されているらしい。

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2007/07/14

早起き鳥

 早朝のペナンのアーケードで一軒だけ開いていたのは、ラタン(藤)細工の店だった。

8dsc03166_2 ちょうどアーケードに品物を並べているところで、店先にイスを並べ、壁にカゴや帽子をかけ、天井から鳥かごを吊り下げていた。アーケード中央上部には、中に鳥がいるかカゴが。一番風通りの良さそうな場所に下げられたこのカゴは、どうやら売り物でなく店の主人のものらしい。

 この店が早起きなのは、商売熱心のためだろうか、それともこの鳥かごの中にいる鳥のためだろうか、それとも・・・。

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2007/07/12

ペナンの家

 いまは白亜の家が並んでいたように見えるペナンだが、かつてのペナンの街並みは、もっと彩が豊富だったようだ。

8dsc03208 ホテル近くを歩いていたら、古い家の工事現場に出会った。一階の屋根というか庇に相当する部分、さらに二階の柱から窓のアーチまで見事な装飾ほどこされている。遠くからは白く見えたが、一階の柱や二階部分をよく見ると、淡い緑が残っている。

 どうやらこの家は、かつては南国の海を表すような淡いエメラルドグリーンに彩られていたようだ。この家が今後どうなるか分からないが、できればかつての彩りを取り戻した姿をみてみたい。

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ペナンの裏通り

 ペナンから昨晩帰ってきました。

 ペナンはマレーシアの一部ですが、マレーシアの他の地域とは異なる文化・風景を持っています。今回は、そのような話しをしましょう。

8dsc03292 マレーシア全土の人種構成は、マレー系が60%、中国系30%、インド系8%、その他となっています。ところがペナンに限っては、中国系が約70%に達していると言われています。このことはペナンの文化や風景に大きな影響を与えているようです。

 私が、仕事で出会った人々も、ほとんどが中国系の人でしたが、これにはちょっと事情があります。マレーシア政府は、マレー系優遇策を実施しています。たとえば空港職員・警官やホテルなど公共の職場は、マレー系の人が多く従事しています。

 しかし経済分野は、ほとんどが中国系の人が占めており、小さな商店から大企業まで多くの場所で中国系の人々を見かけます。とくに飲食店などは、ほとんどが中国系です。したがって一歩町に出れば、表通りは中国系看板の洪水状態、裏通りに入れば中国風の祠を見かけます。

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2007/07/09

暑い国への旅#5:ペナンでバクテイ

 今日の夕食は、お世話になった方と一緒にバクテイ、もちろん屋台だ!

Dsc033011 バクテイは、漢字では肉骨茶と書き、シンガポールとマレーシアだけにある料理だそうで、私も実際に食べるのは今回が初めて。場所や店によって内容はだいぶ異なるようだが、今回はペナン風、それも香りをマイルドにしたこの店オリジナルのものだそうだ。

 写真でも分かるが、どうみてもこれは日本の寄せ鍋と同じだ。土鍋の中に、エノキダケ、シイタケ、厚揚げ豆腐と、ここまでは完全に日本の鍋だが、そこに骨付きの豚肉が入り茶色いスープが加わっている。ご飯は芋が入った茶色もの、それに中華粥によくついている油条(中華揚げパン)を切ったお椀もついてきた。

 店によっては漢方薬のような味がするらしいが、このお店のバクテイは、見た目よりあっさりした薄味中華スープのようなもの。隣のテーブルでも、地元の人が同じバクテイを食べていたことからも、どうやら、よく食べられている料理らしい。

 一緒に来た地元の人が、油条を切ったものをバクテイにひたしながら食べていたので真似してみると、これがなかなか美味しい。揚げパンをスープにひたして食べるような感じだ。と、ここまで書いて気づいたが、これは、ブイヤベースの豚肉版と言ったほうが、よりイメージが伝わるかもしれない。

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2007/07/08

暑い国への旅#4:ペナンでドリアン

 出張中の食事は、一人の場合は既に知った味の料理を選ぶことが多いが、地元の人が案内してくれる場合は、その土地ならではのものを食べている。いわゆるローカルフードだ!

 ペナンは昨年も来たが、そのとき滞在したホテルは、あるフルーツを持ち込み禁止していた。その匂いが強烈なことで知られるドリアンだ!

Dsc032891 日曜の午後、一緒に仕事をしている地元の人の案内でペナンの町を見たあと、ちょうど今はドリアンのシーズンだから食べにいこうということになった。着いた先は地元の屋台、店の人がつり下げてあるものから良さそうなものを選び、すぐに半分に切ってくれるので、その中身を一切れ食べてみた。すっかりローカルフードになれたのか、それほど強烈な匂いを感じないと思ったら、じつはこれはペナン特産のドリアンなかでも、とくに匂いがおとなしいものを選んでもらったためらしい。

 ドリアンの食感は、マンゴーに似ているが、舌触りはそれより滑らかでとても美味しい。地元の人に一つ注意されたのは、ドリアンは体温を上昇させる作用があるので、一緒にお酒を飲まないこと。さらに体温を下げるためにマンゴスチンを一緒に食べることである。

 今回は、そのお勧めに従ってドリアン+マンゴスチンを食べてみたが、この組み合わせは、マンゴスチンのわずかな酸味が舌をリフレッシュするようで食味のうえでも良いようだ。なお地元の人は、ドリアンを、デューリアンのように呼んでいる。

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2007/07/07

暑い国への旅#3ペナン

 中国滞在を終えて、香港を経由してマレーシア・ペナンに移動。

Dsc031431 ホテルのあるコムターは、旧市街に近く、周辺には植民地時代に建てられたらしい古い商店が並んでいる。これらの建物は一階の前部をアーケードのようにしている、ちょうど日本の豪雪地帯にあった雁木造りに似ているが、こちらは南国の強い日差しや突然の雨を避けながら歩くためかもしれない。しかし、ちょっと見るといかにも歩けそうなのだが、実際には一人分程度の幅しかなく、さらに店前に品物や屋台が置かれているので、アーケードをぶらぶら歩くのは大変である。

 新築時は白亜の街並みだったのだろうが、現在はすっかり荒れて完全に廃墟になっているものもある。その一方、建物全体を青や黄色で塗りかえられたり、大きな看板で前面をおおっているものもあり、原色の混沌に目がくらみそうになる。

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暑い国への旅#2:中国中山

 香港からフェリーで中国中山へ。

Dsc031311 中山は、香港から海を渡り川をさかのぼった川辺に位置している。川と言っても、その幅は広く、陸地に近い部分から中心に向かって黄土色から緑色へ徐々に変化し、ゆくっり流れている。大河というのは、こういう風景なのだろうか。

 中山の観光案内には、キレイな運河に沿って古い家並みが続き、川に小船が行きかっている絵が載っている。高層ビルが並ぶ表通りだけを見ているいると、このような風景はどこにあるのかと思っていたが、今回は道路工事を迂回するために通った町が、まさしくこのような風景だった。

 ただし、川は緑を限りなく暗くしたような色、白壁だったような家は、ところどころに黒いシミのようなものでおおわれ、崩れた壁の下からレンガがのぞいていた。表通りには高層ビルが並んでいるが、その一方、裏通りにあった古い町並みが、捨てられ始めているように見えるのが気になる。

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2007/07/02

暑い国への旅#1:香港

 またまた始まった暑い国々への旅(出張)、先ずは成田から香港へのフライト。

T8dsc03079 雨模様の成田を離陸した飛行機は、ずっと雲の中を突き進んでいく。窓から外をみれば、はるか上に青空が見えている。雲がいつもより高いのか、飛行機はほぼ雲海に沿って飛んでいくが、紀伊半島をかすめ台湾上空を過ぎる頃には、雲もすっかり姿を消して真夏の青空が広がっていた。

 香港出張は3度目だが、過去二度は天気が悪くて景色を見ることが出来なかった。しかし今回は多少の雲があるものの、香港付近の大小の島々が機上からよく見える。島というか半島のふちに林立する高層ビル郡をみれば、よくぞこんな密集させたものだと驚く。

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