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2007/08/26

あの日の喫茶店

 久しぶりにアップした写真は、以前、人形町で撮ったもの。

8dsc03588 人形町はよく通るが、いつも週末ばかりでこの喫茶店も閉まっている。ところが、たまたま平日にこの前を通ったら、このような看板が置いてあった。Coca ColaでなくDr Pepperというのが珍しい。その下に書かれている、その日のメニューもいかにも町の喫茶店という感じがしてウレシクなった。

 その昔、喫茶店看板の定番は、UCC,KEYCOFFEEなどのコーヒーメーカーの名前が入ったものだったが、個性的な看板もたくさんあった。いまも思い出すのは神保町にあった桃牧舎、大きな桃の実を二階からぶら下げていた。あのメルヘンあふれる看板と、アーチ窓をもつ古い店のギャップが面白かった。隣りのキッチンヤマダも古い建物だったが、すべて消えてしまった。

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2007/08/19

ペナンのブルーマンション

 ペナン滞在も最終日になりましたので、最後に美しい写真を載せましょう。そして、これからペナン観光を予定している人に少し役立つ情報もお知らせします。

Dsc03935 ペナン旧市街の海岸近くに立つEaster&Oriental Hotelは、シンガポールのラッフルズホテルに匹敵する豪華ホテルです。その近くにあるのが、通称"The Blue Mansion"と呼ばれるこの家。元は中国系大富豪、東のロックフェラーと呼ばれたCheong Fatt Tze(チョンファツ)のペナンの家として19世紀末に作られましたが、その後は荒れ果てていたものを1991-1995にかけて修復し、2000年にユネスコの文化遺産保護アジアパシフィック最優秀プロジェクトに選ばれました。

 外観からも分かるように、この中国風の建物は外壁をキレイなブルーに塗られ、モザイク模様は陶器片によるもの、その構造は風水に従ったものです。建物の大きさは、部屋数38室、中庭7、窓数合計220に及ぶものになっています。

Dsc03927 現在、この家は一日2回(11時、3時、料金12RM)、英語によるガイドツアーが行われています。ツアーは、Cheong Fattの人物紹介からはじまり、この家の構造、室内・室外の装飾が説明されます。さらに、この家には、オーナーによるホームステイプログラム(16室)があり、本物のアジア文化遺産に泊まることができます。また結婚式やパーティー会場としても貸切ることが出来、映画の撮影も行われたそうです。

 この家およびホームステイプログラムの詳細は、Cheong Fatt Tze Mansionホームページで紹介されていますので、興味のある方はアクセスして下さい。なお建物内部は撮影禁止、屋外のみが撮影可となっています。

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ペナン旧市街全景

 旧市街の路地裏には緑が少ないと以前書いたが、こうして全景をみるとやはりペナンは緑が多い。

Dsc03954 町を歩いていると二階の屋根をゆうに超える木を見かけることがある。その場所を行ってみると、だいたいは広場や駐車場だったりするが、廃墟の場合がある。人間の手が入らないと、あっというまに木に覆いつくされてしまうようだ。

Dsc03857 ホテルから徒歩数分のところで再開発を行っている。その通りの表側はまだ一部の店が営業しているが、その裏側は長い間放置されていたらしく、すでに木に飲み込まれつつある。似たような風景は旧市街各地でみかける。家並みの中に、大きな木があるなと思いながら近づいてみれば、二階の屋根を突き抜けて木が生えていることがあった。もしかしたら、路地裏に木が少ないというのは、それなりに手入れがされているためかもしれない。

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2007/08/18

ペナンのパレット壁

 モノクロの世界が続くペナンの路地裏だが、ときどきドキッとするような原色や微妙な配色に思わず立ち止まってしまうときがある。

Dsc03706 路地裏のドアは、鉄板一枚で作られているものが多いが、二重構造になっているものもある。面白いのは、そのドアを取り囲むモノたちだ。黄色く塗られたドアの上には二本の電線が水平に張られている、片方はドアの色と同じ黄色。もう一方の電線はブルーだが、裸電球が下がっている部分の壁もブルーに塗られている。これは誰かが意図したのだろうか、それとも偶然なのだろか。さらに視線を下に向ければ、白壁の下にある茶色いレンガがところどころに見え隠れし、深緑から黒いシミがひろがっている。この配色は、まるで絵具を洗わずにしまってあったパレットを見ているようだ。

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2007/08/15

ペナンの猫バス

 裏通りには緑が少ないといっても、温暖で雨が多いペナンでは木の成長がはやいようで、木々でおおわれた廃墟や車などを見かけます。

Dsc03629_2 旧市街の駐車場の中におかれているこのバスは、簡単な屋根や日よけが付いていることから、日本の田舎で時々みかけるバスの車体を利用したお店だったようです。
 タイヤの空気がまだ残っているので、放置されてからそれほど期間が経っていないようですが、すでに大きな木におおわれています。しかも運転席の下あたりまで根が張っています。それでも、どことなくノンビリした表情を保っているのがいい感じで、たとえるなら、木陰で休む猫バスでしょうか。

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2007/08/14

ペナンの路地裏

 前回、ペナン旧市街の路地裏は、意外と緑が少ないことを報告しましたが、それではその路地裏は、どのようになっているのでしょうか?

Dsc03733 ペナン旧市街の裏通りにまわってみると、コンクリートがうたれた路地に錆びついたトタン板とシミにおおわれた灰色の壁が続いている。しかもこの路地に面する壁に、全く出入り口や窓を持たない家もある。裏口のような場所も厳重な鉄格子が付けられ、人の出入りを拒否しているようだ。ところがその路地に面しているトタン板は、無雑作というか縦横がバラバラで、いかにもそのときの思いつきで隙間をふさいだように見える。ペナンの路地裏は、厳重にしたつもりでも、どこかユルサが漂っている。それもペナンの魅力かもしれない。

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2007/08/12

ペナンの路地裏庭園

 遠くから見ると緑があふれるペナンだが、旧市街と呼ばれる地域は、隙間なく家が建てられているので公園もなく木も少ない。家々のあいだにある人一人が通るのが精一杯の路地も、コンクリートで覆われているので、意外にも草木に接する機会は少ない。

Dsc03759_2 そんなペナン旧市街、大きな木で囲まれた駐車場の片隅から路地に沿って植木鉢が並んでいた。焼き物の植木鉢もあるが、ポリバケツや白いスチロール断熱箱など、その様子は、東京の路地で見かける路地裏園芸の光景と全く同じ。違うのは、背景となる建物だるう。風雨にさらされた家の屋根は崩れ落ち、柱の一部と壁は木々に覆われて、塀もだいぶシミやヨゴレが目立ちはじめている。それでも、あえて鉢植えを置いている風景に、どこか日本との共通性を感じる。

 ところで、ペナンの風景は7月にも載せましたが、実は、今回の写真は今日撮影したものです。本当は今頃は日本で夏休みを過ごしている予定だったのですが、急なペナン出張となりました。なにしろ夏休みシーズンが始まり通常ルートの航空券はもはや入手できず、香港経由でなんとかペナンにたどり着きました。ということで明日からは、また暑い国(東京より涼しいかもしれませんが)、バカンス客を横目でみながら仕事をします。

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2007/08/05

亀久橋(深川冬木・平野)

 運河が少なくなったとはいえ、深川はいまだに水の町であり、いまも昭和初期に架けられた橋が数多く残っている。

8dsc03559 関東大震災は、隅田川をはじめに深川地域の橋に大きな被害を与えた。たとえば現在の永代橋や清澄橋は、震災復興事業としてそれぞれ大正15年、昭和3年に架けられたが、これらに加えてこの時期にたくさんの橋が架けられた。下町文化No.238(江東区教育委員会発行)によれば、「深川区・城東区では昭和元年から7年の間に154もの架けられ、特に昭和4、5年で105橋と集中して架けられました」とあるように、その数は非常に多い。

8dsc03557 深川仙台堀川にかかる亀久橋は、昭和4年12月に完成した、これといって目立つ橋ではないが、よく見れば柱の一部に色ガラスを埋め込んだり、鉄橋上部もまっすぐな鉄骨そのままでなく曲線を組み合わせてデザインしている。震災復興という苦しい状況にあっても、画一的にせずにそれぞれの橋ごとにデザインをし、それを実現した人々はどのような考えをもっていたのだろうか。


2010年12月20日追加

2010年9月5日、深川ふるほんばし+第一回橋巡りミニツアーにて、夕景の亀久橋を渡りました。その時の写真およびレポートを第一回橋巡りミニツアーハイライトとしてまとめました。こちらもご参照下さい。


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