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2007/10/31

よしこさん

 林家いっ平が、林家三平を襲名することを発表した。

 落語家という範疇ではとらえられない、新しいことを次々やった林家三平は、昭和の爆笑王と言われた。その「どうもスイマセン」「よしこさん」という三平の決めセリフは、今も記憶に残っている。話しのうまさや巧みさで勝負した落語家ではないが、お客を笑わすことにかけては抜きん出ていた。その三平の名前が復活するのだ!

 ところで三平落語の内容を覚えている人はいるだろうか?そのギャグというか決めセリフは、いまも憶えているが、話し全体となるとどうも記憶に残っていない。

 テレビで三平が演じていたものは、小話と小話の間にギャグをはさんだものをいくつか並べたもので、それぞれの小話どうしのつながりはあまりない。どこで始まり、どこで終わってもあまり関係ないような構成だから、指定された時間だけ演じて、ハイ終わりなどと器用なこともできる。これは、小刻みに時間管理されるテレビには、うってつけの芸だった。あの当時、テレビのこのような要求に応えられた落語家は三平だけだった、そこに三平の凄さを感じる。

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2007/10/29

神保町「本と街の案内所」

 昨日は台風一過の晴天、ブックフェスティバル・古本祭りが開催されている神保町に向かった。

8dsc04658 すずらん通り、さくら通りには、出版社の出店が立ち並び、新刊本を格安販売するブックフェスティバル目当ての人であふれ。靖国通りには古書店が出店を並べており、こちらも賑わっている。その靖国通りに「本と街の案内所」がオープンしていた。場所は、メガネの三鈴堂の隣り。

 神保町には、三省堂、東京堂、書泉と、大型書店が集まっており、ほとんどの新刊本を手にすることができる。さらに、古書店地図によれば、事務所だけのものを含めて合計169の古書店がある。これら古書店、文学、古典籍、歴史、科学・・・芸術、サブカルチャーなどそれぞれ専門分野をもっており、全て合わせればまるで超巨大な図書館のような存在。問題は、多すぎて迷うほどある古書店の、どのお店に行けばよいかが分かりにくいことだった。

 神保町をよく知っている人に聞いてみても、古いお店は知っていても最近出来たお店は、よく分からないと答えることが多い。とくにビルの2階や3階などに新しく出来たお店になると、全くお手上げらしい。やはり図書館の司書のような存在が必要と思っていたところに、本と街の案内所が出現した、これは今後の活動を期待したい。

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2007/10/27

自転車のある風景

 しばく前に撮った自転車の写真を見ていたら、もう10年以上前に公園で借りたレンタル自転車を思い出した。
 
8dsc04026 その自転車は、マウンテンバイクのように太くがっちりしたフレームに太めのタイヤが付いていた。乗りはじめて驚いたが、なんとブレーキレバーが付いていない。これは一体どういう自転車なんだろうかと同行した人に聞いたら、ブレーキはペダルブレーキになってると言われた。

 その時初めてペダルブレーキなるものを知ったが、ペダルを少し逆回転するとブレーキがかかる仕組みになっている。同行者は何の苦も無く先に行くが、私はどんどん離されてしまった。ブレーキというのは、とっさに操作しなければならないが、どうもすぐに反応できないのだ。頭の中ではペダルだペダルだと思っていても、ついブレーキをかける場面になるとレバーを探してしまう。どうも子供の頃体で覚えたものは、なかなか切り替えることが出来ない。

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2007/10/25

銀座ゆらぎビル

 先日は三原橋で建物全体をネジッたようなビルを見かけたが、銀座2丁目ではこんなビルが建築中。

8dsc04682 この建物全体を波打つ曲線で構成するデザインを何と呼ぶのだろうか?

 この曲線を見ていると、どことなく緩やかなリズムがあるように思える。もしかして1/fゆらぎだろうか、そうであれば、この建物の中にいるとアルファー波がよく出て新しい発想ができるかもしれない。この建物のデザインは、そんなことを思わせる。

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2007/10/24

昭和30年@銀座

 昨日は神保町での昭和映画の話しだったが、銀座でも昭和映画のイベントが行われている。

8dsc04672 銀座7丁目にあるハウスオブシセイドウで「スクリーンのなかの銀座」展が、9月21日~11月25日の予定で開催されている。期間中の水・土曜日「君の名は」、「銀座化粧」、「銀座ラプソディ」「銀座の恋の物語」「銀座二十四帖」など、銀座を舞台にした映画が1Fのミニシアターで上映されている。

 ここでは川島雄三監督による「銀座24帖」を見た。タイトルに銀座とあるので、銀座の町が出てくるとは思っていたが、この映画の内容にはビックリ。主役は、月岡夢路と三橋達也、ストリーは、月岡夢路の少女時代の絵を描いた画家探しを主軸に、銀座の表と裏の世界を描くものだが。多摩川付近、銀座の空撮、南から北まで全国にある銀座の紹介からはじまり、築地川、銀座教会、森永地球儀など銀座各地の風景がふんだんに出てくる。しかも各風景にナレーション(森繁久弥)が付くので、銀座ガイドを見ている気分になる。これは銀座という町を主役にした映画ともいえる。銀座に興味のある人は必見!

 ところでイベント期間中2Fで特別展示が行われており、展示スペースの一番奥で資生堂の企業宣伝映画ビデオが流されている。宣伝映画なので退屈かなと思ったら、これが実に興味深く、思わず見入ってしまったので少し内容を紹介しよう。

 「銀座と花椿」は1960(昭和35)年製作、前半は、銀座レンガ街の成立から映画作成当時までの銀座の変化を、コント形式で紹介しているが、その出演者が本格的。女優陣は、富士真奈美、草笛光子、岸恵子らに加えて吉永小百合、男優陣は、トニー谷、林家三平、坊屋三郎など出演している。後半は資生堂の製造工程や営業活動の紹介となり、よくある企業の宣伝映画だが、1960年当時の銀座の街並みが記録されている。

 もう一本の「銀座百年」は、1967(昭和42)年製作、市川昆監修となっている。こちらはアニメと実写を組み合わせたドキュメンタリー風作品。ダンスシーンや戦争映像に加えて、当時のコマーシャルや銀座の街角でのインタビューが入っている。このインタビューは永六輔が担当しているが、こちらは内容も映像編集も凝りすぎの印象がする。

 今回の展示および映画は全て無料、ただし映画座席数が24席と限られているので入場整理券の入手は難しく、並ばないと入場できないかもしれない。それでもという人は、一度訪れることをお勧めする。「スクリーンの中の銀座」の詳細は、ハウス オブ シセイドウのホームページに載っている。

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2007/10/23

昭和30年@神保町シアター

 神保町花月に映画館が出来ることは以前紹介したが、いま、その神保町シアターで昭和30年代製作の映画が上映されている。

8dsc04662 イベントのタイトルは、「ALWAYS続・三丁目の夕陽 公開記念、川本三郎編 映画の昭和雑貨店2 昭和30年代ノスタルジア」、昭和30年代の代表作品合計17本を、1日3ないし4本づつの上映している。

 今日(10月23日)は、「渡り鳥いつ帰る」「洲崎パラダイス」「東京の孤独」「男ありて」の4作品が上映されていたので、その中から「洲崎パラダイス」を見てみた。

 洲崎パラダイスは、芝木好子の原作を川島雄三が監督し、洲崎パラダイス入り口の橋のたもとにある飲み屋「千草」を舞台としている。主演は新珠三千代と三橋達也だが、千草の女主人を演じる轟由起子が、苦労人だが善意を忘れないという良い感じで描かれている。原作に従って勝鬨橋、洲崎などの風景が出てくるのは当然だが、三橋達也が神田の電気街を歩くシーンで、ラジオが山積みされている秋葉原が出てくる。テレビでなくラジオというのがいかにも昭和30年代らしい。

 今回のイベントは、「ALWAYS続・三丁目の夕陽」とあるように新作映画宣伝をきっかけにしたようだが、昭和30年代の風景・風俗をCGでなく実写映像で見られるので、その当時に興味を持っている人には良い企画だろう。期間は、10月20日から11月2日、26日からは「神田古本まつり」もあるので、神保町方面に行く方は要チエック。なお料金およびプログラムは、神保町シアターホームページに載っている。

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2007/10/22

光の記憶

 このところパソコンの起動が遅くなってきた、たぶん不要なファイルとプログラムが増えてきたのだろう、なんとか整理しなければ。

Jitensya 古い画像ファイルが入っているディレクトリをみたら、以前、フィルムからスキャンした画像がみつかった。これはキヤノン7という古いカメラで、国立にあったブティックを撮影し、フィルムスキャナーでスキャンしたもの。オリジナルファイルの日付は1999年4月、すなわち8年前の画像だ。

 いまやデジタルカメラの性能と利便性は圧倒的、カメラ付き携帯電話を含めれば、一人一台という存在になっている。谷中や深川を歩いている中高年のオジサンやオバサン達の撮影隊も、ほとんどがデジタルカメラを手にしている。その一方で、これはファッションかもしれないが、若者が古い一眼レフを下げていたりする。

 ところでフィルムカメラとデジタルカメラの違いはなんだろうか?記憶メディアが違うだけなのだろうか?自分自身の経験で言えば、フィルムで撮っていた頃は、風景でも人物でも光の様子を強く意識していたような気がする。デジタルだと、あとでどうにでもなるという感じでシャッターを押してしまい、光の記憶があいまいになった気がする。同じ風景でも、メディアの違いによりそのときの光の記憶が違うように思う。

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2007/10/21

日比谷幻影

 神保町で用事を済まし都営三田線で銀座に向かうことに。いつもなら日比谷駅で下車して地下道を銀座4丁目方向に向かうところだが、天気が良かったので地上を歩く。
 
8dsc04621_2 以前はオフィスビルばかり目立ち、休日などは閑散としていた日比谷付近も、すっかり様変わりしオシャレなお店が連なっている。クルマも少なく、オープンカフェに座る人も、みなノンビリしいるのがイイ感じだ。そんな通りを曲がり目に入ったのが、黒い大きなクラッシクカー。

 このクルマが停車しているのは何のビルだろうかと正面玄関をみたら、ペニンシュラホテルと書いてある。

 ペニンシュラと言えば、香港の高級ホテルだが、そのペニンシュラが東京に進出したのがこの日比谷。ニュースで外資系ホテルが東京へ続々進出とあったが、いざこういうクルマが止まるホテルを見るとそれを実感する。しかし同時に、どこか幻影を見ているような気もする。

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2007/10/19

147万人

 今日のニュースによれば、日本には147万人の富裕層がいるらしい。

8dsc02197 アメリカの証券会社メリルリンチの最新調査によれば、100万ドル以上の金融資産をもつ日本の富裕層は147万人、アメリカについで世界第二位だそうだ。147万人ということは、日本の人口は1億3千万程度だから、100人に一人、人口の1%が富裕層となる。身の回りには、このような人がいないので、数字に実感はないが、こういうことなのだろう。

 ところで発展が著しい中国の富裕層はどうだろうかと検索してみたら、同じメリルリンチ調べで35万人とある。これだけを見るとまだまだかなと思ったが、総資産金額でみると日本が3.6兆ドル、中国が1.7兆ドルとある。すなわち中国の富裕層資産額は日本のほぼ半分の程度だが、富裕層の人口は1/4しかないので、一人当たりは日本の2倍程度の資産を持っていることになる。これを見ても、中国経済の凄さというか格差が想像できる。

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2007/10/18

蔵前橋

 浅草橋の総武線鉄橋横から隅田川テラスに下り、上流に向かい歩くと前方に黄色い橋が見えてくる。

8dsc04607 蔵前橋は、下流の両国橋、新大橋や永代橋が江戸時代からあったのに比べれば新しい橋と言える。橋のプレートにも記されているが、震災復興により、昭和2年に新設されている。

 蔵前の名は、ある程度の年齢の人にとっては、蔵前国技館があったことで記憶されているだろう。私も子供の頃、相撲の時期にこの前を通ると、力士名を書いたノボリが何本も立っていたこと、またTVのプロレス中継が行われていたことを覚えている。

 ところで現在の蔵前付近は、これはという見所が少ないが、初めてこの地を地下鉄で訪れる人が必ず驚くことが一つある。

 蔵前駅は、都営地下鉄浅草線と都営地下鉄大江戸線の乗換駅になっているが、この両線の駅は地下ではつながっていない。乗り換えるためには、いったん地上に上がり江戸通りを250メートルほど歩かなければならないのだ。

 地下鉄の乗り換えが複雑な駅としては、大手町、赤坂見附・永田町、溜池山王・国会議事堂駅などが知られているが、これらは各線が地下でつながっている。こう書いている私もその一人だったが、蔵前駅の地下鉄なのに地上を数百メートル歩くという意外な展開にとまどい、出入り口でウロウロしてしまう人がいる。

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2007/10/17

ガウディ堤防

 夕暮れが近づいた隅田川沿いを歩いてみた。

8dsc04509 浜町公園から隅田川の遊歩道へおり上流へ向かう。頭上に高速道路があるためクルマの通行音がうるさいが、しばらく歩くと高速道は反対側に移り川景色が開け、かすかな波音も聞こえるようになる。

 前方の両国橋の姿がはっきりしてくる辺り、堤防に扉がある。扉の周囲の壁はモザイク模様のタイルで飾られ、そこに丸い穴が点在し、その前にベンチが置かれている。ここまで、ずっとコンクリート打ちっぱなしの堤防を見続けてきたので、そのガウディのような曲線の造形に、思わずほっとする。

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2007/10/16

柳橋夕景

 先日、masaさんのブログで紹介されていた柳橋を歩いてきた。

8dsc04521 浅草橋問屋街と隅田川にはさまれた柳橋は、昭和30年代中頃までは料亭が立ち並ぶ街だった。その頃は、川辺に面した料亭には船着場があり、直接船に乗り込むことが出来た。

 現在の柳橋は、神田川に並ぶ屋形船を除けば、水辺の町という雰囲気はあまり感じられないが、昔の町の様子が、いくつかの東京本に記録されている。たとえば「新版大東京案内」(今和次郎)の花柳総覧によれば、柳橋は芸者屋:183、芸者数:366と記されている。さらに「東京風俗帖」(木村荘八)では元柳橋、「大東京繁昌記:下町編」ではこの地に一時住んでいた島崎藤村の話しが出てくる。日本映画では、「流れる」(原作:幸田文、監督:成瀬巳喜男)は柳橋が舞台になっているそうだが、残念ながら私はまだ見ていない。

 ところで、私の記憶では、昭和40年代終わり頃の柳橋を含めた浅草橋付近は、衣料品、玩具、人形、店舗装飾、文房具など、さまざまな問屋が並んでいた。これは小売店だったのかもしれないが、たしか楽器屋もあった。どのお店も商品が店先や通路まで山積みで、賑わっていた。今、浅草橋付近を歩くと、問屋街は、すっかり様変わりしてアクセサリーパーツを売る店などオシャレで明るい店が増えたのに驚く。唯一、柳橋の上から眺める夕闇の神田川の景色だけが昔と変わらない。

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2007/10/15

銀座ヤマハ

 銀座で音楽関係といえば、まず名前が上がるのが、銀座ヤマハと山野楽器。どちらも大型店だが、山野は新譜に関しては抜群に充実、そしてヤマハはクラッシク系に強いのが私の印象。

8dsc04575 今日は、音楽系DVDを探しに銀座へ、東銀座で下車して三原橋から4丁目を左折して中央通を7丁目のヤマハへ向かった。平日のこの午後に銀座を歩くのは10数年ぶり、通りを歩いていると一見外国人の姿が少なくみえるが、数十メートル歩くたびに外国語の会話が聞こえてくる。どうやら韓国語や中国語らしい。こうして歩いてみるとアジア系の観光客が増えているのを実感する。

 さて目的の7丁目ヤマハに着いたらヤマハが消えていた!一瞬、もしかして銀座店が整理されたかと思ったが、建て替え中との看板を見て一安心。仮店舗は銀座1丁目、ということで今度は銀座1丁目へ向かうことになった。

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2007/10/13

夏の忘れ物#2

 天気予報で、今日から寒くなると言っていたのでジャケットをもって出かけたが、結局一度も着ることはなかった。今日は久しぶりの谷中散歩。

8dsc04530 日暮里から御殿坂を上り谷中方面へ向かへば、墓地横の路地を出たところで人力車に追い越された。週末になると御殿坂で客待ちをしている人力車だろう、幸田露伴の住まいがあったなど路地の案内をしながら墓地の方向へ曲がっていく。その後を追うように墓地の真ん中の道を進めば、グループで散歩をしている団体にすれちがった。皆さん、一眼レフカメラを提げていたので写真サークルだろう。

 彼らが立ち去った道を、白いものと橙色のものがひらひらと横切っていった。この時季でも蝶がいるのかと驚きながら、その跡をつければ、黄色い大きな花が数輪。塀をみれば、夏の忘れものの小さなひょうたんが。この頃、季節感が読めなくなったと思うのは私だけだろうか?

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2007/10/12

東京遊覧

 昨日、本屋で見つけたのが「東京遊覧」(日本文芸社)。

Tokyo_yuran この本は、その帯に「絵はがき写真に見るメトロポリスの変遷」とあるように、明治・大正・昭和、おもに戦前の東京風景の絵はがきを集めている。

 江戸風景や美人の版画が江戸時代のお土産品であったように、絵はがきは、明治・大正・昭和と東京のお土産品として作られてきた。たぶん、いまでも東京タワーあたりのお土産屋に置いてあるかもしれない。

 昭和初期までの絵はがきは、内容がじつに豊富で、名所旧跡から、この本には入っていないが風俗や関東大震災など災害の記録などもあった。絵はがきにはコレクターが多くいて、古書展でも熱心に絵はがきを調べている人を見かる。なにしろ絵葉書は数が多いので、いざ体系的に集めようとすると、これはなかなか大変な作業なので、このようにまとまっていると助かる。
 
 この本がカバーしているのは主に戦前の東京なので、私は、全く知らないものばかりだが、いままで文章だけでで読んできた古い東京風景を知る参考になりそう。

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2007/10/11

銀座ミルクレープビル

 事務手続きのため芝にあるオフィスへ外出した帰りに、銀座に立ち寄ってみた。

8dsc04465 開発が盛んな銀座だが、三原橋でもビルが建築中。この造形は、どこかで見たことがあるが何だっけ?そんなことを考えながらの帰り道、カフェの前を通りかかったとき閃いた!そうだミルクレープだ!薄く焼いたクレープ生地の間にモカクリームを挟み、それを何層にも積み重ねたケーキ。それを四角にカットし、片面だけぐりっどネジッたような造形だ。今は仮称ピアスビルとなっているが、通称ミルクレープビルとしてもよさそうだ。

 それにしても今日は快適、暑くもなく寒くもなく青空もぬけるよう。やはり、これからはなるべく外に出てみよう。

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2007/10/10

明日にかける橋

 サイモン&ガーファンルクのアルバム「明日にかける橋」は、1970年、LPが発売されたとき購入した。その後、私のLPは行方不明になってしまったが、このアルバムに入っていた曲は、いまも記憶に残っている。

8dsc04400 最初に「明日にかける橋」を聴いたときは、それまでのフォークデュオというこじんまりした感じと大きく違って、スケールの大きな唄にちょっと違和感を感じた。そのため、同じアルバムの「コンドルは飛んでゆく」や「ボクサー」のほうを、よく聴いていた。ラジオからも「コンドルは飛んでゆく」は、よく流れていたように思う。

 しかし一番印象に残っているのは、「So Long, Frank Lloyd Wright 」。LPの解説に、 Frank Lloyd Wright は建築家だと書いてあったが、その当時は、どういう人物かは全く気にとめなかった。それより、「So Long=さよなら」という表現がとても気に入り、社会人になってもメールでこの表現を使っていたほどだ。そして、このFrank Lloyd Wrightが、旧帝国ホテルを設計したあのライトであることを知ったのは、ずっと後のことだった。

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2007/10/09

GNH?

 先日のTVでブータンを特集、その中で、ブータンが、GNHを追求していることが紹介されていた。

8dsc04431 GNP(Gross National Product)は国民総生産だが、GNHはGross National Happiness、すなわち国民総幸福度となる。こういう話になると、会社人間は、幸福と何か、それをどのように計るかという議論になることが多い。実際、ブータンGNHについての研究の中では、いくつか指標が上がっているそうだが、幸福度を数値化することは難しい気がする。

 GNPは、モノもサービスも全て金額に換算した指標だが、一度指標化されるとその大小を比較してしまうのが、いまの社会システム。当然、GNPが大きいほうが良いが暗黙の了解となり、国も会社も、去年より今年はもっと大きくしようという話しになる。その結果、ときには手段を問わず数字だけを大きくしようということが起きてしまう。

 たぶんGNHについても、それを数値で比較しようという要求が出てくるだろう。しかし、これはどうも違うような気がする。もともとGNHは、GNPとは違う方向を目指しているのだから、それをGNPと同じ発想を持ち込むのはどうかと思ってしまう。

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2007/10/07

夏の忘れ物

 都心で用事をすませた帰り道、風が爽やかだったので、すこし遠回りしてみた。

8dsc04441 踏み切りの隣りに立っている電柱に、ピーンとワイヤーが斜めに張られている。そのワイヤーには、地面から最上部までびっしり夏草がからみついている。ちょっと見ると、ところどこにに赤い色が点在している。何だろうと近づいてみれば、夏の忘れ物の朝顔だ!

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2007/10/06

Y字路の秘密

 カフェのある公園近くにY字路とY字路が並んでいるところがある。

8dsc04211 Y字路に立つと、右に行くべきか左に行くべきか迷い、どこか不安な気持ちになるときがある。ひとたび左右の選択を間違えると、二度と再び戻れない分岐点として認識しているからだろう。

 一方、Y字路を逆から進めば、これは二つの道が一つの道となる合流点となる。同じY字路でも、自分の視点をどこに置くかで気分は大分違ってくる。

 そういえば横尾忠則に、Y字路をテーマにした作品がある。薄暗い街灯の明かりに浮かび上がるY字路とそこに建つ家を、描いていた。あれは分岐点として描いたのだろうか、それとも合流点だろうか?

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2007/10/05

Nat King Cole DVD

 現役時代のNat King Coleについてはっきりした記憶はなかったが、もう10年ぐらい前だろうか、娘のNatalie Cole のアルバムでUnforgettableがヒットしたとき、そのCDを買ったことがある。

Natking_cole 昨日紹介した「銀座化粧」を購入したとき、近くの棚にNat King ColeのDVDを二種類並んでいるのを見つけた。どちらも曲名は同じようなものが並んでいるし、価格もほぼ同じ、こうなると、どちらを選んでよいか悩んでしまう。

 結論を言ってしまえば両方買ったのだが、私と同じように悩む人のために、それぞれの内容を紹介しよう。

 Nat King Cole 1950-1952は、タイトルに小さく書かれているThe Snader Telescriptionで作成されたもの。そのSnaderだが、Googleで検索してみると、Louis Snaderは実業家で、1950-1954年頃、世界初のTV用ミュージックビデオクリップを作成したとあり、様々な歌手のミュージッククリップを作成したらしい。1曲づつ個別に収録したらしく、それそれの曲ごとに曲名とフィルム番号などのタイトルが入るが、撮影も演奏メンバーもいつも同じようで違和感はあまりない。内容もNat King Coleのピアノを含めて各楽器のソロパートの演奏も多く、いかにもJazzという雰囲気にあふれている。映像はほとんどがモノクロで、ごく少数がカラーになっている。

 もう一つはMost Famous HitsシリーズのNat King Coleだ。こちらは時代はずっと新しく、全編カラー映像のスタジオ収録版だが、観客をいれたコンサート風に作られている。簡単に言えば、1960年代のアメリカのTVショーという雰囲気で、Nat King Coleをメインにしてオーケストラによる伴奏にコーラスがついていて、ポピュラー音楽ショーという印象だ。さすがに新しいだけあって、映像も音も良いし、歌もよく知られたものが並んでいるので理屈なしに楽しめる。

 さて、あなたは、どちらを選ぶだろうか?

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2007/10/04

銀座化粧

 久しぶりに古い日本映画を紹介しよう。先日、神保町の書店で日本名作映画集29「銀座化粧」というDVDを見つけた。「銀座化粧」は、成瀬巳喜男監督による1951年の映画。名前からも分かるように、銀座で働く女性が主人公になっている。その冒頭の画面は、お約束のように、銀座4丁目にある和光の時計から始まる。

Ginnzak 成瀬巳喜男は、東京の下町の裏通りを舞台にした作品をいくつか残しているが。銀座化粧の主人公が勤めるバーは銀座にあるが、住んでいるのは銀座にほど近い下町(新富町)の路地、長唄の師匠をしている家の二階に、小さな息子と二人で暮らしてている。

 この映画を風俗としていま見て驚くのは、バーの客を目当てに物売りをする人々の光景だろう。バイオリンを伴奏に巧みに唄う子供(歳を聞かれて八つと答えている)、三人連れでバーに入りテーブルを回る物売りの子供達、花売りの姉妹、三味線を伴奏に芝居のセリフを語る二人組みなど、いまでは完全に消えた光景が映っている。

 映画評論家:佐藤忠男氏によれば、成瀬巳喜男はロケーションが嫌いでセットでの撮影が多かったそうだ。実際、バーや路地裏の家々はセットらしいが、路地へ続く街並み、その途中出会う紙芝居屋、さらに銀座付近の水辺を歩く実写風景が映っている。その中には埋め立てて間もない三十間掘りの様子もあり、まだ橋の姿を保っている三原橋らしい風景も登場している。今見れば、古き東京の風景記録としても参考になる作品だ。

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2007/10/03

お天気カメラ

 曇り空が続いている東京、天気予報が気になる。

8dsc04204 天気予報を見ていると、お天気カメラで現在の状況を見てみましょうというのがある。”予報では雨ですが、まだ傘をさしている人はないようです”というあれである。

 新宿駅の場合もあるが、渋谷の交差点が映ることが多い。”傘をさしている人が多い少ない”というには、ある程度の人通りが必要だろうから、渋谷交差点などは最適なのだろう。とういうことで、今日は渋谷交差点の写真!まだ早朝だったのでクルマも人も少ないが、ビルの壁面にある大型ビジョンはすでに広告を流している。

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2007/10/02

アコギ

 雑誌の表紙に「アコギ」という文字を見て、とっさに何のことだか分からなかった。

8dsc03138 おじさん世代でいえば「アコギ=阿漕」となり、悪代官が越後屋に向かって言う”越後屋、おぬしも阿漕な(ずうずうしい)やつやのう・・・”のような使い方が一番に浮かんでしまうが、雑誌にあった「アコギ」は、アコースティックギターの略だった。エレキがエレクトリックギターの略であることは知っているが、アコギは、どうもなじめない。でも「アコギ」、これってオジサン度リトマス試験紙に使えるかもしれない!

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2007/10/01

謎の自転車専用信号機

 自転車専用信号機というと、簡単な形式なものを考えてしまうが、どうもそうでもない。

8dsc04327 人形町再開発ビルが完成し、その周辺で道路工事がすすでいる。先日、その地域を歩いたら、大橋通に接する路地の入り口で写真の信号機をみつけた。

 入り口と書いたが、クルマは一方通行で、ここは出口になっている。ということは、これは一方通行の道へ逆進入する自転車のための信号となるが、だいたいいつも大橋通へ出るクルマが出口をふさいでいるので、逆進入はまずできそうもない。立派な信号機だが、これで本当に役立つのだろうか?

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