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2007/12/01

古書との出会い:東京気侭地図(神吉拓郎)

 山口瞳に短編の名手と言わせると共に、「たべもの芳名録」など味わい深いエッセイを書いた神吉拓郎の本は、今はほとんど絶版となり、入手が困難になっている。

Photo その神吉拓郎の文を引用している本がある、小林信彦の「私説東京繁昌記」である。

 例えば私説東京繁昌記第六章銀座・佃島で、”赤坂や、新宿や渋谷は問題外という時代であった。戦前から、戦後へまたがって、そういう時代があったのである。(神吉拓郎「東京気侭地図」)”とある。これ以外にも、長い文章がそのまま引用されている箇所がある。

 この「東京気侭地図」(神吉拓郎)がずっと気になっていたが、出会えずにいた。

 以前、図書館で検索したら、”開架にはなく分館の書庫にあるので取り寄せになります”との回答だった。そのときはそこまではという気がして、そのままになってしまったのだ。

 先日、その「東京気侭地図」に出会った、それも一度に二冊も。この二冊という数字がどの程度かは、日本の古本屋で検索すると、今日(12月1日)の時点で二冊しかヒットしないことから推測できるだろう。

 さて「東京気侭地図」は、昭和55年、1年間にわたってアサヒグラフに連載された東京に関する話を、単行本としてまとめたもの。上野、御茶ノ水、柳橋、渋谷、有楽町、築地、芝、池袋、室町、青山墓地、神田・・・銀座などの町にまつわる話しを、あるときは想い出を中心に、またあるときはその当時の様子をエッセイのようにつづっている。さすが短編の名手だけあって、その文章はなかなか面白い。

 作者の、この本、いや東京にたいする思いは、あとがきに以下のように述べられている。

 「致し方のないこととはいえ、永年親しんできた町なみが、日に日に変わってゆくのを見るのは辛いことである。馴染み深い建物や道が、何時の間にか様変わりしているのは、私ごときものの心を痛ましめる。
・・・・
 その町の風情は、その町に住む人の共有財産である。軽々と改変したり損なってはならないものだった筈である。私たちは、今日、その感覚をどこかへ置き忘れてしまったように思える」。

 小林信彦が、「東京気侭地図」の文章を引用したのは、神吉拓郎の、このような考えに共鳴する部分があったのだろう。

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コメント

こんばんは。丁度、小林の「私説東京繁昌記」を読み終えたところで、浅草くんだり、と記した神吉拓郎が気になっておりました。そうですか、短編の名手だったのですね。ご教示ありがたいです。
なお以前薦めてくださった「藤田佳世、大正・渋谷道玄坂」を入手し、その心穏やかになる語り口に気分良く読み進めました。重ねてお礼申しあげます。

投稿: M.Niijima | 2007/12/02 03:30

M.Niijimaさん、おはようございます、
「私説東京繁昌記」だけでなく「大正・道玄坂」をお読みになったとは、なんという偶然でしょうか!

じつは「東京気侭地図」(神吉拓郎)の「渋谷ハチ公前」という文章の最後に”ぼくの愛読書に「渋谷道玄坂」という一冊がる。二十年近い昔に買った本である。三つのときから渋谷に住んだ藤田さんというお婆さんの著書で、後年になって、その女性は、ぼくの知人のお母さんだということがわかって、愛着もひとしおになった。”とあります。

「私説東京繁昌記」が「東京気侭地図」を引用し、その「東京気侭地図」が「渋谷道玄坂」について語っているのです。この三冊には、こういう流れとつながりがあったのですね。

投稿: じんた堂 | 2007/12/02 10:11

じんた堂さん、興味深いつながりにワクワクしております。
こちらの上村坂のコメント欄で教えていただいた「大正・渋谷道玄坂」は、大岡昇平の「幼年」と一緒に買い求めました。
「大正~」の中では大岡氏と一緒に取材している場面も描かれて、この2冊はまるで兄妹と捉えていたのですが、さらには子や孫もいるようですね。
これは益々「東京気侭地図」を読んでみたくなりました。
ありがとうございます。

投稿: M.Niijima | 2007/12/03 12:17

Niijimaさん、こんにちは、
こちらこそ、コメントをありがとうございました。また面白そうな東京本が見つかりましたら紹介します。

投稿: じんた堂 | 2007/12/04 08:49

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