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2008/02/20

神田小川町富士

 久しぶりに神田小川町を歩いてみたら、その変わりようにビックリ!

8dsc05712 私が学生時代、この道に並んでいたお店は、すべて木造の2階屋だったような気がする。右からカワセ楽器、その隣りの今はムラサキスポーツになっている所に瀬戸物屋、そして富士山の看板をかかげる額縁屋、さらに左に進んで靴屋があった。この中で富士山の額縁屋だけは、昔と変わっていないような。

 ところで都内を歩いていると、富士見坂、富士見通りなど富士のついた名をよく見かける。富士見坂は、都内だけでも12ヶ所ぐらいあるそうで、この小川町近くの駿河台にもある。今は、すっかりビルに囲まれて、いくら背伸びしても富士山など見えそうもないが、かつては見えたのだろう。以前、あの坂道を通りかかったら、冬の夕日が坂の奥まで差しこんでいることがあった、もし付近のビルが低ければ、シルエットで浮かび上がる富士山の姿が見えたかもしれない。

 それにしても靖国通り沿いの小川町、建物はキレイになったが、どうも気分がのらない。小さな店がなくなり大きなスポーツ店ばかり目立つようになり、エスワイルも引っ越していた。

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コメント

runおはようございます!
街の変わり様にはほんと、
ビックリすることしばし。
街と同じように、
自分も変わっているんだろうな、
なんて思ったりして。

投稿: おじさんの独り事 | 2008/02/21 05:23

頭の中の自分は、若いときのままでも、鏡に映る自分はすっかりオジサンですね!snail

投稿: じんた堂 | 2008/02/21 20:29

江戸時代、富士山を信仰する「富士講」が流行し、江戸にかなりの
富士塚が作られたと聞きます。
その富士塚からは、必ず富士山が見えたとか。

「富士見」からも富士山が見えたんでしょうね。

投稿: ころぽて | 2008/02/27 10:44

江戸時代、隅田川付近からも富士山がよく見えたのでしょうか。いまでも、かつての富士塚の名残をみかけるようです。南千住の神社にあった小さな岩山も、たぶん富士塚でしょう。

投稿: じんた堂 | 2008/02/28 21:51

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