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2009/02/28

ギターとオルガンの響き

 昨日は、朝からの雨に白いものが混じりはじめた。雪と言えないこともないが、霙(ミゾレ)、いや氷雨だろうか。

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 その氷雨に負けず、地下鉄で神保町へ向かう。  やはり悪天候のためか、どこも人出が少ない。  古書市で「アルバム東京文学散歩」(野田宇太郎、創元社、昭和29年)、「鏑木清方文集5名所古跡」(白鳳社、昭和54年)の2冊を購入。どちらもヒヤケのため格安本。

追記:3/1
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 「アルバム東京文学散歩」は、野田が、文学散歩の取材中に撮影した写真を集めた本。野田自身は”文学書”だと主張しているが、やはり写真集としてみてしまう。昭和27年頃、戦後の復興が進む東京の姿と焼け残った本郷・向島などが記録されている。

 鏑木清方文集第5巻のタイトルは、”名所古跡”となっているが、隅田川、築地川、銀座などの東京の町の様子が語られているので購入。93歳と長生きした鏑木だけあって、その話しは大正から昭和37年頃までと幅広い。
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 本を抱えて、以前キースジャレットがかかっていた喫茶店で一休み。

 ドアを開けたらギターの音。なんというか曲か分からないが、独特な柔らかなギターサウンド(たぶんオクターブ奏法)はウエスモンゴメリーか・・・。

 それにしてもベースの音が柔らかいのに音程がはっきりしている。立てかけてあったLPジャケットをみたら、ギター・ドラム・ハモンドオルガンによるトリオ、ギターはやはりウエスモンゴメリーだった。

 あの深いベース音はハモンドオルガンが担当していたようだ。

 ハモンドオルガンは電気式オルガンだが、現代のデジタルシンセサイザと違ってアナログ。しかもその音源部分は、メカニカルなディスク(直径5cm程度)と電磁ピックアップを組み合わせたトーンホイールジェネレーターで構成されている。100枚近くあるディスクを常時回転させている、まるでメカの固まりのようなオルガンなのだ。

 今夜は、BSで黒いオルフェ(音楽はアントニオカルロスジョビン)を見る予定。

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2009/02/22

春樹とSWING!

 イスラエル最高の文学賞といわれるエルサレム賞を受賞し、その記念講演でパレスチナ自治区ガザへの攻撃に「私は卵の側に立つ」とのメッセージを述べた村上春樹は、ジャズについてもたくさん文章を書いている。

Portrait_1 「Portrait in Jazz ポートレイト・イン・ジャズ」(和田誠・村上春樹、新潮社、1997年)は、和田誠が描いた26人のジャズミュージシャンのイラストに、村上春樹が文章をつけた本である。

 ミュージシャン26人の人選は和田誠によるものだが、村上春樹が、あとがきに”とくに感心したのは、和田さんのこの26人のミュージシャンの選び方で、ほんとうにジャズが好きじゃないとこういう人選はできないだろうとつくづく思う・・・”と書いているように、その人選は絶妙。

 デュークエリントンやビリーホリディが収録されているのは順当だろうが、キャブキャロウェイが入っている。

  キャブキャロウェイの名は、この本で初めて知ったのだが、その歌声と身振りは映画ブルースブラザーズでおなじみのものだ。映画で”ミニー・ザ・ムーチャ”を歌い踊っていた、あの怪優というかカッコイイおじさんである。Wikipediaによれば、キャブキャロウェイは、デュークエリントと並ぶような存在でジャズ史に残る人物だったらしい。こういう人物を入れてあるのが、この本の楽しいところだ。

 ところで村上春樹は、ジャズミュージシャンの話に加えて、若き日のジャズとの触れあいを、この本の随所で語っている。

 たとえば、ビックス・バイダーベックではその文章を”大学生のとき、水道橋にあった<SWING>というジャズ喫茶でアルバイトをしていた”と始め、チャールス・ミンガスでは”大学二年のとき、新宿の歌舞伎町にある・・・その店の近くに<Pithecanthropus Erectus>(直立猿人)という名前の小さなジャズ・バーがあって”などと、学生時代の思い出を語っている。

 この本は、和田誠のジャズ絵本として楽しめるとともに、村上春樹のジャズエッセイ本としても楽しめる。これは一冊で二度美味しい本である。

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2009/02/15

テリエ・ゲヴェルトのOSLOを聴く

 テリエ・ゲヴェルト(TERJE GEWELT)のアルバムOSLO(Resonant Music RM21-2)は、1月発売のノルウェーからのCD。

Terje_oslo_2 リーダーのベーシストであるテリエ・ゲヴェルトはノルウェー、ピアノのエンリコ・ピエラヌンツィはイタリア、ドラムのアンダーシュ・シェルベリはスエーデンと、ヨーロッパ3ヶ国のミュージシャンで構成されている。

 メンバーだけを見れば、テリエ・ゲヴェルトをリーダーにしたヨーロッパジャズ・ピアノトリオ・アルバムとなるが、それよりもエンリコのピアノアルバムとして聴く人も少なくないだろう。実際、あるCDショップでは、エンリコ・ピエラヌンツィのピアノアルバムとして勧めていた。

 エンリコ・ピエラヌンツィのピアノは、イタリア映画音楽、たとえばエンニオモリコーネのシネマパラダイスにある哀愁にみちた響きがあり、このアルバムの1曲目Blue Waltzなどにも反映されている。ここだけを聴くと、このアルバムをエンリコ・ピエラヌンツィのピアノアルバムと言った人の気持ちも分かるような気もするが、2曲目、3曲目と進むつれて、しっかりしたベースとリズムが加わったテリエ・ゲヴェルトのジャズらしくなる。

 静かながら情熱をもった親しみやすいメロディにあふれたこのアルバムは、2009年最初のヨーロッパからの素敵な贈り物。

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2009/02/07

絵の出るカラオケあります

 台東区の真ん中付近を歩いていたら、路地奥に静かにたたずむスナックがあった。

7dsc04431_2 その壁に「絵の出るカラオケ LaserDisc」の看板。

 今回は、このレーザーディスクの話しをしよう。

 しばらく前の新聞経済欄に「レーザーディスクプレーヤー生産完了」のニュースがあったが、それに目を止めた人はどのぐらいいただろうか?

 レーザーディスクは、その普及が一部に限られていた印象があるが、まぎれもなく一時期ビデオディスクメディアの主流であった。「絵の出るカラオケあります」の看板は、スナックの定番風景であったし、アニメや映画を全集形式のBOXとして販売したのもレーザーディスクであった。

 しかし、カラオケは通信に換わり、ビデオディスクはDVDが主流となり、それもBlu-Rayに置き換わろうとしている。レーザーディスクはその役割を終えたといえる。

 ところで古くはベータ対VHSのビデオテープ、そして一番新しいところではBlu-ray対HD DVDで知られるように、ビデオメディアは二大規格の競争が繰り返されてきた。とくにベータ対VHSは、技術的に優れていても数多くの支持者を得ないと製品は成功しないという、数の論理を製品開発の人々に強く残した。

 じつは、いまはあまり語られないが、レーザーディスクにもVHDという対立する製品規格があり、そこには見事なドラマがあったのだ。

 レーザーディスクはフィリップスが開発したが、VHDはビクターが開発したビデオディスクの規格で、VHSでの成功が追い風となり、日本のほとんどメーカーが採用を表明した。

 レーザーディスクは信号を取り出すピックアップが非接触で、ディスクの寿命には有利とされたが、小型レーザーの実現は技術的に困難とされていた。VHDのピックアップは接触形でディスクの寿命には不利だったが、より実現性があるように言われた。

 ところが肝心のVHDプレーヤーの開発が思い通り進まなかった。そうこうしているうちに音楽用CDが普及し、ユーザーはCDも再生できるレーザーディスクプレーヤーを支持するようになり、VHDを支持していたメーカーもレーザーディスクへ乗り換えはじめた。その結果、初めの形勢はすっかり逆転し、レーザーディスクが主流となったのだ。
 
 ビデオといえば、とかくVHS対ベータを引き合いにしていかに数が大事かばかり論じられるが、レーザーディスクは、少数派という逆境にあっても、ユーザーの声を受け止めて成功したのだ。

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2009/02/01

LIVING IN TOKYO 東京に暮らす 1928-1936

 日本橋の路地にある小さなおもちゃ屋で、帳場(レジといわずにあえて帳場という言葉を使いたい)に座っているおばあさんの話をきいたことがある。

Livingintokyo 小さなおもちゃ屋といっても、その商売は絵草子屋までさかのぼる店だけあって、話に登場する人物が皆面白い。買ったおもちゃを屋敷へ配達させた歌舞伎役者、包装をするのを待てずにそのまま車で持ち帰った映画俳優など、いずれも実名を上げれば、えっーあの人がという話しがでてきた。

 おばあさん自身も、戦前に女学校へ通いモダンな生活をされていたようだが、こちらが、その時代の東京を知らないので、残念ながら、それがどれほどのものかよく分からなかった。

 そこで購入したのが、「LIVING IN TOKYO 東京に暮らす 1928-1936」(キャサリン・サンソム、岩波文庫)。

 この本は、題名で分かるように1928-1936(昭和3年から11年)の東京を描いている。キャサリン・サンソムは、イギリス外交官夫人、デパートや電車・バス・タクシーなどの日常生活を通じて知った、東京、いや日本の文化と日本人をイギリス人へ紹介している。戦争が忍び寄っていたにもかかわらず、そこにあるのは自然を愛する日本人の姿だが、同時に閉鎖的な家族制度にしばられている日本人の様子もふれており、ときにユーモアを交えたその語り口は鋭いが優しい。

 たとえば、”日本人はL(エル)の発音ができないので、英語の単語を変な風に発音して使っていますが、その中で一番よく耳にするのはトーマス・リプトン(Lipton卿)のブランドの紅茶で「リプトン(Ripton)」と発音されています”と、いまもよく話題にあがる日本人のRとLの発音の話しから始まり。

 その人間観察は、ちょっと耳の痛い話しから、これはすこし買いかぶりではという話しもある。

 ともすれば一方的な価値観の押し付けになりがちな外国人による日本人論(日本人による外国人論も同じよう)だが、たとえ心地よくない事でもそれを欠点でなく個性としてとらえて冷静に語ることで、日本と日本人を描き出している。この本は、マージョリー西脇による流れるような筆使いの日本の風俗を描いた絵も加わって、昭和初期の東京人の暮らしを描くとともに、現代人が何を失ったかを気付かせてくれる一冊である。

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