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2009/06/03

本郷台地を歩く

 本郷に住む師匠に会うため真砂町へ向かう。

7dsc05574 真砂町図書館で師匠と待ち合わせをし、一緒に菊坂を目指し歩きはじめた。昔(昭和20~30年代)なら、真砂町から見下ろす菊坂町は、「暗い谷に古い家並みがつづく湿っぽい町」となるが、いまは、家々は新しく建て替わり路地も舗装され明るい。それでも、どこかしっとりした雰囲気があるのが菊坂町らしさか。

 菊坂町をぬけ北西へ向かい、田町、初音町、富坂、表町へすすむ(いずれも旧町名)。

 ところで、さきほどの菊坂町の話しで、なぜ昭和20~30年代の風景を持ち出したかと言えば、今日はある本を携えてきたからだ。

 アルバム東京文学散歩(野田宇太郎、昭和29年、創元社)は、同じ著者の東京文学散歩の取材で撮りためた昭和27頃の東京風景を並べている。その中の「伝通院界隈」は、通りの真ん中にそびえる木の姿を記録している。

 旧小石川表町の善光寺坂は、かつて幸田露伴が住み、通りの真ん中に大きな「椋の木」がそびえることで知られている。今回の写真は、そのアルバムを開きながら現在の大木を撮ったもの。

 この一枚の写真の中に、昭和27年と平成21年、約60年の開きのある風景が記録されている。二つを見比べると、背後にある空はマンションで狭められているが、大木と坂道の後ろにある慈源院・澤蔵司稲荷の石塀と坂道は昔と同じだ。たとえ周りの風景は変わっても、その地の骨格は変わらないようだ。

 それにしても真砂町から菊坂へ向かうあたりは、どこか台地らしからぬ雰囲気がある。

 樋口一葉が住んでいた菊坂裏などは、人がすれ違うのがやっとの狭い小道がクネクネと続き、しかも両側に建物が迫り空が狭い。まるで下町の路地のようである。しかし、下町が高低差のない平ら土地が拡がるのに対して、菊坂は台地の中に深く刻まれた、まるで谷というか皺(シワ)のような地なのだ。

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コメント

今日は、こちらからお伺いせねばならないところ市川の師匠直々にお越しいただき、ありがとうございました(^^; 実は、こうして、古い写真と今の風景を重ね合わせてみるのは初めてのことでした。こうなると、やはり興味深いものですね。この本に掲載されている写真が撮られた頃、青木玉さんは、この家でお生まれになっていたのでしょうか...。なんだかそんな方向にも思考が飛びました。
それにしましても、短時間でしたが充実した楽しい時間をありがとうございました。また機会がありましたらぜひ...です!

投稿: masa | 2009/06/04 03:06

昨日は、ありがとうございました。
憶えられないぐらいたくさんの坂道を歩き、久しぶりに台地歩きを堪能しました。坂道の上にある蔵のある大きな屋敷などをみると、本郷・小石川を山の手と言うのも分かるような・・・下町では見ることができない風景が新鮮でした。

ところで、歩いて楽しいのは、新しい広い道より、台地に刻まれた谷とか川などに沿った旧道のほうですね。その道幅も曲がり具合も、どこかしっくりくるようです。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。

投稿: じんた堂 | 2009/06/04 20:19

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