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2010/06/27

曇りのち雨、そして古本

 家を出たときは曇り空、都心を移動しているあいだに雨となった週末。
 
6dsc06859 挨拶の話題は、どこへ寄ってもサッカーワールドカップ。サッカーファンがこんなにいたのかと驚くほどだが、熱烈なファンからは、”大半は、にわかファン”との声もあるが、応援が増えるのはよいらしい。

 本を整理するため、床に平置きされていた本の山を少しずつ崩しはじめ、味覚極楽(子母澤寛)を手にする。

 この本を、はじめて知ったのは1990年ごろだったろうか、「女たちよ!」(伊丹十三)にあった、”箸を使う時、先を六ミリしか汚さなかった達人が、小笠原家の先祖にいた。このことを私は子母澤寛氏の「味覚極楽」という書物から学んだ”という記述からであった。

 その頃、味覚極楽は箱入の古本が簡単に見つかったので、いつか買おうと思ったが、そのまま年月が経ちいつのまにか忘れてしまった。それが、この春、神保町ブックダイバーに置かれていた箱の中に、中公文庫版の味覚極楽をみつけたのだ。20年ぶりの出会いである。

 ところで、あの小笠原家の先祖の話だが、それは”砲弾裡の食事、子爵小笠原長生氏の話し”の中にある。宮中にあがった小笠原家のものが、蔭でのぞいていた公家たちに、いかにも乱暴に食べたように見せかけても、じつは”箸の先が二分とはよごれていなかった”という話しであった。

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2010/06/20

深川いっぷくいっぱこ古本市が開催されます

 ここ数年ギャラリーやカフェがつぎつぎオープンしている清澄白河地区、その中心で各種イベントを開催しているのが、深川清澄白河・資料館通りにあるコミュニティカフェ&ギャラリー”深川いっぷく”。

6dsc06747 今年も恒例の”深川いっぷくいっぱこ古本市”が、7月9日(金)-11日(日)まで開催されます。もちろん、市川糂汰堂も昨年につづいて出店予定。

 清澄白河は、江戸時代は紀伊国屋文左衛門さらに明治になり岩崎弥太郎が所有していた清澄庭園、時代の最先端のアートを紹介する東京都現代美術館と、新旧の世界が集まっています。川べりで芭蕉に思いをめぐらすのもよし、カフェでまったりするもよし、その楽しみ方は様々。

 深川いっぷくへのアクセスは、下記地図をごらんください。


大きな地図で見る

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2010/06/16

天気雨

 部屋の中からは雨が降っているように見えなかったが、隣りの家の屋根に黒いシミが点々と増えはじめた。

6dsc06793 ドアを開け空を見上げれば、暗くなりつつある青空のなかに低く灰色の雲があちこちに。ちょうど雲が切れたあたり、真っ白な雲が明るく輝いていた。

 あまり使わないが、なぜかMSの漢字変換にも出てくる暮雨(ぼう)という言葉がある、夕方降る雨のことだそうだ。雨は日本人に親しまれている言葉。青雨、緑雨、白雨、霧雨、驟雨と、雨がつく語を数え上げたらきりがないが、今日の雨は、分かりやすいところで天気雨だろうか。

 ところで映画の世界へ目を向けると、ジーンケリー主演によるミュージカル「雨に唄えば」の雨の中のダンスシーンが思い浮かぶ。映画のなかで映画製作の過程をみせるという、ちょっと込み入ったストーリーだが、単純明快な展開で旧きアメリカミュージカルの雰囲気がいっぱいつまっている。これは何度見ても楽しめる映画である。

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2010/06/14

科学に必要な寛容

 ここ数日、オジサン仲間の話題の中心は、ワールドカップでなく「はやぶさ」だった。

 TVや新聞のニュースで解説されていたが、「はやぶさ」は宇宙探査機。小惑星イトカワに着陸し、岩石サンプルを採取し、そのサンプルを持って地球に帰還する。エンジン故障、通信途絶など、さまざまの障害の中、予定より3年遅れて7年ぶりに地球に戻って来たのだ。

 オジサン仲間、とくにモノ作り系の仕事をしているオジサン達は、「はやぶさ」の話になると熱くなる。

 多くの故障にもめげず、無事帰還し最後はカプセルを放出し、本体は大気中で燃え尽きたこともあるが、やはり予定を3年遅れても、最後まで見捨てずプロジェクトを成し遂げたストーリーに胸を熱くしているようだ。

 最近の企業プロジェクトをみると、長期にわたるものは提案も実施も難しくなってきた。とにかく結果がすぐに出るものでないとGOサインが出ない。プロジェクトは3ヶ月ごとに進捗をレビューし、もし遅れや変更があれば次のレビュー時期(すなわち3ヶ月後)までに、何らかの対策をしなければならない。その時点で良い結果がなければ、プロジェクト中止もある。いわゆる社内事業仕分けである。

 ところが革新的なプロジェクトは、そんな簡単に実現できるものではない。長期にわたる基礎的な研究、そこに全く新しい発想とそれを支える人々が合わさってはじめて完成する。一つの成功の裏には多くの失敗があり、それを乗り越えてはじめて成功があるのだが、最近は失敗を許す寛容な姿勢を見ることが少ない。

 しっかり数値化(金額化)できる成果が期待できるものしか評価せず、夢や感動のような情緒的なものを成果として認める余裕がないのだ。

 今回の「はやぶさ」のストーリーをみれば、それこそトラブルの連続、スケジュールの大幅遅れだが、それをを乗り越えてあきらめず進む、それを許したプロジェクト関係者の姿勢にオジサン達は感動したのだ。事業仕分けにより科学系予算は縮小される一方だが、科学技術の未来のための寛容な視点をぜひもってほしいものだ。

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2010/06/09

サヨナラ京成百貨店

 京成電車が江戸川を渡り千葉県に入り四つ目に京成八幡駅がある。

6dsc06698 ここはJR総武線・都営新宿線の乗換駅として利用されており、ホームが一つしかない小さな駅だが、市川市内では乗降客が多い駅である。いま、その京成八幡駅とJR本八幡駅(国道14号)にはさまれた区域で再開発が始まっている。

 本八幡駅北口再開発事業はA-Dブロックに分割され、すでにJR本八幡駅北側のB、C1、D1、D2地区が完了している。残る京成八幡駅付近はA地区と呼ばれ、再開発事業では最大面積の区域、地上40階建ビルを含む3棟の建設が予定されている。

 このA地区は、駅に隣接した京成百貨店をはじめに、銀行、コンビニ、化粧品、呉服、玩具、文房具、八百屋、肉屋、カバン、寝具、中華料理、パチンコなどの店が、昔ながらの路地に沿って密集していた。真ん中付近にあった婦人服店やカバン屋などは間口が1間しかなく、路地の幅もその程度だったので、配送のクルマが間違って進入し途中で立ち往生することもあったほど。

 いまそのA地区で、大きなカニの爪のような重機が、ビル・木造建物をはじからガシガシと噛み砕いている。小さな木造建築などは、みるみる消えてしまうが、さすがビルになると歯ごたえあるようでぐっとペースが落ちる。それでも作業は日々進み、建物はどんどん消えていく。

 ところで再開発後のA地区だが、先日、そこに京成電鉄本社ビルが移転してくることが発表された。現在、京成電鉄本社は、スカイツリー足元の押上にあるが、それが移転するのだ。移転理由のなかに現本社跡地の有効利用とあるが、スカイツリーの影響が思わぬところに・・・。

 それにしても、建物の解体風景は珍しいものではないが、いざ日頃見慣れた建物が小さくなり消えていくと、どこか胸に迫るものがある。

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2010/06/06

僕の東京地図(サトウハチロー)

 「僕の東京地図」を読むの二度目、より正しく言えば二冊目。

Photo 以前、「僕の東京地図」(安岡章太郎)を紹介したが、今週、読み始めたのは全く同じタイトルの「僕の東京地図」(サトウハチロー)。サトウハチローは、佐藤紅緑(作家)の子、詩人・作詞家、童謡「ちいさい秋みつけた」などを作詞している。フォーククルセダーズ「悲しくてやりきれない」も作詞、佐藤愛子(作家)の兄にあたり小説・随筆も数多くある。

 週末、神田の新刊書店で、地方・地域関係の本のなかにこの「僕の東京地図」(サトウハチロー、ネット武蔵野、2005)をみつけた。この本の初版は昭和11年、戦前の東京の町の様子を語る本としてよく知られるが、古書店でもあまり見かけない珍しいもの。

 新刊書店の本棚にあったのは、当然、復刻本でネット武蔵野からの出版。オリジナルは高価だが、これは¥1470と手頃な価格。単なる復刻本かと思ったら大間違い。まえがきを佐藤四郎(サトウハチローの子)、あとがきを星野哲郎(作詞家)、さらに各章に戦前の地図を加え、じつにまじめに作られた復刻再編集本。

 収録されている地域は、浅草~向島、上野~谷中~本郷、銀座、芝~三田~麻布、泉岳寺~蒲田、牛込・神楽坂~早稲田、新宿~四谷、池袋~田端、御茶ノ水~九段、日本橋~月島~丸の内。

 町の様子が詳しく描かれているのはもちろんだが、登場する有名・無名の人物がみな個性的で面白いのは、酒豪で人づき合いが良かったサトウハチローならではだろう。この本は、昭和初期の東京を楽しみながら知る一冊である。

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2010/06/02

向嶋墨提を歩く

 やはりスカイツリーを見るならば、すっきり晴れた日にと・・・

6dsc06584 地下鉄を本所吾妻橋で下車し隅田川方向へ歩き出す。目指すは、金色に輝くアサヒビール。

 まるでミラーのように周囲の景色を映し出すこのアサヒビール本社ビルは、いまやスカイツリー撮影の定番地。当日も、大きなカメラを抱えたオジサンが、窓に映るスカイツリーを見上げながら広場をいったりきたり。どうもビルに近寄りすぎるとスカイツリーの一部しか映らないので、撮影位置を決めるのに苦労しているようだ。

 ところでビル窓ガラスに映るスカイツリーの写真は、新聞にも掲載されたので見た方も多いだろうが、あれは対岸の浅草側から撮影していたような・・・。

 隅田川に沿って上流方向へ歩き、言問橋東から水戸街道の一本隅田川よりの見番通りに入る。

 見番(検番)とは、あまり見かけない言葉だが、広辞苑によれば「芸妓の取次ぎや玉代の精算などをする所」とある。見番通りには、向島の見番である向嶋墨提組合、ウィンドウに京小物を並べるお店や古そうな菓子屋などもあるが、浅草のような観光地と違って賑わいとはまったく無縁。

 料亭の建物は、道路側に高い塀を廻らし内側はまったく見えないし、水戸街道からほんの数十メートル離れているだけなのに、クルマも人通りも少なく、この地域はじつにひっそりしている。日が落ちれば別の表情を見せるのだろうが、昼間は、わずかに調理場勝手口と書かれた小さな出入り口に、ときどき人影が見えるだけである。

 向島は、商店街でもない観光地でもない、やはり料亭街という言葉がしっくりするようだ。

 (写真は、言問橋東交差点近くから撮影)。

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