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2010/08/25

TECHNO POP AGAIN

 YMOが流行っていた頃は、仕事に追われてYMOに限らず音楽を聴くことはあまりなかった。それでもテクノポップという言葉とYMOのサウンドは、いまも頭の隅に残っている。

5dsc00258 先日、古書展で気にいった本が見つからず帰ろうとしたとき、古いレコードが置かれているのが目に入った。よくあるクラッシック・セットものと合唱アルバムに加えて、YMOのLPが一枚だけ混じっていた。ジャケットはキレイだが、ライナーノーツもなく片面にうっすらキズもあるので棚に戻そうかと思ったが、文庫本と同じ値段という安さにひかれつい買ってしまった。

 じつは、YMOについて思い違いをしていたことがあった。

 そのシンセサイザーとコンピュータによる演奏スタイルから、YMOのデビュー盤はCDのように思っていた。

 ところがデビュー盤は、アナログレコード時代。

 CDソフトが日本で初めて発売されたのは1982年。YMOのデビューは1978年、その活動休止は1983年なので、ちょうどレコードからCDへ移りはじめたまさにその時代をまたがって活躍していたことになる。当然、デビュー盤はアナログレコード。

 購入したLPレコードは、「X∞MULTIPLIES」(A&M SP4813)、1980年に発売されたYMOのベストアルバム。日本のALPHAレコードの型番が印刷されていないのでUS盤だろうか。レコードプレーヤーにおきカートリッジを下ろせば、かすかなスクラッチノイズにつづいてYMOサウンド。それはまぎれもなく80年代テクノポップが蘇った瞬間であった。

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2010/08/22

萬年橋

 小名木川が隅田川に接するところに架かる萬年橋は、二重アーチが美しい橋である。

5dsc00237 萬年橋は、江戸切絵図にもその名を見ることができる古い橋だが、現在のものは昭和5年11月に架けられた鋼鉄橋。大正14年に起きた関東大震災後の復興期に架けられた、いまも残る昭和初期橋梁の一つである。

 隅田川テラスからながめるアーチ姿も美しいが、橋の両側にある歩道から内部を見上げたときの鉄材の複雑な組み合わせは印象的。なめらかな曲線のように見えるアーチも、じつは短い直線の組み合わせで作られていることが分かる。

5dsc00230 この橋に立ったことがなくても、この橋付近の景色を見た方は多いはず。

 じつは、この橋は、数多くのTVドラマの水辺風景に登場している。近くに清洲橋があり、隅田川がゆるやかにカーブして景色に変化があり、しかも水上バスが時々通るなど、いかにも東京の水辺らしい雰囲気があふれている。それでいながら橋を通るクルマが少なく静かという、ロケに絶好の条件も揃っている。

 最近は、テラスからスカイツリーも見えるようになり、ますます魅力をましている。萬年橋の人気は、これからもつづきそうである。

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2010/08/18

葉生姜

 あまった葉生姜を、水をはったスイーツカップに入れておいたら、小さな芽がすーっと伸びてきた。

5dsc00196 お盆休み直前、トラックで販売にくる八百屋からトマト・ナスを買おうとしたら、旬のものですからと葉生姜(葉つき生姜)をすすめられ一束購入。

 子供のとき、この時期になると甘酢につけた葉生姜が入ったガラスビンが、我が家の食卓のうえに置かれていた。すこし辛くて子供は苦手、もっぱら大人だけが食べていた。たしか茗荷も、同じような味付けで置かれていたが、これもやはり大人だけの食べ物であった。

 ところが、久しぶりに食べた葉生姜は、少しすーっとして爽やか。あの頃の大人は、この味を楽しんでいたのかと納得する。

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2010/08/14

陰祭り

 今年(2010年)の深川富岡八幡宮祭礼は陰にあたり、8月15日(日)に永代通りで子供神輿連合渡御が行なわれる。

6dsc07751 それでは大人の神輿は担がれないのかというと、そんなことはない。連合渡御がないだけで、町内神輿はそれぞれの町を練り歩いており、なかには富岡八幡宮にお参りするものもある。

 14日(土)の午後、木場から門前仲町へ向うバスに乗っていたら、永代通りを進む神輿と出会った。上り下りのクルマが一時停止、永代通りを横断して富岡八幡宮境内へ入っていく。

 写真は、進行中のバス車内から撮ったのでピントも外しているしブレているが、雰囲気が伝わればとあえて載せた。

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2010/08/11

崎川橋に立てば

 夏休みになると、木場にある東京都現代美術館は大賑わい、周辺の道路も渋滞ができるほど。

Sakikawa5 毎年この時期に開催されるスタジオジブリ展を目当てに人が集まってくるからだ。

 ところで現代美術館だけを見て帰るのは惜しい気がする。もし時間があれば、少し周辺を歩くと思いがけない昭和遺産と出会える。

 たとえば、現代美術館が建つ木場公園は、いまは大きな緑地公園だが、かつては丸太がたくさん浮かんでいた掘割の地であった。また運河が縦横に走り数多くの橋が架かる地でもあった。運河の一部は、埋められ道路や公園になってしまったが、いまも水をたたえる運河もあり橋も残されている。これらの橋をじっくり見ると意外なアートの発見がある。

 崎川橋(さきかわはし)は、木場公園の中を東西に流れる仙台堀川に架かっている。

 構造は、トラス構造という鋼材を三角形に組んだもので、昭和4年9月完成。ちょうど関東大震災後の復興期に架橋された、昭和初期の橋である。

 トラス構造の橋は、遠くからみるとどれも同じように見える。しかし、いざ橋の上に立ち、その細部デザインをみるとそれぞれ違うことに気づく。

Sakikawa6 たとえば崎川橋は、橋入り口の柱上に置かれている照明器具と、橋の柱に設置された照明器具がともに小さな小屋のようにデザインされている。この構造では光の開口部が小さく、照明としてはどうかと思うが、あえてこのデザインを取り入れているところが面白い。この近くにある亀久橋にはステンドグラスの装飾があるように、昭和初期の橋は、細部デザインへのこだわりがあり、それを見つけるのも橋巡りの楽しみの一つである。

追記:8月18日

 図書館で「東京の橋」(石川悌二)で崎川橋の項を調べたら、「深川の散歩」(永井荷風)のなかに崎川橋が登場していることの記述があった。家にもどり「荷風随筆集(上)」(岩波文庫)に収められている深川の散歩を開いたら。

 ページ208に、”冬木弁天の前を通り過ぎて、広漠たる福砂通りを歩いていくと、やがて真直に仙台堀に沿うて、大横川の岸に出る。仙台堀と大横川の二流が交差するあたりには・・・・崎川橋という新しいセメント造りの橋を渡った”とある。(福砂通りは現在の葛西橋通り)

 セメント造りという表現が気になるが(橋床が木造でなくセメントという意味だろうか)、場所はまさしく崎川橋や大栄橋があった地点。文末に甲戌十一月記とあり、これは昭和9年11月となり、現在の崎川橋が完成して5年経た頃で年代も整合している。これなら”この崎川橋に立ったとき、ここは荷風も渡った”と言ってよいだろう。

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2010/08/08

密林へ向う

 ようやく体調が、連日の猛暑においついてきたようなので週末都心へ向う。

6dsc07657 まずは神保町で、野坂昭如エッセイ集を3冊購入。以前セットで持っていたのだが、先日、読み直そうと本棚を探したが見つからず。いろいろ記憶をたぐっていたら、既に手放していたことに気づき再購入。このごろ、このような状況が多くなってきた。そういえば人の名前もすぐ忘れてしまう、やはり年だろうか・・・。

 つづいて神保町から都の西北へ向う。地下鉄雑司ヶ谷駅で下車し、都電の踏み切りを目印にして右折、路地に入り新開店のジャングルブックスへ向う。

 そろそろ旅猫雑貨店がみえるはずなのに見つからない、またもや路地を間違えてしまった。雑司ヶ谷に来ると、二回一回、50%の確立で道を間違えてしまう、この地には脳内コンパスを迷わす強力なパワーがあるのかも。あわてずそのまま進み左折して右折し一本奥の路地にはいり、ジャングルブックスの看板を見つける。

 元ケーキ屋さんだったというジャングルブックスは、内装も本箱も、さらに並ぶ本もすべてキレイ。日頃、格安均一本ばかり目にしている者には眩しいほど。「東京ジャズ喫茶物語」(1989年、アドリブ)を購入。この本は、東京のJAZZ喫茶オーナーへの取材記、神保町では「響」が取り上げられており、その店内写真にはいまや伝説となったJBL4350が写っている。これは80年代東京記録として楽しめる一冊。

 それにしても神保町交差点で見上げた空は、日差しは完全に真夏だが、青空を流れていく雲は少し秋めいてみえた。暦は立秋なりを実感する。

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