« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010/12/22

ホカホカのオンデマンド本

  「僕の東京地図」(サトウハチロー)、「僕の東京地図」(安岡章太郎)、「わたしの東京地図」(高橋義孝)など、「東京地図」がつく本は、いずれもその時代の東京の姿を描いて面白い。

Photo_2 その中にあって「私の東京地図」(佐田稲子)だけは、まだ読んでいなかった。これは初刊が1949年、その後1989年に講談社文庫が出たが、それも長い間重版未定となっていて事実上は絶版状態が続いている。

 先日その「私の東京地図」(佐田稲子)をついに入手した。しかも完全な新品美本である。

 ニュースで流れていたが、12月15日から神田三省堂本店で「店頭オンデマンド出版」のサービスが開始。このサービスは、英語・日本語のオンデマンド出版可能な本を、店頭に設置された機械で印刷・製本し、すぐに手渡してくれる。発注から完成までは、わずか10分というスピード処理が特長。

 サービススタート時の日本語本は、講談社オンデマンドブックスス(約50冊)に限られるが、そのなかに佐田稲子「私の東京地図」がリストされていたので早速店頭で注文してみた。価格は¥1260と、講談社文芸文庫版と比べて大きく違わない。

 店頭オンデマンド出版装置は、デジタルコピー機+自動製本機+カラープリンタが合体したような装置。デジタルコピー機で印刷された本文は一枚づつ自動製本機に送られ、同時にカラープリンタが表紙を印刷し、自動製本機がすべてを合体させ糊付けして裁断を行なう。本の体裁は、厚紙表紙の軽装版、いわゆるソフトカバー本。

 全てが完成するまで約10分ということだが、実際の印刷速度は非常に速くて10分もかからない。印刷、製本、裁断などの全ての工程が目の前で見られるので飽きないし、手渡された本は、まだ温かくてまさしく出来立てホカホカであることに感動すらしてしまう。

 店頭オンデマンド出版装置は、まだ世界に50台、日本では三省堂が第一号機だそうだ。電子出版・電子書籍の本命は、各社から発表されている電子ブックリーダー(iPad、Kindle、Readerなど)だと思うが、従来の紙の本との橋渡しとなると店頭オンデマンド出版は、有力な候補になりそうだ。これは、今後どのように発展するか目がはなせない。

 三省堂店頭オンデマンド出版については、こちらに案内・解説があります

| | コメント (4)

2010/12/19

しまい紅葉

 師走の清澄庭園へ向えば、

5dsc01767 もう紅葉は終わっていると思い期待していなかったが、庭園を一周すると建物横に一本だけ見事に紅葉した木。冬の日差しを通して見上げる紅葉は、透明な空気のなかに赤から黄色へ無限のグラデーションがひろがり、まるで光のシャワーの中にいるような気分になる。たぶん、これが今年最後の紅葉見物、しまい紅葉である。

 入り口近くにある大正記念館で、臨時カフェがオープン(19日まで)、ケーキセット・クッキーセットは各¥500なり。窓際の席に座り、しばしコーヒーを味わう。それにしても、池の周りにいたフィールドスコープを抱えた野鳥観察のグループが去ったあとは、静けさのなかに時々水鳥の鋭い鳴き声が聞こえるだけとなり、ここが都心であることを忘れそうになる。

 さて今年もあと二週間を残すだけになった、そろそろ年賀状書きを始めよう。

| | コメント (0)

2010/12/12

銀座の橋

 昭和30年代の中央区の地図をみると、銀座は外堀、京橋川、築地川、三十間堀などの川に囲まれている。

5dsc01710 これらの川は、東京オリンピックやその後の開発をきっかけに高速道路や埋立地となり、そこに架けられていた橋も撤去された。数寄屋橋や三原橋など橋の名がつく交差点は、かつての橋の名残である。

 銀座の橋がまだ現役だったころの小説がある。「橋づくし」(三島由紀夫、昭和31年)は、築地川とその支流にかかる橋を舞台にした短編。当時の銀座の町とともに花柳界で暮らす人々が描かれている。

 橋づくしは、願かけの橋めぐりにまつわる話。

 陰暦八月十五日、満月の夜に七つの橋を願をかけながらめぐる、その間、話しかけても話かけられてもいけない、同じ橋を二度渡ってはいけない。その橋めぐりを行なうのは、芸者二人と料亭の娘とそこのお手伝いの四人だが、橋めぐりがすすむにつれて思わぬ出来事のため一人二人と脱落してしまう。はたして最後まで無事まわれるのは誰だろうか、またその願いはなんだろうかとなるが、それは本を読んでのお楽しみである。

 出発点は、築地川にかかる三つ又の橋である三吉橋(ここは二つの橋と数える)、そこから築地橋、入船橋、暁橋、堺橋となり、最後は備前橋。全行程1km程度のコース。

 さて実際に歩いてみよう。

 中央区役所前に立てば、正面にあるのが三つ又の橋である三吉橋。昭和通り側の橋のたもとに、三吉橋のいわれと三島由紀夫の橋づくしの一文とコースが記された記念碑がおかれている。(写真は三吉橋にある記念碑)

 ここを出発点にして築地橋・入船橋を渡るのだが、はるか下にかつての川を道路にした部分が廃墟のように横たわっていて、水辺の雰囲気を楽しむのは難しい。入船橋から先は築地川公園となる。その公園を横切るように構造物があるが、それに暁橋の名のプレートがついている。さらに公園内を進むとまた構造物、こちらには備前橋の名が読み取れる。途中にあるはずの堺橋だけは名前を示すものが見つけられなかったが、現在児童遊園地になっているあたりと思われる。

 このように、いまも橋づくしのコースをたどることはできる。しかし橋づくしが書かれた頃とはあまりに変化が大きい、それをどこまで想像力で補うかである。

補足:12月14日

 堺橋について、Across the street soundsさんが、その位置を示す地図と痕跡の写真を掲載されました。ご参照下さい。

| | コメント (4)

2010/12/08

中原淳一の枯葉

 先日、大江戸線10周年記念JAZZライブのustream中継で、若いジャズグループが演奏する枯葉を楽しんだ。

7dsc08394 シャンソンとして知られる枯葉は、イブモンタン、ジュリエットグレゴやエディトピアフなどが歌い、英語版となりナットキングコールが歌い、さらにビルエヴァンス、マイルスデヴィスなど数多くのジャズミュージシャンが演奏し、いまやスタンダードソングといえるほどの有名な曲である。昨晩、BSでヒッチコック映画「知りすぎた男」が放映されたが、母親役で出演していたドリスデイもアルバムの中で歌っていたはずで、この曲をとりあげたミュージシャンは数え切れない。

 その中で、私が思い出すのは1960~1970年代に活躍した岸洋子である。岸洋子は、シャンソン・カンツォーネ歌手、「夜明けの歌」でレコード大賞を受賞したが病に倒れて亡くなった。派手な歌手ではなかったが、その歌声は少し陰りというかしっとりとしたところがって、彼女が日本語で歌う枯葉は、心に染みてくるところがあった。

 いま手元に岸洋子の古いLPがあるが、枯葉は中原淳一・詩とある。これは、オシャレな女性誌「それいゆ」を創刊した中原淳一だろう。少女雑誌の挿絵からはじまって、ファッションやインテリアなどオシャレな生活を提唱した中原淳一は、シャンソンの訳詞も手がけていたそうだが、これもその中の一つなのだろう。

 さて、あなたの思いでの「枯葉」は、どのようなものだろうか・・・。

| | コメント (2)

2010/12/05

装丁買い

 神保町の喫茶店前で、先日リニューアルオープンした中古レコード店で買い物をしてきた方と立ち話。”ジャケ買いですよ”と言いながら、大きな紙袋をうれしそうにみせてくれた。

Ginzagawa_2 ”ジャケ買い”という言葉は、今も通用するのだろうか?略さずにいえば、”ジャケットのデザインが気に入り買いました”となるのだが、単純に”ジャケットデザインが好き”だということだけでなく、じつは”その歌手・演奏者が好きなのだが、そこはちょっとぼやかしたいのでジャケットが気に入ったことにしておこう”などの場合もあって、なかなか奥が深いときがある。それもこれも、レコードの中身とそれを包むジャケットが、それぞれ別の作品として鑑賞できるからだろう。

 ところで、先日、コーヒーの中に落としたと思えるほど中身が茶色に変色しているが、表紙デザインが洒落た古い本を格安棚でみつけた。裏表紙のイラストに小さくY.hanaとサインが入っているので、もしやと思いページをめくたっら装丁花森安治の名。本は、「銀座川」(井上友一郎、文芸春秋新社、昭和26年)である。

 最初の数ページを読んでみたら、銀座のバーで働く女給(ホステスでなく女給というのがこの時代らしい)を主人公にした話。すぐに中身を読む予定はなかったが、表紙デザインが決め手となり購入。この場合は装丁買いだろうか。

 電車内で少し読んでみたら、登場人物の描き方が以前DVDで観た「銀座化粧」(成瀬巳喜男監督)と似ている。自宅に戻り、井上友一郎を検索したら「銀座二十四帖」「銀座化粧」の原作者であった、どうりで似ているわけだ。なお井上友一郎は、INOUE TOMOICHIROである。中扉にGINZAGAWA・BUNGEISHUNJYUSHINSHAとともに作者名がこのように表記されている。さすが花森安治の装丁、なにげないがきっちりデザインされている。

| | コメント (2)

2010/12/01

昔の名前で

 昭和30年に創刊され今もつづく銀座百点は、ハガキを一回り大きくしたぐらいの判による月刊の小冊子で、毎号有名人によるエッセイを掲載している。

7dsc08293 銀座百点のホームページによれば、”その連載から向田邦子「父の詫び状」、池波正太郎「銀座日記」、和田誠「銀座ドキドキの日々」などベストセラーが生まれている”とあるように、内容に定評があり銀座百点を楽しみにしている読者は多い。

 銀座百点に掲載された文章は、単行本や文庫としても出版されている。たとえば「銀座24の物語」(文芸春秋)は、1999年4月~2001年3月までに掲載された文章をまとめたもので、椎名誠からはじまり久世光彦・江国香織と人気作家のエッセイが収録されている。

 先日、「銀座百点選集」という箱入の本をみかけた。発行は昭和60年、創刊年の1955年から1984年まで銀座百店に掲載された文章からいくつかを集めて一冊にまとめている。どこにも値段が印刷されていないし、目次前のあいさつ文に”発刊満30年を記念して”とあるので、関係者に配ったものかもしれない。

 目次に並ぶ文章のタイトルと作家名を順にたどっていたら、あるところで目がとまった。

 「鬚を剃った魚の話」伊丹一三

 鬚を剃った魚の話は、エッセイ集「女たちよ!」(文春文庫、伊丹十三)にも掲載されている日本製品のオモシロ英語ネーミングの話。内容はそれを読むとして、私が注目したのは伊丹一三(いたみいちぞう)という名前である。

 伊丹十三は、俳優デビュー当時、伊丹一三を名乗っていたが、その後十三と改名した。それ以降は、伊丹一三時代にかかれた初期作品は伊丹十三の名で収録されるようになり、著者名に伊丹一三の名をみることはなかった。銀座百点選集が発行された昭和60年(1985年)は、すでに映画「お葬式」が話題になっていたときだから、当然伊丹十三時代である。それなのに伊丹一三としているのが、ちょっと不思議だった。

 奥付のひとつ前のページをみたら、あっさりその答えが書かれていた。”文章、姓名および肩書きは、原則として「銀座百点」に掲載された原文のままとなっています”とある。そして「鬚を剃った魚の話」の文末には、俳優・1965年5月号とあるから、著者名は伊丹一三となるのだ。

 なお伊丹一三から伊丹十三への改名は、「伊丹十三の本」(新潮社、2005年4月20日)に収録されている年譜によれば、”1967年10月21日出演作(映画)「懲役18年仮出獄」封切。この映画から芸名を伊丹十三に改める”とある。

| | コメント (2)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »