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2011/08/28

第4回深川橋めぐりツアー終了

 第4回深川橋めぐりツアーは、無事終了しました。参加者の皆様、ありがとうございました。

5dsc04210 今回の橋めぐりツアー一番のハイライトであった扇橋閘門(おおぎばしこうもん)では、係員から水門動作の詳しい説明を聞き、実際の注水・水門の上げ下げを見学しました。

 訪れたときは満潮に向う時間帯とあって、水位は閘門外側はAP1.8m、内側はAP-0,9m、閘門の内外で水位差2.7m。閘門の外から見ていると、このような水位差があるように思えませんが、閘門管理塔から水路の前後をながめるとその差は一目瞭然。こんなにも違うのかと!

 さらに約3000トンの水がスムーズに注水される様子は圧巻、深川の中にこのような施設があったのかと参加者一同驚くとともに感動、次回は子供達に見せたいとの声が上がりました。

 写真は西(隅田川側)の水門、手前の暗い部分の水位はAP-0.9m、その外側の明るい部分の水位はAP1.8mです。

 この夏の扇橋閘門の一般開放は、8月31日(水)、9月3日(土)にも予定されています。夏休の自由研究まだ終わってない人、最後のチャンスです!

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2011/08/27

本日(8月27日)の橋めぐり予定どおり開催します

 本日(8月27日)の深川橋めぐりツアー、予定通り開催します。

 空は雲に覆われていますが、いまのところ大きな雨雲がないようですので(東京アメッシュで確認)、予定通り開催します。参加される方は、午後2時に深川いっぷくへお集まり下さい。

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2011/08/25

扇橋閘門へ行こう(3)深川は東京のベニス!

 前回の「扇橋閘門へ行こう(2)小名木川閘門」で紹介したように、旧中川と荒川放水路の接するところにあった閘門は昭和51年に閉鎖されました。第4回橋めぐりツアーで訪れる扇橋閘門は、このとき造られました。

Photo_2 小名木川が流れる江東三角地帯(江東区、隅田、江戸川区)は、ゼロメートル地帯と言われるように明治中頃から沈みはじめ、その累積沈下量は南砂地域で最大4.5メートル(昭和45年)に達しました。このゼロメートル地帯を水害から守るため、地域を東西に二分して、地盤がまだ高く河川利用が多い西側は護岸を整備し、東側の河川は平常時水位を低くすることが昭和46年に決められました。そのとき船舶の東西の行き来を確保するため、小名木川に閘門を設置することが決まり、昭和51年扇橋閘門が完成しました。

 西を隅田川、東を荒川、北を北十間川で囲まれる地域は、防潮堤で囲まれさらに水門や閘門で仕切られて人工的に水位を調整されているのです。いまベニスは地盤沈下に悩まされ防潮堤工事が進んでいますが、古くからベニスにたとえられた深川は、このように地盤沈下に対応をしています。

 それでは扇橋閘門を境にして東西の水位差は、どのぐらいあるのでしょうか?

 江東地区内部地盤高の関係を示す図によれば、扇橋閘門の西側にある隅田川・大横川の平常時水位がAP2.1mであるのに対して扇橋の東側から旧中川までの区間はAP0mより低く設定しています。このため小名木川は東西で2m以上の高低差があります。(A.PはArakawaPeilの略、荒川工事基準面(東京都中央区新川にある霊岸島水位観測所の最低水位))。

 この東西で水位差のある川を通航のために、パナマ運河のように扇橋閘門が造られました。

 扇橋閘門が完成したときは、現荒川(旧荒川放水路)には水門しかなく小名木川と荒川間の通航は出来ませんでした。その後、震災時に水上輸送路を確保したいとの要求から、平成16年閘門の機能を持つ荒川ロックゲート(ロックゲートは英語で水門・閘門を意味する言葉)を造り、隅田川から荒川への通航できるようにしました。これにより小名木川は、ふたたび荒川へ舟が通う運河となったのです。

 第4回深川橋めぐりツアー(東京のパナマ運河と川の十字路)予約受付中。詳しくはこちらのページへ

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2011/08/20

扇橋閘門へ行こう(2)最初は小名木川閘門

 前回の扇橋閘門へ行こう(1)で地図に工事中の荒川放水路が記載されていることをふれましたが、この工事が小名木川に閘門を造る最初のきっかけとなりました。

7 明治43年8月、荒川上流に降りづいた雨(8月2日から16日まで断続的に、荒川源流に900~1200ミリの雨が降ったとの話が残っています)により、荒川・隅田川の堤防が次々決壊、千住・浅草・向島・本所・深川を大洪水が襲いました。浸水の激しい所では、1階の天井付近まで達し人々は屋根上に避難するほどでした。荒川の水害は明治40年にもあり41年に荒川分水の建議が出されていましたが、明治44年ついに正式に放水路開削の調査・工事が始まりました。

 荒川放水路は、中川を分断し小名木川につながる新川を分断しました。このとき荒川放水路と中川とそれにつながる小名木川との間に水位差を生じたので、船舶通航のため小名木川閘門(昭和2年)を造りました。やがて通航量(昭和2年は1日1200艘)が限界に達したので、昭和5年に小松川閘門が増設されました。1日1200艘というのは、1時間に50艘となりちょっと信じられない大きな数字ですが、間違いではないようです。しかし舟による輸送が減るとともに小名木川閘門は昭和39年に水門へ改修、小松川閘門は昭和51年に閉鎖され、荒川放水路から閘門は消えました。

 昭和8年東京地図で小名木川閘門と小松川閘門を確認してみると、荒川放水路と中川・小名木川が接する地点に二つの水門のようなものがあります。船堀橋に近いものが小松川閘門、その下が小名木川閘門です。さらに荒川放水路と新中川の間にある土手に水門があります、これが新川への入り口となった新川水門です。

 荒川放水路の開削には、当時内務省の技師だった青山士(あおやまあきら)氏が参加していました。青山氏はパナマ運河開削に従事した経験をもつ人で、荒川と荒川放水路の分岐点となった北区岩淵水門は彼の設計によるものです。東京の閘門をパナマ運河になぞらええるのは、このような背景も関係しているようです。

 次回は、第4回深川橋めぐりで訪れる扇橋閘門の話をします。

 第4回深川橋めぐりツアー(東京のパナマ運河と川の十字路)予約受付中。詳しくはこちらのページへ

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2011/08/17

扇橋閘門へ行こう(1)まずは小名木川の予習

 8月27日(土)の橋めぐりツアーで扇橋閘門へ出かける前に、まずは小名木川について予習しておこう。

 小名木川について調べると、「行徳の塩を江戸へ送るために徳川家康の命により造られた」と、まるで家康が命じた現場にいたような話がよく出てきます。いまのところ、これは違うとの説はないようなので、このまま話を進めて、小名木川から行徳へはどのような経路だったか確認してみましょう。

B 江戸時代の古地図で全て辿(たど)ることが出来れば良いのですが、江戸切絵図に深川はあってもその先の行徳方面の地図はありません。そこで時代はだいぶ後になりますが、大正12年東京東南部の地図で小名木川から行徳への水路をたどってみましょう。

 この地図は、工事中の荒川放水路が記載されていますが、まだ通水前でかつての古い流れが残っています。小名木川を隅田川に接する地点から東に進むと大島町の先で中川と交差します、その先は新川(船堀川)となり西船堀・東船堀を通り江戸川の中にある新河口へ、中州のような島(妙見島)にぶつかります。ここで江戸川を上流に向えば行徳へ、下流に向えば浦安となります。その水路を青で着色しますと、自然の川である中川や江戸川が激しく蛇行しているのに対して、開削された小名木川や新川は直線で、自然の川とは異なる姿だったことがよく分かります。

 この小名木川から江戸川上流への水運について、「史跡をたずねて」(江東区発行、平成3年)は、明治初期から昭和初期まであった高橋汽船原発場を紹介しています。”高橋汽船原発場は、高橋から行徳間の汽船の起点で、ここは各方面への旅客・貨物の乗降積載の重要な場所でした”、また”内国通運株式会社は、現在の日本通運の前身で、江戸定飛脚問屋に由来し、明治以降は運送業を営み、利根川を始め関東の水脈を利用して陸上輸送の発達しない時代から活躍し続けてきました。明治10年には、両輪船の通運丸が小名木川に就航しました”とあります。このように小名木川は、現代の高速道路のように利用されていた水路でした。

 第4回深川橋めぐりツアー(東京のパナマ運河と川の十字路)予約受付中。詳しくはこちらのページへ

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2011/08/14

第4回深川橋めぐりツアーの案内

 東京にパナマ運河と同じように高低差のある水路があり、いまも利用されていることをご存知でしょうか。

5dsc04005 小名木川にある扇橋閘門は、パナマ運河と同じ閘門(こうもん)式運河です。普段は立ち入ることができない扇橋閘門が、この夏に一般見学できます。その見学日に合わせて閘門の見学と、小名木川と大横川の交差する地にかかる四つの橋を渡る、第4回深川橋めぐりツアーを行ないます。

日時:2011年8月27日(土)午後2:00~4:30
申し込み先:深川いっぷく
(メール:fukagawaippuku@gmail.com、TEL:03-3641-3477)
費用:1人¥500(深川いっぷくでのラムネ代こみ)当日支払
順路・時間:深川いっぷく(2:00集合、2:30出発)→扇橋→新扇橋→扇橋閘門(見学30分)→猿江橋→新高橋→深川いっぷく(4:30帰着)→ラムネパーティー(橋めぐりの話など)
総距離:2.5km、ゆっくりしたペースで歩きます
橋めぐり案内人:じんた堂

お知らせ:「じんた堂選書・東京のひがしがわ散歩本フェア その1」開催、8月24日(水)~9月4日(日)「リコシェの本棚1X5」(深川いっぷく常設)

Photo

5dsc04051


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2011/08/07

「ふるほん いっぱこ めぐり市」8月6日~9月4日

 上野にあるオーガニック&和カフェ「めぐり」で、「ふるほん いっぱこ めぐり市」が始まりました。

5dsc04081 参加店は、「モンガ堂」、「石英書房」、「駄々猫舎」、「甘夏書店」、「東京セドリーヌ」、「古本T」など、いずれも本関係のイベントで大活躍されている方々。古本に加えてブックカバーや雑貨などを並べています。じんた堂も末席で参加していますので、お楽しみ下さい。

 オーガニック&和カフェ「めぐり」は、上野にある呉服屋「鈴乃屋」2Fの左奥にあります。メニューはこだわりの食事・甘味が並び、店内はテーブル席に加えて一人用カウンターもあり。窓側の席からは大通りが見え、お一人様でも楽しく過ごせそうです。

 「ふるほん いっぱこ めぐり市」は、8月6日(土)~9月4日(日)まで開催。

 「めぐり」は上野広小路近く、以下の地図をご参照ください。
 
 東京都台東区上野1-20-11鈴乃屋本店2F
 TEL:03-3834-5154
 営業 10時~20時(ラストオーダー19時)


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「東京のひがし本」フェア

 今月の深川いっぷくは、化けもの人形師 北葛飾狸狐個展「深川怪談2011」が8月21日まで開催されています。同時にリコシェ棚では、「東京のひがし本」フェアを開催しています。

5dsc03984 リコシェさんが選んだ「東京のひがし本」、「江戸東京 怪談文学散歩」(角川選書)の著者東雅夫さんが選んだ「東京のひがし本」および、じんた堂が選んだ「東京のひがし本」を展示販売しています。これらは全て新刊本です。

 いずれも、あえて説明する必要がないほどよく知られた本ですが、まだお持ちでない方には東京のひがしを案内するとともに、すでに旧版をお持ちの方も新たな魅力を発見できる本です。

 じんた堂が選んだ5冊は、

 「墨東綺譚」永井荷風・岩波文庫
 「僕の東京地図」安岡章太郎・世界文化社
 「きのふの東京 けふの東京」川本三郎・平凡社
 「私の浅草」沢村貞子・暮らしの手帖
 「月島物語ふたたび」四方田犬彦・工作舎

 「墨東綺譚」は、木村荘八の挿絵がふんだんに入っている岩波文庫版。「僕の東京地図」は、多くの写真を追加し新たな魅力が加わった安岡章太郎の本。「きのふの東京 けふの東京」は、いま東京を語る作家の代表である川本さんの作品。女優・エッセイストとして活躍された沢村貞子さんの「私の浅草」は、新装版で再登場。銀座に近いのにどこか古き東京を思わせる月島をさまざまな切り口で描いた「月島物語ふたたび」など。いずれもおススメの本。

 8月7日(日)の読売新聞「よみうり堂」読書委員が選ぶ「夏のイチオシ」、小泉今日子さんは、「私の浅草」(沢村貞子)を選び、”自然の驚異を思い知らされた今、私たちはあの慎ましさを学ぶべきなのだと思います。クーラーも冷蔵庫もなかった時代、人はもっと工夫しながら生きていたのではないでしょうか。そういう暮らしの方が実は豊かだったのでは、と考えさせられるエッセイです”と語っています。

 さらに8月24日からは、いまは入手困難な本を展示するとともに、新刊本の種類を増やして販売する予定です。あわせて第4回深川橋めぐりツアーを8月27日(土)に計画中です、詳細は近日中に告知します。

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