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2012/05/20

小名木川を歩く終了

 フィールドワーク「小名木川を歩く」は、天気に恵まれ無事終了。

5dsc09278

 写真は、当日立ち寄った旧小松川閘門跡。荒川放水路(現荒川)を開削したとき中川・小名木川との間に水位差を生じたため、船の航路を確保するために昭和5年に設けられた。いま見えるのは上部1/3程度、残りは地中に埋まっている。

 この閘門が完成した頃の小名木川の風景が、永井荷風の作品「放水路」の中で述べられている。

 ”わたくしは小名木川の堀割が中川らしい河の流れに合するのを知ったが、それと共に、対岸には高い堤防が立っていて、城塞のような石造の水門が築かれ、その扉はいかにも堅固な鉄板を以って造られ、太い鎖の垂れ下っているのを見た。乗合の汽船と、荷船や釣舟は皆この水門をくぐって堤の外に出て行く”とある。

 この永井荷風の「放水路」は、青空文庫で読むことができる。

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コメント

昨日参加させて頂きました。
たくさん歩いて、今日は腰が痛いです。
石田波郷に興味を持ちましたので、
江東歳時記を早速、古本屋で探しました。
途中の砂町銀座で買った鰻は、とても美味しかったです。
また機会がありましたら参加したいと思っております。
ありがとうございました。

投稿: ROBOT | 2012/05/20 21:03

私も昨日参加させて頂きました。
帰路、森下駅までご一緒した眼鏡をかけた者です。
これまでに何度も歩き、撮影してきたところですが、ろくに知識も吸収せずにおりましたゆえ、詳細かつ貴重な説明を拝聴でき有り難く思っています。
リンク先荷風の文章を読みました。後の段落の、
「来路を顧ると、大島町から砂町へつづく工場の建物と、人家の屋根とは、堤防と夕靄とに隠され・・・」以下の文章は往時が目に浮かぶような名文ですね。
次回、橋めぐりを大いに期待しています。
ありがとうございました。

投稿: にし | 2012/05/20 22:26

ROBOTさん、この度は参加していただきありがとうございました。

「江東歳時記」は、俳句の本として見られていますが、じつは昭和30年代の東京の東にあった生活を記録した写真エッセイ本にもなっています。ぜひお楽しみ下さい。

なお通常の深川橋巡りは各コースともに2時間程度です、機会がありましたらご参加下さい。

投稿: じんた堂 | 2012/05/20 22:29

にしさん、参加していただきありがとうございました。

東京の東を描いた文章となると、どうしても永井荷風の作品を避けて通ることができないようで、こんな所まで歩いていたのかと驚くばかりです。

深川近辺には、まだまだあまり知られていない場所があります、また機会がありましたらよろしくお願いします。

投稿: じんた堂 | 2012/05/20 22:41

一昨日はありがとうございました。
古本組は途中脱落でお恥ずかしいです。

中央区立郷土天文館で始まった企画展示『月島百景』に
「小名木川の眺望」
(明治42年 大日本名所図会第65号新撰東京名所図会第64編深川之部其三)
がありました。

ついでの折に図録を差し上げたいと思います。

投稿: 脳天松家 | 2012/05/21 08:30

脳天松屋さん、お忙しいなか参加して頂きありがとうございました。

古本組・写真組ともにゴールの萬年橋に到着したので全員完歩です。それにしても、こうして歩いてみると、永井荷風は、その細やかな描写の文章からはとても想像できない、じつに元気な作家だと感心してしまいます。

また機会がありましたら、よろしくお願いします。

投稿: じんた堂 | 2012/05/21 10:25

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