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2012/10/28

富山房のおもいで

 神保町ブックフェスティバルの会場となった「すずらん通り」では、三慶美術が取りこわされ隣のパチンコ屋が入っていたビルもこわされ空き地となり、東京堂書店がカフェを併設してリニューアル、斜め前のふくろう店は女性向けになるなど、その風景が大きく変わろうとしている。 

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 ところで東京堂書店を背にして反対側をみるとドラッグストアが目に入るが、かつてここに新刊書店があったことを憶えているだろうか。富山房の書店である。富山房は創業明治19年(1886)という古い出版社、この富山房ビルの1階が書店となっていた。明るい店内に本がゆったりと展示されていて、私も何度か利用したことがあるが、よい雰囲気だった。

 富山房書店はなくなったが、富山房の本はいまも発行されている。その中に富山房百科文庫というシリーズがある。文庫と名乗っているが版形は新書版で、「茶話」薄田泣童、「緑雨警語」斉藤緑雨などしぶい本がずらり並ぶが、グルメエッセイ本もある。

 「あまカラ」は、関西で発行されていた食に関するエッセイを毎回20篇ほど掲載した小雑誌。昭和26年~43年、200号まで発行された。富山房百科文庫「あまカラ抄1.2.3」は、高田宏が雑誌「あまカラ」に掲載されたエッセイを選び作者別に、1.作家篇、2.学者・評論家篇、3.諸家篇の3巻にわけて収録している。たとえば1.作家篇は、幸田文・阿部艶子・武田泰淳・・・子母澤寛・佐藤春夫・大仏次郎・田宮虎彦・司馬遼太郎などの作家のエッセイがずらっと並んでいる。これらの作家の食エッセイが一冊で読めるのだから、これはお得だ。

 富山房百科文庫「あまカラ抄1.2.3」は、神保町では岩波BCや東京堂書店で在庫している。

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2012/10/21

風の道

 駅へ向かう途中のT字路を右へ曲がったとたん、甘い香りにつつまれた。突然だったのですぐに何の香りか分からず、5~6歩そのまま進んでやっと金木犀の花の香りと気づく。

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 T字路の縦棒が横棒と接するところの右角の家に金木犀がある。高さは大人の背丈の1.5倍ぐらい、樹形は横からみると卵のよう、たぶん真上からみれば円形だろう。

 不思議なのは、T字路の縦棒の部分を歩いていたときは、まったく香りに気付かなかったことだ。もう一度、縦棒の道へ戻ったら、金木犀が見えるのに香りがしない。それが横棒の道に入ったとたん香りがあふれるという不思議な現象。どうやら風の流れぐあいで、このようなことになっているらしい。横棒の道を20歩ぐらい進んでも、まだ金木犀の香りがついてくる。金木犀の香りが、目には見えない風の道をおしえている。

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2012/10/14

一枚の名刺から

 ”私は先生から先生の名刺を一枚貰った。名刺には明朝体でただ「内田栄造」とあるだけである。先生の名刺は、ほれぼれするほどよかった”、これは高橋義孝の「紳士のやせがまん」に収録されている名刺という文の一部だ。ここでいう先生とは、内田百閒(けんは門の中に月)のことである。

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 話の発端は、内田百閒から名刺を見せてほしいといわれ一枚渡したら、先生はそれにマッチで火をつけ名刺の燃えたところをみて、「あんたさんの名刺は安物ですな」とおっしゃたところから始まる。紙が二枚に割れたのをみて、「あんたさんの名刺は二枚の紙を貼り合わせたものです」と。この一件があってからは、高橋義孝は自分の名刺をつくるとき、台紙にマッチで火をつけて確認してから注文していた。その名刺は、内田百閒の名刺と同じように明朝体で姓名のみを刷り込んだと語っている。

 私のサラリーマン時代に交換した名刺は、どれも似たようなもので、社名・所属・住所・電話番号・メールアドレスなど、いずれも連絡・訪問するときに必要な情報がそれぞれ会社指定の形式で印刷されていた。姓名だけの名刺を頂いたことはなかったが、そのような名刺が差し出された現場をみたことはある。

 友人の母親の葬儀が終わったとき、大ぶりな名刺を差し出された方がいた。それは、ちょっとみはトランプのような、普通の名刺より二回りほど大きなものだった。文字は太く、特殊なインクを使用しているのか文字が台紙から盛り上がっていた。その名刺は姓名しか記されていなかった。

 居合わせた知人に”あの大きな名刺を出した方はどういう人ですか”とたずねたら、”彼は議員秘書ですよ”とのこと。彼のところに相談ごとがあっていくと、あの裏面に何やら書き込み、これをもってどこそこへ行ってくださいとなるらしい。こうなると姓名だけの名刺が、なにか隠れた力を主張しているようにもみえる。

 同じものでも、その持ち主と使い方によって、潔くみえることもあれば胡散くさくみえることもある。これは名刺だけに限った話ではないかもしれない。

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2012/10/01

「舞台と史蹟」林次忠

 以前紹介した「芝居名所一幕見」は、もともと産経新聞都内版で昭和28年6月から8月に連載したものを単行本にしたものだが。じつは同じような企画の本が、昭和5年に朝日新聞社から発行されていた。

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 「舞台と史蹟」(朝日新聞、林次忠、昭和5年)は、アサヒグラフに連載された訪れた記事をまとめたもの。その構成は、舞台写真とその舞台のもととなった地の現在の写真と文章となっており、「芝居名所一幕見」とまったく同じ。時代としてはこちらが先なので、芝居名所一幕見は、これを参考にしたのかもしれない。「舞台と史蹟」は、収録されている写真(朝日新聞だけあって航空写真もあり)が多く、とりあげた芝居も東京だけでなく関西圏を舞台にしたものも含んでいる。歌舞伎の幕を連想させる色使いの表紙などの装丁は、恩地孝四郎によるもので内容もデザインも充実している。

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 前回と同じ玄冶店のページをひらくと、玄冶店横町にあった白いのれんと氷の文字を描いた小さな布を下げた和風の店の写真を載せている。その左側は、ドア横上に「たばこ」の看板があることから、これも店のようだ。「芝居名所一幕見」と比較しながら「舞台と史蹟」のページをめくると、わずか23年しか離れていないのに、まるで違う町のように感じる。戦争をはさんでの町の変化は、建物だけでなくそこに暮らす人々の表情にも表れている。

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