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2012/10/14

一枚の名刺から

 ”私は先生から先生の名刺を一枚貰った。名刺には明朝体でただ「内田栄造」とあるだけである。先生の名刺は、ほれぼれするほどよかった”、これは高橋義孝の「紳士のやせがまん」に収録されている名刺という文の一部だ。ここでいう先生とは、内田百閒(けんは門の中に月)のことである。

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 話の発端は、内田百閒から名刺を見せてほしいといわれ一枚渡したら、先生はそれにマッチで火をつけ名刺の燃えたところをみて、「あんたさんの名刺は安物ですな」とおっしゃたところから始まる。紙が二枚に割れたのをみて、「あんたさんの名刺は二枚の紙を貼り合わせたものです」と。この一件があってからは、高橋義孝は自分の名刺をつくるとき、台紙にマッチで火をつけて確認してから注文していた。その名刺は、内田百閒の名刺と同じように明朝体で姓名のみを刷り込んだと語っている。

 私のサラリーマン時代に交換した名刺は、どれも似たようなもので、社名・所属・住所・電話番号・メールアドレスなど、いずれも連絡・訪問するときに必要な情報がそれぞれ会社指定の形式で印刷されていた。姓名だけの名刺を頂いたことはなかったが、そのような名刺が差し出された現場をみたことはある。

 友人の母親の葬儀が終わったとき、大ぶりな名刺を差し出された方がいた。それは、ちょっとみはトランプのような、普通の名刺より二回りほど大きなものだった。文字は太く、特殊なインクを使用しているのか文字が台紙から盛り上がっていた。その名刺は姓名しか記されていなかった。

 居合わせた知人に”あの大きな名刺を出した方はどういう人ですか”とたずねたら、”彼は議員秘書ですよ”とのこと。彼のところに相談ごとがあっていくと、あの裏面に何やら書き込み、これをもってどこそこへ行ってくださいとなるらしい。こうなると姓名だけの名刺が、なにか隠れた力を主張しているようにもみえる。

 同じものでも、その持ち主と使い方によって、潔くみえることもあれば胡散くさくみえることもある。これは名刺だけに限った話ではないかもしれない。

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コメント

先日、元参議院議員という肩書きの名刺を見ました。

ご本人は70歳を越えているのですが、党の要職にあるのか持たされているのかもしれませんが。

名刺に頼らない生き方、言うは易しですね。

投稿: 脳天松 | 2012/10/16 07:59

まったく肩書きが書いていない名刺もあれば、ここまで肩書きを並べるのかという名刺がありますね。社内の役職、関係する業界団体の役職名をずらっと並べているもの等々。

面白いところでは、役職名の中に野球コーチ。会社の野球部ですかと聞いたら、地元の少年野球チームでコーチをしている人でした。

投稿: じんた堂 | 2012/10/17 09:39

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