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2012/11/11

夏が水羊羹なら冬はチョコレート

 この時季になると夕暮れの荒川鉄橋上からは、まだ少し明るさが残っている空と暗い茜色の地平線のあいだにうす墨色した富士山のシルエットを見ることができる。空気がきれいな日は、そのシルエットは影絵のように輪郭がくっきりし影の部分は少し赤みをおびている。

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 うす墨色で思い出すのは、向田邦子の「水羊羹」という文章。向田邦子は、水羊羹の話(エッセイ集眠る杯に収録されている)のなかで習字のとき使う墨を前ふりにして”墨色の美しさは、水羊羹のうす墨の色にあるのです。はかなくて、もののあわれがあります”と書いている。べったり真っ黒な色でなく、どこか透明感があるうす墨色を良しとしているのだ。

 向田邦子の「水羊羹」の話は、水羊羹を食べるときのお茶、取り皿、ライティング(明かりといわずにライティングというのがいかにもテレビドラマの脚本家らしい)、さらにムードミュージックへ広がる。

 そのムードミュージックで、”私は、ミリーヴァーノンの「スプリング・イズ・ヒア」が一番合うように思います。この人は1950年代も、たった一枚のレコードを残して、それ以来、生きているのか死んだのか全く消息の判らない美人歌手ですが、冷たいような甘いような、けだるいような、なまぬくいような歌は、水羊羹にピッタリに思えます”とある。こう書かれれば、向田ファンならずともミリーヴァーノンの歌声を聴きたくなる。

 先日、CDショップで新譜を探していたとき、たまたまミリーヴァーノンのイントロデューシング「Introducing」MZCB-1116を見つけた。その帯に”今は亡き人気脚本家・エッセイスト、向田邦子が愛したジャズ・アルバムとして、多くの人が探し求めていた話題作が待望の復刻!”とある。間違いなくあの向田邦子が水羊羹で紹介したアルバムだ!調べてみたら、2007年3月に発売されていて現在も入手可能なようだ。

 早速購入し家で聴いてみる。「スプリング・イズ・ヒア」は、クリス・コナーもアルバム「シングズ・ララバイ・オブ・バートランド」の中でも歌っているが、それよりもテンポがゆったりして素直に歌っている。その歌声は、少しかげりのあるハスキーボイス、といってもジュリーロンドンのように包み込むような柔らかさでなく、しっかりした芯がありちょっと素っ気ないところもある。結局、”冷たいような甘いような、けだるいような、なまぬくい”という向田邦子の言葉が、うまく特徴をとらえていることに納得する。一つ付け加えれば、このアルバムは、今の時季なら甘みを抑えたチョコレートにも合う。

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