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2013/06/16

昭和30年の世界旅行は

 小津映画「お茶漬けの味」(1952年、昭和27年公開)のなかに海外(ウルグアイ)へ旅立つシーンがある。以前紹介した「旅程と費用」は昭和30年代の国内旅行ガイドブックだったが、この時代の海外旅行はどのようなものだろうか?

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 その答えとなるのが、交通公社から発行された「外国旅行案内」(昭和30年発行)。その体裁は現代のガイドブックと似ているが、中身は今では想像もできない話がぎっしり詰まっている。

 このガイドブックの話を進める前に、当時の海外旅行事情を確認しよう。日本人の海外旅行が自由化されたのは、東京オリンピックのあった1964年(昭和39年)。それでもまだ回数の制限があったのだが、昭和39年以前となると一般の人が海外旅行をすることは難しく。そのもっとも大きなハードルは、外貨割り当てだった。

 「外国旅行案内」は、外貨と旅券の話からはじまる。その内容をかいつまんで説明すると、海外渡航は外貨の入手方法によって1)一般外貨、2)特別外貨、3)第三者保障の3種類がある。

 先に2)、3)を説明すると、2)特別外貨は、輸出により得た外貨の10%を渡航費として利用できる制度によるもの。3)第三者保障は、海外の外貨所有者による支払が保障されている、たとえば海外の奨学基金による留学などの場合。

 1)一般外貨は2)、3)以外で、自費で海外渡航する場合だ。しかしこれには厳しい条件があった。当時は外貨はすべて政府が所有・管理していたので、政府の渡航審議会に申請して外貨割り当ての許可を受けることが必要。ガイドブックでは許可となる渡航は、次のような場合としている。

 a) 経済に益する科学技術の知識修得のための科学技術者
 b)製造法研究・製造に関する契約、又は産業経営の調査研究などを目的とするもの
 c)市場視察・売買契約の締結・取引の設定などの用務を持つもの
 d)スポーツその他文化関係・私費留学、あるいは国際会議出席者など

 これを見る限りでは、観光旅行はまったく無理のようだ。以前、この時代に海外渡航をした人の話を聞いたが、たとえ公務といえども外貨割り当てを受けるのは難しく、また割り当てを受けても額が少なくてヤミドルを入手することがあったそうだ。現代のように誰でも自由に海外旅行できる時代とは大違いだったのだ。

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