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2014/06/22

エリックサティ・ジャンコクトー・坂口安吾

 先日入手したエリック・サティのCDをきっかけにサティについての本を読みたくなった。

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 「エリック・サティ」作ジャン・コクトー、翻訳坂口安吾・佐藤朔、深夜叢書。原作者と翻訳者の名前を知っていたので選んだが、その内容はちょっと難解というか、サティとその作品・周辺の人々のことを知らないと分からないことが多い。たぶん翻訳者の坂口安吾も同じように感じたのだろう、本文のいたるところに訳者補注を追加している。なかには数ページにわたって補注がつづいており、単なる翻訳を超えて坂口安吾のサティ論と言ってもよさそうな内容。

 ところで、これは訳者補注に書かれているが、”ドビッシーのオーケストラ編曲によるジムノペティは、ドビッシーの影がより多く出ている。サティを知るためにはあまりおすすめできない”とある。それではおススメは何だろうか?補注では具体的なレコード番号も含めて、いくつかのレコードを紹介しているが、これはあまり参考になりそうもない。なにしろ坂口安吾が、本書を書いたのは1931年、その頃のレコードはもはや入手が難しいだろう。とりあえず、次はサティのピアノ作品集のCDを探そうと思っている。

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2014/06/15

雨上がりのテラス席

 久しぶりの晴れ間、忘れていた日差しのまぶしさにしばし目が眩みクラクラする。

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 梅雨入り宣言されてからずっと雨がつづいていた。それもしとしと降るのでなく、いきなりザーときてときどきゴロゴロとくる激しいものだった。それが一転して晴天、明るい光がテラス席にあふれてきた。

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2014/06/08

激しい雨の日に聴く音楽は

 路地は激しく打ちつける雨のはね返りで一面灰色となり、古いビルの壁に取り付けられたパイプからは大量の水がはき出されザーザーと路面を流れていく。天気予報通りとはいえ、その激しさに圧倒されしばし足止めされる。

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 週末、某所でCD付き世界名曲全集がバラバラに売られているのを見かけた。いつもなら企画ものの全集は、格安であっても手にすることはないが、ある一冊が気になった。フランスのクラッシク音楽家ドビュッシー・サティ・ラヴェルの三人の作品を収録したCDと小冊子から構成される一冊だ。

 私のクラッシク音楽にたいする知識はわずかだ。エリックサティの名は知っていても、それはBSTのアルバムからと言えばその程度か分かるだろう。学生時代に聴いたアメリカのロックバンドBST(Blood Sweat & Tears)のアルバムは、エリックサティのジムノペティのメロディを導入部に使っていた。それ以来エリックサティは気にはなっていてもレコードを購入するまで至らなかったが、なぜか今回は買ってみようかとなった。ドビュッシーやサティは、なんとなく雨の日に聴きたい音楽のような気がしたのだ。

 家にもどり早速サティを聴きはじめる。なんとジムノペディは通常のピアノ独奏でなく、オーケストラバージョンだった。解説によれば、「ドビッシーが編曲しパリで初演。それがサティの作品が聴衆の前で公式に演奏された最初の出来事」とある。なるほどサティとドビッシーのいいとこどりをしたようで、淡い単色のサティより色数がぐっと増えたような印象がする。

 それにしても激しい雨だ。咲きはじめたムラサキツユクサは、すっかり雨にうたれ地面に倒れていたほどだ。

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2014/06/01

フルーツ缶

 このところタイカレー缶やパン缶などいままでなかった食材や調理の缶詰が次々登場している。おつまみとして食べられる「缶つま」も種類がふえているし、缶詰の国内生産量が32年ぶりに上昇に転じたとのニュースもあった。

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 最近の缶詰は、缶切りが不要になる方向に進化している。プルトップというのか、輪の部分に指をかけて引っ張ると一気に上部のフタがパカンととれる。かつては缶詰といえば缶切りが必須だったが、いまは缶切りをもっていない家庭もあるそうで、我が家の缶切りもこのごろは出番がなくすっかり錆びついている。

 いろいろ新しい缶詰が発売されるなか、昔ながらの定番の缶詰が気になる。たとえばフルーツ缶。新鮮なフルーツがいつでも手に入るので、このごろはフルーツ缶を購入することはないが、生のフルーツと違う食感の食べ物としてはなかなかのものだ。キレイにつるっと皮のむけた白桃などは、食べるたびに感動した。あれはどのように作っていたのだろうか?

 ところで近所のスーパーでは、ツナやサケ、コンビーフ、惣菜類の缶詰はたくさん並んでいるが、フルーツ缶がまったくない。白桃だけでなくパイナップルやミカンもないのだ。しかし、ときどき立ち寄る町にある果物屋は、いまもフルーツ缶を窓際にきれいに並べている。やはりフルーツ缶は、果物屋の店頭が一番似合っている。問題は、かつてはどの駅前にもあった果物屋がつぎつぎ消えてしまうことだ。私の地元でも隣町でも駅前の果物屋がなくなった、さてあなたの町にはまだ果物屋があるだろうか?

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