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2015/09/30

秋景色(4)

 以前、水辺の町で彼岸花の小さな群落をみつけた。そのことを思い出しながら歩いていたら、ずばり同じ場所で再会。しかも花数が増えている!

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2015/09/27

秋景色(3)

 秋の水辺で、静かに水面をみつめる水鳥をみかけた。たぶんアオサギだろう。他の水鳥が、子供が投げる餌を鯉と競いながら追いかけている中じっと動かずにいる。その姿に頑固というか何事にも動じない強い意志を感じる。

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2015/09/24

秋景色(2)

 彼岸花といえば赤が定番だが、白もあれば黄もある。清澄庭園奥の広場でみかけた黄彼岸花は、赤いものより一回り大きく逞しくみえた。

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2015/09/23

秋景色(1)

 「百日紅」と書いてサルスベリと読ますのは無理がありそうに思っていたが、夏から秋まで長いあいだ咲き続ける花を見ると「百日紅」という文字を当てたことに納得してしまう。

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 そういえば秋が旬のサンマは、「秋刀魚」と書いてサンマと読ませる。これも銀色に輝く刀のような魚体を見ると、なるほどとなってしまう。表面的にみると異なるように思えるものも、それぞれの意味合いをくみとりうまく融合させてしまう先人の柔軟性に感心してしまう。

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2015/09/13

あの頃の神田の都電

 前回の「あの頃の神田の映画館」につづいて、今回は都電の話。

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 上記は左から昭和42年、44年、46年の千代田区小川町付近

 昭和42年の地図をみると、神田小川町交差点で路面電車は三角形の外周に沿う形で3方向に分岐している。この交差点は市電の時代からあり、そのようすは夏目漱石の「彼岸過迄」に登場。ところが昭和44年の地図では美土代町方向の路線が消え、小川町交差点の分岐はなくなり靖国通りをまっすぐ進む路線だけ。さらに昭和46年になると、靖国通りを走っていた路線もなくなっている。

 このように昭和40年代は、神田から都電が次々と消えた時代でもあった。

 ところで都電はいまも荒川線のみ運行しているが、かつてのことを思えば都心のちょっとはずれを細々と走っているような印象をもってしまう。ところが広島に出張したとき乗った路面電車は、町の中心部を行くまさしく主要交通という感じがした。なにしろ広島駅前から乗車でき本数も多く利用しやすい、しかも車両は新旧様々なタイプがあって見ていて飽きない。これは広島出張の秘かな楽しみだった。

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2015/09/06

あの頃の神田の映画館

 机の上に3枚の地図がある。昭和42年、44年、46年版、同じ出版社の同じシリーズの千代田区地図(日地出版東京区分詳細図)だ。これら3枚をじっと見ていたら、町の変化がふわっと浮かび上がってきた。

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 神保町周辺の街並みをみていたら映画館の変化にきづいた。昭和42年版では東洋キネマ・神田日活・南明座の3館ともに映画館名が記載されているが、昭和44年版で神田日活はタキイ種苗となる。昭和46年版では東洋キネマ、南明座ともに建物はそのままだが名前は消えている、たぶん閉館したのだろう。じつは昭和40年代後半これら2館の近くを何度か訪れており、東洋キネマの建物はその後も長いあいだ残っていたが、南明座の地はオフィスビルが建っていた。このように昭和40年代は、町の映画館が消えた時代であった。

 それにしても昭和42~46年(1967~1971)わずか4年間にすぎないが、地図に残されたものを見ただけでも大きな変化があった。いまから5年後の2020年、そのとき目にする地図はどのようなものだろうか。

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