« あの缶の名は「台形の枕缶」だった | トップページ | 風信子(ヒヤシンス) »

2020/03/08

須賀敦子「ヴェネツィアの宿」を読み直す

 突然はじまった我が家の読書週間に須賀敦子の「ヴェネツィアの宿」を読み直している。そうそうこういう話だったとか、えーこんな話あったのかあり、自分の記憶のあいまいさを思い知らされる。

Dscf0808-1b

 「寄宿学校」の章は、東京のカトリック系学校の寄宿舎で過ごした学生時代の想い出を綴ったものだが、その文章の終わりに近いところで時代と話題が一気に飛んで、東京で暮らすイタリア人の友人との話になる。それは”私たちはよく深川を歩いたり、小石川の坂をのぼったりして、ふたりの好きな「日和下駄」や「墨東奇譚」の話をした”からはじまり、”その日、私たちは、荷風のお墓をたずねることにした”とつづく。

 イタリア在住時代の須賀敦子は、谷崎潤一郎、川端康成の文学作品をイタリア語に翻訳しており、日本文学に広く深く親しんでいたことは想像できる。となれば永井荷風の名が出ても不思議ではないが、やはり深川や小石川を歩いたり墓に足を運んだことを自ら語る文章に出会うと、須賀敦子の意外な面を見たように思う。

 ところで読んでいて戸惑ったことがある。この本は再読のはずなのに、ところどころ初めて読んだような気がする部分があった。毎回新たな発見があると思えば気が楽だが、うーん、これはどうなんだろうか。

|

« あの缶の名は「台形の枕缶」だった | トップページ | 風信子(ヒヤシンス) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« あの缶の名は「台形の枕缶」だった | トップページ | 風信子(ヒヤシンス) »