本のこぼれ話し

2009/10/25

「新参者」を読む

 水天宮交差点前にある書店PISMOは、新刊本の本屋。村上春樹の1Q84が発売されたときもそうだったが、店内入り口正面に置かれた書棚の上から下まで平積みを含めて、すべてをイチオシの本で埋め尽くすことがある。

Shinzanmono いまその棚を埋めているのが、新参者(東野圭吾、講談社、2009/9月)。

 新参者は、日本橋警察署に転任してきた刑事を主人公にした小説.。

 この刑事、役人ような堅苦しさはなく、むしろ若いが人情家。それでいて、小さなことから事件解決の糸口を見つけ出す、デキル刑事でもある。その彼が、事件の聞き込みで歩き地元の人の生活や人情に触れるのが、甘酒横丁・水天宮を中心とした日本橋人形町なのだ。

 煎餅屋、玩具屋、刃物屋など、それぞれ店名は架空のものになっているが、これはあの店をモデルにしたのではと思わせるものが次々登場する。

 この本を読み甘酒横丁を歩けば、ここはあの店ではと楽しめること間違いなしである。

 各章は、短編のようにまとめ、それを積み上げて長編としているので、まるで連続TV小説をみるようなテンポのよさがある。舞台は東京下町人形町、登場人物もそれぞれ個性があり、すぐに2時間TVドラマになりそうな楽しい小説である。

 ところで主人公が所属する日本橋警察署はいかにもありそうだが、じつはこれも架空の名前。ところが人形町にある久松警察署は、かつて日本橋警察署とされていたことがあり、古いことを知る人には懐かしい名前だそうだ。

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2009/10/19

「中華料理の文化史」を読む

 今日読了したのは、「中華料理の文化史」(ちくま新書124、張競)。

Chuuka 著者の張競さんは、日中文化比較を専門とする中国出身の学者、現在は明治大学の教授。

 4000年の歴史を持つと言われる中国だが、その食文化はどのように変化したのだろうか?
 
 この本は、タイトルにあるように中華料理の変化を文化史的に解説している。

 中国の支配層が、北方や南方の民族に変わるたびに中国の食生活は大きく変わり、さらに西域から新たな食材や調理方法が入り込み、そのたびに中華料理は新しい料理を作り出してきた。なかには古くからある中華料理だと思っていたら、それが意外と新しいものだったりする。
 
 たとえば高級中華料理の代表と言われる、”フカヒレは300年、北京ダックでも100年ほどの歴史しかない”と著者は語る。これでも十分古いように思うが、4000年の歴史の前ではやはりつい最近となってしまうだろう!

 じつは中華料理の変化は今も起きており、著者が上海に帰りレストランに入ったら、メニューに記載されている漢字料理名がまるで知らないものになっていたエピソードが、この本に紹介されている。

 この本、箸の置き方(中華は縦置き、日本は横置き)など食習慣の話しもあり、文化としての中華料理が味わえる一冊。

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2009/09/22

両さんと歩く下町

 漫画家秋本治は、東京の下町を舞台にした「こち亀」シリーズを書いている。「両さんと歩く下町」(集英社新書、2004年)は、その秋本治が、東京の下町を語った本である。

Photo この本で初めて知ったのだが、漫画作品の表紙を扉絵というそうだ。

 本を手にした読者は、扉絵のできしだいによって、これを読もうと気持ちになるし、また逆もある。そのために、各作家は扉絵に力を入れている。

 こち亀の扉絵は、実際にある町のなかに両さんが登場する光景を細かく描いている。この絵を描くために、秋本さんは、東京の下町をこまかく歩き取材しており、「両さんと歩く下町」はその取材で得られた話しをまとめている。

 もちろん、この本は、亀有をはじめに柴又、千住、浅草、上野、神田などの下町散歩のガイドブックとしても利用できるが、なんといっても、ところどころで明かされる「こち亀」の舞台設定と登場人物の話しが面白い。

 たとえば超神田寿司というのがあるが、漫画とはいえこのネーミングはないだろうと思ったが、じつは絶対実在しない店名とするためあえてこのような名前にしたそうだ。いくら漫画の中の架空のお店だとしても、同じ名前のお店が実在すれば、思わぬ反応がおきるかもしれないので、細心の注意を払っているのだろう。漫画家の苦労の一端が垣間見える話しだ。

 ところで、この本の巻末に山田洋次監督との対談が収録されているが、ここで山田監督が語る「男はつらいよ」渥美清の話はじつに興味深い。思わず、そうだったのかと・・・なる。この本、タイトルだけみると漫画風の内容かと思ってしまうが、読み物としても十分楽しめる。

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2009/07/22

僕の東京地図(安岡章太郎)

 以前、「麻布霞町の田舟」で少しふれた「僕の東京地図」(安岡章太郎)を紹介しよう。

Bokuno_tokyo_chizu_2 じつは最初は、「僕の東京地図」を、古書として紹介するつもりだったが、三省堂のオンライン検索で調べたら、まったく同じタイトル・著者名が二冊ヒット。しかも文化出版局版は絶版となっていたが、世界文化社版は、現在も入手可能となっている。そこで今回は、これら2冊の本の違いを含めて、「僕の東京地図」を、本のこぼれ話しとして取り上げてみたい。(写真は、左が文化出版局:1985年、右が世界文化社:2006年)

 まずは、現在も新刊が入手可能な世界文化社版「僕の東京地図案内」(2006年6月発行)を中心にして、文化出版局版との違いをみてみよう。

 トビラに”本書は「僕の東京地図」(文化出版局、1985年)のミセス連載分を軸に、配列を掲載順から年代順に変え、加筆し、大幅に写真を加えて構成したものです”とある。文章に大きな変更はないが、新たに追加された写真は、明治・大正・昭和の東京の各地のすがたを写したもの、すでに文化出版局版を持っている人も楽しめる興味深いものが多い。

 それでは文化出版局版の「僕の東京地図」は、もういらないかとなると、そうはいかないようだ!

 じつは、文化出版局版「僕の東京地図」(安岡章太郎)は、雑誌ミセスに昭和59年1月~12月まで連載された「僕の東京地図」と、婦人画報に昭和58年1月~12月までに連載された「曲がり角の散歩」を一冊にまとめたもの。たとえば、以前紹介した”志賀家の麻布霞町の田舟”などの話しは、「曲がり角の散歩」に含まれており、文化出版局版でのみ読むことができるのだ。

 さて、この本は、東京のどこを語っているのだろうか?

 取り上げている東京の町を、各章の表題からひろってみると以下のようになる。

 小岩・市川・江戸川、青山、浅草・吉原、道玄坂から松見坂へ、下北沢、九段・靖国神社、赤羽・荒川、隅田川周辺、上野界隈、神田、大森、多摩川河畔。

 面白かったのは、小岩・市川・江戸川と道玄坂から松見坂。軍人であった父親の転勤で小岩・市川に住むことになった安岡章太郎は、まだ幼稚園に入った年頃だが、その頃の思い出と共に語られる町の様子は、年代はまったく離れているが、どこか私の遠い記憶と重なり懐かしい気持ちにさせてくれる。

 戦前にできた東京郊外の町を歩くと、こんな所に立派な料亭や屋敷があることに驚くことがある。地元の古い人に聞いてみると、じつは軍隊があったころの名残で、ここに将校や退役軍人が住んでいたとの話しがある。市川での安岡家は、まさしくそのような中にいたのだろう。

 道玄坂・松見坂の名も、懐かしい。数年前までこの近くのオフィスに通うため、毎朝、渋谷駅から松見坂へ向かうバスに乗り、帰りは道玄坂を下り渋谷駅まで歩いていた。神泉から松見坂へいたるこの付近の様子は興味深く読めた。また現代(といっても1984年ごろ)の渋谷の様子は、私の学生時代の記憶とも重なるものがあり、思わずそうだったとうなずいてしまう。

 この本を開き、記憶が重なる町の話しを見つけると、懐かしさをおぼえるとともに嬉しくなる。赤羽など、東京本にはめったに取り上げられない町の話もあり、東京本愛好者には要チエックの一冊。

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2009/06/21

弾丸日帰り古本旅行・仙台編

 土曜日は、普段は、なかなか行くことが出来ない東京以外の古本イベントに出かけた。

7dsc05841 6月20日、21日に仙台で行われている「古本縁日in仙台」に、わめぞの皆さんが参加している。

 イベントの日程・場所は、「古本縁日in仙台」と「わめぞblog」。

 東北新幹線で東京から1時間40分、仙台駅のホームに降り立つ。東京同様に曇り空だが、少し気温が低く体にまとわりつく湿気が少ない、これだけで北へ向かったことを実感する。地下鉄に乗り、「書本&cafe magellan(マゼラン)」のある春日町へ向かえば、下車駅(勾当台公園駅)でカバンを持ったわめぞメンバーのKさんに出会う、泊りがけだそうだ。

 マゼランにて、退屈男さんと旅猫さんに出会う。さすがに二人ともわめぞで活躍されている歴戦の勇士、存在感がある。

 ここで「食の自叙伝」(文春文庫)を購入。タイトルだけをみれば、よくあるグルメ本のように見えるが、じつはこれは昭和面白本。

 まず取り上げられている顔ぶれだが、「淡谷のり子」「北野武」「ルーテーズ」「塩見孝也」・・・と、歌手、芸人、鉄人、過激派と、いずれも一癖も二癖もある人ばかり。しかも主題は食となっているのだが、鉄人ルーテーズは繰り返し”力道山の思い出”を語り、塩見孝也は徹頭徹尾”塀の中の生活”を語っている。月刊マルコポーロに連載されていたものだが、よくぞ文庫化したと感心してしまう。

 マゼランから火星の庭に向かうため、広い大通りを歩く、通り沿いに並ぶ木々の大きさに感動。「青葉繁れる」を実感。

 火星の庭の棚は、サブカル系・アート系のいい本が目立つ。しかし、ここで東京へ戻る時間がせまってきたので時間切れとなり、あわてて駅へ向かう。ホームに上がったら、ちょうど東京行きが入線、ギリギリで間に合う。滞在4時間弱というあわただしい弾丸ツアーが無事完了。ほっとしたのもつかの間、もう次のツアープランの話しが上がってきた、できれば弾丸でなく大名ツアーで行きたいのだが、はたして次は・・・。

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2009/05/31

ガラモント

 雨の週末、「平野甲賀(装丁)術・好きな本のかたち」(晶文社、1986)をよむ。

Hirano_koga 平野甲賀は、長いあいだ晶文社の本の装丁をおこなってきたことで知られる。その平野が、自らの装丁について語ったのが「平野甲賀装丁術・好きな本のかたち」。この本で知ったのだが、平野は、新潮社から発行された小林信彦の本の装丁もおこなっており、晶文社専属ということではないらしい。

 その彼の装丁で目につくのが、タイトルの特長のある文字。

 既製のフォントでなく、みずから描いた「書き文字」は、大きさと文字間のバランスが絶妙だが、じつは・・・。

 「フリーハンドで書くのだと思ってましたが・・・」
 「いやいや、定規と雲形をかならず使います。そうしないと、手癖がでてきちゃってイヤなのね」

 なるほど、あの躍動的ながらキッチリしたタイトル文字の直線と曲線は、こういうことだったのか。

 さて、その平野だが、巻数の「1」だけは写植書体でやってみたいと「ガラモント」書体を選んだと語っている。

 ガラモント?

 はじめてみるこの書体名を調べたら、16世紀にクロードガラモン(Claude Garamond)が作った書体で、ヨーロッパの本に使われているとあった。しかもこのフォントは、いまもマイクロソフト・オフィスに入っているそうだ。早速Wordを開き、フォント選択のメニューのリストをみたら、「Garamond」の文字。

 オフィスソフトは長いこと仕事で使っているが、Garamondというフォントはまったく知らなかった。このフォントは、どういう文書に使用するのだろうか、いつか機会があったら使ってみよう・・・。

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2009/02/22

春樹とSWING!

 イスラエル最高の文学賞といわれるエルサレム賞を受賞し、その記念講演でパレスチナ自治区ガザへの攻撃に「私は卵の側に立つ」とのメッセージを述べた村上春樹は、ジャズについてもたくさん文章を書いている。

Portrait_1 「Portrait in Jazz ポートレイト・イン・ジャズ」(和田誠・村上春樹、新潮社、1997年)は、和田誠が描いた26人のジャズミュージシャンのイラストに、村上春樹が文章をつけた本である。

 ミュージシャン26人の人選は和田誠によるものだが、村上春樹が、あとがきに”とくに感心したのは、和田さんのこの26人のミュージシャンの選び方で、ほんとうにジャズが好きじゃないとこういう人選はできないだろうとつくづく思う・・・”と書いているように、その人選は絶妙。

 デュークエリントンやビリーホリディが収録されているのは順当だろうが、キャブキャロウェイが入っている。

  キャブキャロウェイの名は、この本で初めて知ったのだが、その歌声と身振りは映画ブルースブラザーズでおなじみのものだ。映画で”ミニー・ザ・ムーチャ”を歌い踊っていた、あの怪優というかカッコイイおじさんである。Wikipediaによれば、キャブキャロウェイは、デュークエリントと並ぶような存在でジャズ史に残る人物だったらしい。こういう人物を入れてあるのが、この本の楽しいところだ。

 ところで村上春樹は、ジャズミュージシャンの話に加えて、若き日のジャズとの触れあいを、この本の随所で語っている。

 たとえば、ビックス・バイダーベックではその文章を”大学生のとき、水道橋にあった<SWING>というジャズ喫茶でアルバイトをしていた”と始め、チャールス・ミンガスでは”大学二年のとき、新宿の歌舞伎町にある・・・その店の近くに<Pithecanthropus Erectus>(直立猿人)という名前の小さなジャズ・バーがあって”などと、学生時代の思い出を語っている。

 この本は、和田誠のジャズ絵本として楽しめるとともに、村上春樹のジャズエッセイ本としても楽しめる。これは一冊で二度美味しい本である。

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2009/02/01

LIVING IN TOKYO 東京に暮らす 1928-1936

 日本橋の路地にある小さなおもちゃ屋で、帳場(レジといわずにあえて帳場という言葉を使いたい)に座っているおばあさんの話をきいたことがある。

Livingintokyo 小さなおもちゃ屋といっても、その商売は絵草子屋までさかのぼる店だけあって、話に登場する人物が皆面白い。買ったおもちゃを屋敷へ配達させた歌舞伎役者、包装をするのを待てずにそのまま車で持ち帰った映画俳優など、いずれも実名を上げれば、えっーあの人がという話しがでてきた。

 おばあさん自身も、戦前に女学校へ通いモダンな生活をされていたようだが、こちらが、その時代の東京を知らないので、残念ながら、それがどれほどのものかよく分からなかった。

 そこで購入したのが、「LIVING IN TOKYO 東京に暮らす 1928-1936」(キャサリン・サンソム、岩波文庫)。

 この本は、題名で分かるように1928-1936(昭和3年から11年)の東京を描いている。キャサリン・サンソムは、イギリス外交官夫人、デパートや電車・バス・タクシーなどの日常生活を通じて知った、東京、いや日本の文化と日本人をイギリス人へ紹介している。戦争が忍び寄っていたにもかかわらず、そこにあるのは自然を愛する日本人の姿だが、同時に閉鎖的な家族制度にしばられている日本人の様子もふれており、ときにユーモアを交えたその語り口は鋭いが優しい。

 たとえば、”日本人はL(エル)の発音ができないので、英語の単語を変な風に発音して使っていますが、その中で一番よく耳にするのはトーマス・リプトン(Lipton卿)のブランドの紅茶で「リプトン(Ripton)」と発音されています”と、いまもよく話題にあがる日本人のRとLの発音の話しから始まり。

 その人間観察は、ちょっと耳の痛い話しから、これはすこし買いかぶりではという話しもある。

 ともすれば一方的な価値観の押し付けになりがちな外国人による日本人論(日本人による外国人論も同じよう)だが、たとえ心地よくない事でもそれを欠点でなく個性としてとらえて冷静に語ることで、日本と日本人を描き出している。この本は、マージョリー西脇による流れるような筆使いの日本の風俗を描いた絵も加わって、昭和初期の東京人の暮らしを描くとともに、現代人が何を失ったかを気付かせてくれる一冊である。

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2008/12/03

ニッポンの縁起食・なぜ「赤飯」を炊くのか

 いよいよ師走に突入、先月までは気が早いなと横目で見ていた「おせち料理」の広告も、その中身が急に気になりはじめます。

Photo それにしても、なぜ新年にお屠蘇を飲み、おせち料理やお雑煮を食べるのでしょうか。黒豆・きんとんなどには、どのような意味があるのでしょうか。また、お祝いのときにどうして赤飯を炊くのでしょうか。このごろは季節感が薄れたとはいえ、季節の行事と料理はいまだに密接に関係しています。

 こんな疑問に答えてくれるのが、「ニッポンの縁起食・なぜ「赤飯」を炊くのか」(柳原一成・柳原紀子:2007年、NHK出版)。

 おせち料理・赤飯については本を読んでいただくとして、今回は、寒くなるこの時季に特においしくなる「鴨なんばん」の話しをしましょう。

 上記の本では、”なんばんは「難波」。かつての大阪・難波がねぎの産地だったことからきています。つまり「鴨の難波」なのです。”という難波ねぎ説を紹介しています。ただし、この本でも南蛮ととらえる向きがあると書いていますが、鴨なんばんは、長崎の南蛮料理を参考にしてうまれた南蛮説もあり、こちらも根強く支持されています。

 ところで南蛮という字がついても、カレー南蛮やアジの南蛮漬けとなると、ネギはネギでも玉ねぎが多いようです。玉ねぎとなると、どこか洋食の感じがして外国の料理のように思われ、がぜん南蛮説が有力となります。しかしこれも、長ネギカレーがあったように、長ネギでも玉ネギでもネギには違いないから「カレー難波・カレーなんばん・カレー南蛮」だという解釈もできます。

 どうも「鴨なんばん」ひとつをとっても、その語源はなかなかはっきりしませんが、この時季になると鴨なんばんが美味しくなることは皆さん一致しているようです。

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2008/10/01

SINKITIに会いにいく

 戦前の子供向け雑誌や本を見ると、どこかモダンな服装をした子供と野山や木々が、生きいきと描かれた絵に驚くことがある。

7dsc01869_2 風景画家としてよく知られる東山魁夷は、戦前、子供向けの絵を少年倶楽部やキンダーブックのために描いたことがあった。

 東山魁夷は、1933-1935年ドイツベルリンへ留学したが、その前後およびドイツ滞在中も童画を描きつづけ、そのなかにはロンドン動物園やドイツチロルの牧場を題材としたものもある。これらの童画には、東山魁夷の本名である、HIGASHIYAMA SINKITIのサインが入っているのでそれと知れる。

 いま「童画家・東山魁夷の世界」が、市川市東山魁夷記念館で開催されている。

 東山魁夷の童画が掲載された戦前の雑誌や本はもちろん、童画を描くようになった経緯を記す手紙や葉書、さらに貴重な原画も展示されている。特に僅かしか残っていない原画は、いまも美しい色合いを保っており、子供向けといいながらも精緻な描写とあいまって、みる者を感動させる。

 「童画家・東山魁夷の世界」の開催期間は、9/20-10/26。アクセスやその他情報は、市川市東山魁夷記念館のホームページを参照。

 上の写真は、市川市東山魁夷記念館の外観。

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