昭和の暮らし

2010/01/24

伝票お願いします

 ”メモ帳にでもどうぞ”と大小二つの伝票を頂いたのだが・・・。

 二つとも最上部に”お会計票”と印刷されている。

7dsc09994 小さい伝票は、表面はオレンジ、裏面はミドリのインクで印刷されており、ちょっとカワイイ色使い。品名欄にコーヒー、紅茶、ジュースとあり、5行ほど空欄がつづき最下部に”TOTAL”とあるから、これは喫茶店用だろう。裏面におじぎしているウエイトレスのイラストとともに”またのご来店をお待ちしております”の文字。その昔の喫茶店で、ウエイトレスさんが注文した飲み物と一緒にのテーブルに置いていった伝票そのもの。

 大きい伝票は、真ん中に大きく”鮨”とあり、一目で鮨屋さん用とわかる。品名欄に上寿司、並寿司、ちらし寿司、鉄火巻、かっぱ巻、のり巻が並び、5行ほど空欄がつづき酒、ビール。最下部は”TOTAL”だが、そのすぐ上におみやげと飲食税の欄がある。裏面には”毎度ご来店ありがとうございます”の文字とともに、寿司屋の湯のみで見かける魚の漢字がずらっと並んでいる。

 さて、この伝票どうしようか・・・。

 メモにするには惜しい気がする、何か面白い使い方はないだろうか・・・。

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2010/01/17

「チャンネルを回す」

 ときどき立ち寄るカフェで、よくお目にかかるお年寄りがいる。その方を親とすれば、私は子供、お店の若いマスターは孫のような年回りなのだが、三人とも音楽の話になると世代の違いを忘れて盛り上がる。

 その一方、何気ない暮らしの言葉が伝わらないことに驚くこともある。

7dsc09950 先日、私とお年寄りが”テレビのチャンネルを回す”話しをしたとき、これが若いマスターに全く通じなかった。マスターは、物心ついたときからテレビはリモコンで操作するものしか知らず、「チャンネルを回す」という言葉の意味が全く思い浮かばないようだった。

 私が初めてテレビリモコンを知ったのは1970年前後だろうか。ちょうどその頃、アルバイトをしていた家電販売店にリモコン付きテレビが展示され、アルバイト仲間と一緒にいろいろ操作をして遊んだ。そのリモコンは超音波を利用したもので、チャンネルは順番に進むだけだったが、離れたところからテレビを操作できることに感激。その後まもなく、リモコンは赤外線式の一発選局可能なものになり、ほぼ現在と同じ形式なものになった。

 ところで”チャンネルを回す”だが、リモコンが登場する前は、テレビのチャンネル切り替えはチャンネルツマミを回す形式だった。それこそ力を込めてツマミをガチャガチャ回すのだが、ときどき無理して回してツマミを壊すことがあった。同じように壊すお客さんが多いらしく、家電販売店にはツマミの交換部品がおいてあったほど。その当時は、音量もツマミを回して調整、画像調整もツマミを回すものだったのが、いまはそれらは全てリモコンのボタンを押すだけである。

 あらためて我が家の中を見回せば、「回す」操作をする電気製品は少ない。しばらく前に購入したラジカセには一つだけツマミがあるが、これはぐるぐると回るロータリーエンコーダーでどこか頼りなく、あのしっかりしたチャンネルのツマミを回す感じがまったくない。チャンネルを回すと同じように”ダイヤルを回す”といわれた電話機も、いまやボタンが並ぶ箱になっている。

 どうやら、かつて茶の間であった「ちょっとテレビのチャンネルを回して」という会話風景は、いまや懐かしの昭和遺産となり、古い映画の中にしか生きていないようだ。

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2009/10/12

深川東京モダン館

 10月10日、門前仲町に深川東京モダン館がオープンしました。

7dsc08472 写真をみて、この丸窓のある建物は、あれではと気づいた方もいるでしょう。じつは、この建物は昭和6年に建設され、「東京市深川食堂」として使われた昭和初期のモダン建築です。
 
 戦後、職安や作業所と使用されていたものを、今回、完全に改修して観光案内+イベントスペースとしてオープン。十数年前に見かけたときは、暗いグレーの建物でしたが、今回の改修によりアイボリー系の明るい外装になりました。

 「東京市食堂」とは見慣れない名前ですが、東京市が設置した公衆食堂です。米騒動に対する東京市の社会事業の一環として大正9年から神楽坂・上野などに設置されました。それらは関東大震災で一時消失しましたが、その後、震災復興事業として再開され、深川は最後の16番目のものです。

 ところで、二階で行われている「深川東京モダン館の時代」に、建物設計図面、同時代の建物の写真、食堂の価格表など興味深いコピーが幾つか展示されています。

 昭和6年3月11日付け東京市公報に掲載された食堂価格表によれば、定食甲種:(朝食10銭、昼食15銭、夕食15銭)、乙種:(朝食8銭、昼食10銭、夕食10銭)です。これらは現代のA定食、B定食でしょうか。興味深いのは、嗜好食として単品メニューがあり、サラダ、コロッケ(10銭)からはじまり、ビフテキ、ローストビーフ、玉子丼、カツ丼、天丼(20銭)、さらに洋食ランチ・和食ランチ(30-50銭)などがあります。

 この価格表だけですと、はたして安いのか高いのか分かりませんので、手元にある本でこの頃の食べ物の値段を調べました。

 銀座十二章(池田弥三郎)によれば、昭和5年10月に銀座で開店した”大衆向きの安いてんどんを主とした店”では天丼35銭、そのとき銀座三越食堂の天丼は40銭だそうです。また、たいめいけんよもやま噺(茂出木心護)によれば、昭和3年、泰明軒本店で昼の食事は50銭から1円20銭だそうです。

 こうしてみると東京市食堂は、銀座のデパート食堂や食べ物屋さんの半額程度だったようです。

 また新版大東京案内(今和次郎)では、”東京市社会事業のなかで評判のいいのは公衆食堂の事業”と記述しており、昭和三年の東京市設公衆食堂(真砂町、三味線堀、猿江、芝浦、九段、神楽坂、神田、大塚、上野)の成績表(利用者数と売り上げ金額)を掲載しています。

 さて深川東京モダン館にもどりましょう。ここは門前仲町の駅に近く(徒歩3分)、観光パンフレットも置いてあります。いままで公共の観光施設が少なかった門仲付近ですが、深川散歩の待ち合わせ、一休みに便利なスポットができました。住所は、東京都江東区門前仲町1-19-15、赤札堂向かい側にあるモスバーガー横の道に入って、すぐ左側にみえる路地を入ったところです。


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2009/10/10

「映画カラオケ」のすすめ

 今月の雑誌東京人の特集は、「映画の中の東京」。

Tokyojin0911 映画+東京といえば川本三郎さんだが、”昭和二、三十年代の日本映画のなかに、いまは失われた東京の風景が出てくるとそれだけでうれしくなる”とはじまる文を、”今ひとたびの「銀幕の東京」”として巻頭に寄稿している。

 その内容は、川本ファンであればおおよそ想像できるかもしれないが、「銀幕の東京」(川本三郎、中公新書、1999年)をふり返って、消えた東京の風景を映画のなかに探すことを、「鉄道ファンの廃線跡を歩くとことと似ている」とした点が興味深い。鉄道廃線を探す旅と、昭和東京映画の中に消えた風景を探すことが、同じような現象ではないかと指摘しているのだ。これは、いまやブームとなった東京街歩きとも通じるかもしれない。

  ところで今月の東京人で最も注目するのは、川本さんに”目から鱗が落ちるような”と言わせた、”大瀧詠一の「映画カラオケ」のすすめ”だろう。

 「秋立ちぬ」(昭和35年)と「銀座化粧」(昭和26年)は、ともに銀座近くの新富町を舞台にした成瀬巳喜男監督の映画だが、この二作品は、ともに築地川がテーマとなっている。これらの作品の舞台をさらに掘り下げたら、どのようなことが分かるのだろうかと・・・。

 大瀧さんは、”カラオケに歌手がいないように、映画の場面から役者を抜いてバーチャルな世界を作り、登場人物の視線でその世界を歩く”ことを映画カラオケとして、この二作品の舞台となった地を探し歩き、さらになぜこの場所を選んだかその歴史まで遡っている。

 これだけならただの映画ロケ地めぐりのように思うかもしれないが、そんな簡単な話しではない。

 映画は、スタジオセットという実際には存在しない作り物の風景と、ロケでの実風景が組み合わせられている。じつは成瀬巳喜男は、セットでの撮影が多いことが有名な監督なのだ。はたして成瀬巳喜男が舞台とした描いた町は、どのような姿なのだろうか、またそれは実際の町とどのような関係にあったのだろうか。

 大瀧さんは、「映画カラオケ」によるアプローチで、映画から切り取った静止画を手に現地を歩き、古い地図や写真を探り、ときに想像力を発揮してズンズン突き進んでいく。これは、まるで時空を超えた街歩きといえる。

 さて「秋立ちぬ」と「銀座化粧」の映画カラオケから、何が分かったのだろうか・・・。

 その答えは、今月の東京人を見てのお楽しみだ!

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2009/10/04

コバルトブルーの忘れ物

 碍子という文字を知っているだろうか。

7dsc08255 碍子はガイシと読み、電線を張るときの絶縁支持端子として使われる。いまは高圧鉄塔や鉄道の電柱でみかけるだけだが、かつては住宅への引き込みや屋内配線にも使われていた。

 先日、日本橋を歩いていたら、お店の外壁に黒っぽい糸巻きのようなものが付いているのに気づいた。

 碍子!しかも濃いブルー!

 ガイシは磁器製なので白色のものが多いが、ブルーのガイシは珍しいかな・・・と思いながら我が家近くの商店街を見回したら、同じものがあった。電柱から家に引き込まれている電線を支えるワイヤーに、このブルーのガイシがついている。どうやら、これは共通に使われている部品らしい。(10/5追加:電力資材カタログを調べたら、これは低圧引留碍子という部品で白と青の二種類があり、家庭用電線を引き込む場合は青を使用するらしい)

 ところで、色の名を他人に伝えるのは難しい。赤・青・緑のような原色であれば簡単なのだが、自然の中で見かける微妙な色合いとなると、それをどのような色名で表せばよいのか悩んでしまう。

 たとえば青といっても、明るい青もあれば暗い青もあるし、さらに色合いも様々でマリンブルー、セルリアンブルー、サックスブルー、スカイブルー、ネービーブルー、プルシャンブルー、コバルトブルー、ミッドナイトブルー、インディゴなど数え上げればきりがない。これらの色の違いをピッタリと言い当てられるだろうか・・・。

 漢字の色名も難しいものが多い。藍色も、薄藍、濃藍あたりは分かるが、青藍、藍鉄、藍錆、紺藍となるとお手上げだ。染物や工芸にで使われる紫色には、勿忘草色(ワスレナグサ)、露草色、薄花桜、紫苑色、桔梗色など美しい名前が多い。こういう色名を、さらりと語る人は、なんと粋だろうかと感心してしまう。

 さて壁に忘れられたように残された青いガイシ、この色は何と言えばよいのだろうか。ただの青とはちょっと違う、群青、青磁、それともコバルトブルー・・・。

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2009/07/01

プラッシー

 日本橋を歩いていたら、ある建物のシャッターに「屋根つき駐車場あります」の張り紙。

7dsc06247_3 駐車場といっても、それは古い商店らしき建物。ちょうど片側のシャッターが開けられ、その屋根付き駐車場の内部が、道路から見えるようになっていた。

 奥の方はハッキリしないが、薄暗い建物の中は、家具もなくガランドウ、長い年月を経たらしく天井も梁も黒く煤けているようだ。暗い中そこだけぼーっと明るく、一枚の紙が奥の板壁に残されていた。

 「とう精業者登録証」

 さて「とう精」とは何だろうか?

 広辞苑で調べたら、「とう精」は、漢字では搗精となり「玄米を白米にする」とある。これは「精米」と同じ意味だと思うが、米業界用語では「とう精」と「精米」は、微妙に異なるのかもしれない。とにかく、この建物は、かつて精米をしていたお店なのだろう。となれば、梁の割れ目に白いものが見えるが、これは精米中にでた粉が付着したものかも。

 ところで、かつてお米屋さんが配達していた飲料プラッシーを、憶えている人はいるだろうか。プラッシーは、武田薬品の系列会社が販売していたビタミンC入りのビン詰め飲料で、オレンジジュースに似た色をしていた。このプラッシー、とっくに無くなったと思っていたら、じつは今もハウスウエルネスフーズから期間限定で売られているそうだ。興味のある人は、近所のスーパーなどをチエックすると見つかるかもしれない。

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2009/05/13

昭和銀座ジオラマ

 CDを購入するため銀座山野楽器へ立ち寄る。

7dsc05256b CDのために、わざわざ銀座へ行く必要はないように思われるが、輸入盤も豊富だし試聴機器も多いので、ちょっと珍しいものを見つけるのに便利なのだ。

 買い物をすませ店を出たら、店頭の横にジオラマが置かれているのが目に入った。

 しばらく前にニュースとなっていた、バンダイが発売した「昭和銀座ジオラマ」。

 時代は昭和30年代、銀座4丁目・数寄屋橋を中心にした建物を再現している。

 ヒトデ型のナショナルのネオン(これは実物をみた憶えはないが映画:銀座二十四帖に出てきた)、森永の地球儀ネオン(これは昭和58年まであった、たしか直径15m、重さ60トン、風速60mに耐えるだったか)、和光の時計台、日劇、不二家などがギュッと集められている。人物やクルマ、都電、さらに照明と音楽も付いて銀座の雰囲気を再現している。

 思わず見入ってしまうが、価格をみると・・・。

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2008/12/27

〆飾り@日本橋

 昨日は、地下鉄に乗れば、丸めたカレンダーをたくさん詰め込んだ紙袋を提げたサラリーマンとOLを見かけ。通りを歩けば、急に吹いた強い風にあおられて飛び散ったダンボールを、一生懸命追いかけるオジサンと、町は、どこかあわただしくすっかり歳末モード。

7dsc03542b さて、あまりにこの時季らしい光景なので、ちょっとシャッターを押すのはどうかと思ったが、大通りにしめ飾りのお店が出ていた。

 お店の横には、ミニチュアサイズの門松、鏡餅、さらにちょっと気が早いが七草の鉢まで並べられている。

 ビルが並ぶ日本橋の街だが、青々としたしめ縄、緑濃い松、紅白の正月飾りが並んでいるのをみると、やはり日本の伝統飾りと風景は、いいなという気持ちになる。

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2008/09/26

秋の味入荷してます

 今日の昼は初めての定食屋で、豚肉のしょうが焼きをたのむ。安くて美味しいとの話しだったが、ご飯の量は多いが味は・・・という印象。

7dsc01753a その定食屋からの帰り道、魚屋を見つけた。周囲は事務所ばかりで、商店があるような通りではないのだが、なぜか魚屋が一軒だけ店を開けていた。

 秋の味入荷してますと張り紙されている、この魚屋の陳列ガラスケースの中に驚く!

 上段は練り物(蒲鉾やはんぺん)や佃煮、中段は刺身、下段は煮付けや焼き物向けの魚が並べられているが、それぞれに木の値札がつけられている。たとえば下段にある「かれい」などは、青森、眞子かれい、¥525、煮付・・・のように、産地、魚の名前、値段、おすすめの調理方法がすべて手書きされているのだ。

 このごろのスーパーは魚売り場を含めて、全てラベルプリンターで印刷したラベルを発泡スチロールトレイに貼り付けている。記述内容はラベルも手書きも同じようなものだが、目から受ける印象は、断然この手書きのもののほうが新鮮に感じる。

 ・・・と書いたところで、やっと木の札の名前を思い出した、これは「経木」!同時に、なにかとても懐かしいものに再会したような木の香りの記憶が蘇ってきた。

 日本橋蛎殻町にて。

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2008/06/11

軒先を借りる

 東京新聞は、東京のローカル紙。

8dsc06925 その前身をたどれば、明治22年創刊の都新聞、さらに明治17年の今日新聞までさかのぼる東京新聞は、東京生まれ。その「購読申し込み」看板が、先日歩いた中央区湊町にあった。
  
 新聞社の看板と言えば、紺色の地に白文字で新聞社名を書いた縦型のホウロウ看板を思い出すが、この看板は横型、しかもたばこ屋の軒先を借りている。独特な「東京新聞」の字体は昔と同じだが、その看板のスタイルは新しい。思わず、いまもあるのかと見入ってしまった。

 ところで、以前、会社の若者から、

 ”新聞は、会社にくれば読めるし、アパートだと読んだあとの処分も困るので購読していない” と聞いた。

 たしかに、TV番組表やニュースはネットで見られるので、一人暮らしだと新聞を購読する必要は少ない。そうなると、新聞「購読申し込み」の看板は、ますます少なくなるのか、それとも逆に増やしたほういがいいのか・・・。どちらにしろ、いまはネットとコンビニ、たばこ屋の軒先を借りる風景は少なくなりそうだ。

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