アースダイビング

2009/11/08

日本橋に坂道はあったのか?

 先日、コレジオ芳賀氏の神保町講演のなかで、日本橋台地(江戸前島)の名前がでてきた。

7dsc09027 ”この付近(神保町)にある神田一橋中学校で発掘された水道用木樋のカスガイに牡蠣が付着しており、この地は低湿地というよりも潮干満の「入江」であった”との話しとともに、江戸時代、日比谷入江が、武蔵野台地と日本橋台地に挟まれている地図を示された。

 「東京の地理がわかる事典」(鈴木理生、日本実業出版社)では、江戸前島の項で”この場所を現代の地形学では「日本橋台地」と呼ぶ。山の手台地の一つである本郷台地の先端が、海進期の荒波に削られて低く平らになった場所で、「日本橋波食台地」とも呼ばれる”とある。

 ところで台地の端には坂がある。無縁坂、湯島天神男坂、神田明神男坂、九段坂などは、みな台地の端に位置する坂である。となれば、いくら荒波に削られ低く平らになったとはいえ、日本橋台地の周辺にも坂があってもおかしくない。たとえ坂が残っていなくても、その痕跡の名前ぐらいはあるのではないだろうか。

 まず開いたのが、東京の坂道を解説した「江戸東京坂道事典」(石川悌二、新人物往来社)。この本は、台地別に坂道を列記しているが、残念ながら、日本橋台地・江戸前島の項はなく、ざっと見たところでは日本橋台地・江戸前島を述べたところも見つからない。

 やはり、日本橋台地に坂道はないかと思ったが、先週、たまたま人形町から日本橋室町へ向かう道で、写真の光景を目にした。

 場所は日本橋三越本店の向かい側にある、鰹節大和屋さんの横の路地、ハンペンで有名な神茂と佃煮の鮒佐のある通りである。それが昭和通りに接する部分が、わずかだが坂のようになっているのだ。

 しかし、この場所はどうみても台地の端には見えない。

 自宅に戻り、復刻版江戸古地図の日本橋付近をみると、現在の昭和通り江戸橋付近に堀があり、さきほどの路地は、この堀にぶつかっていたようだ。

 堀・川となれば、いつもの「川の地図事典」の出番である。

 P39の地図によれば、ここにあったのは「西堀留川」、上から見れば、ちょうどL字型の堀であることが分かる。P46の「西堀留川」解説では、”日本橋川左岸からの入堀。本船町と小網町一丁目の間から北西に向かい、堀留町一丁目の手前で西に折れて室町三丁目で留まっていた”、さらに”堀は旧石神井川の下流部にあたる谷田川の河口部にあたり、慶長年間の工事で入堀として整備された”とある。

  2008年3月、コレジオ主催で行なわれた「川の地図事典」出版記念ウォークは、駒込付近からの谷田川の上流をさぐるものであったが、今回、日本橋で、再び谷田川の名をみることになった。坂道は見つからなかったが、なにか不思議な縁を感じるとともに、同時にはるか昔の台地の姿に思いをめぐらしてみたくなった。

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2009/10/17

シュロのある風景@谷中

 根津駅から谷中方面へ向かう。

7dsc08379 不忍通りから旧藍染川の道まではどの家も隙間なく建っているが、坂道を上がるあたりからは大きな屋敷がちらほらと。

 あかぢ坂を上がり突き当たりを右に曲がると、大名時計博物館として公開されている屋敷がある。

 その門前にそびえるのが写真のシュロの木。

 まるでお約束事のように、大中小のシュロが植えられている。

 ところで庭木の解説書によれば、シュロは芝や家の玄関に植え、西洋風庭園に効果的とある。たしかにシュロのある景色は、和風というよりもどこか異国のような雰囲気がある。しかし、それは西洋趣味というよりも南洋趣味の影響が大きいように思う。遠き島より流れ着くヤシの実を思う心である。芭蕉も大きな屋敷で見かけるが、同じように南洋趣味ではないだろうか。

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2009/10/16

シュロのある風景#2@北千住

 再び北千住へ向かう。

7dsc07523 先日、紹介したシュロ並木@北千住の近くで、またもシュロを見物。

 こちらは大きな医院の庭にあるシュロの木。

 二階屋の屋根を越える高さも見事だが、なによりも、4本並んだ右肩上がりの高さが絶妙。

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2009/09/25

ドーム屋根の想い出@駿河台

 駿河台で用事をすませた帰り道・・・、

7dsc08147 マロニエ通りの一本線路よりの(かえで通りと言うらしい)道を、御茶ノ水駅前交差点に向かって進んだ。

 今日はさらりとした天気、すべての景色がとてもクリアに見える。たしかこの辺りからニコライ堂が見えたはずと交差点の先をみつめたが、明るい日差しに白く輝くビルが見えるだけで、ニコライの緑色ドーム屋根は見えない。

 どうもこれは思い違いをしていたようだ。

 この通りから見えるのはドーム屋根でも、今は居酒屋の入る複合ビルのドーム屋根だった。たしか、ここはその昔喫茶店だったはずだ。この付近にあった喫茶店の名前を上げれば、ジロー、舟、ミロ、サンロイヤル、ウィーン、穂高、滝沢、ロビン、田園、丘、レモン、マロニエ、FINEとなる。このうち、いまも喫茶店として営業しているのはミロと穂高だけのようだ。
 
 ところで、喫茶店からスタートしたジローとキッチンジローは同じ会社だと思っていたが、じつはこの二つは全く違う会社だそうだ。

 御茶ノ水駅近くにあった喫茶・ケーキのジローはGIRAUDで、これは現在ジローレストランシステムとなり、数多くのブランド名で店舗を展開するレストランチエーンになっている。

 キッチンジローは、創業者小林次郎さんの名前にちなむKitchenJiroで、千代田区を中心に都内にレストランを展開している。

 この二つ、GIRAUDはシャンソン喫茶として1955年神保町でスタートし、KitchenJiroは一号店を1964年神保町に開店と、なぜかどちらも神田神保町生まれである。神田神保町は、本だけの町ではないのだ。

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2009/09/21

クラッシクなガラスケース@北千住

 スーパーやコンビニなどのオープン陳列棚に慣れてしまったのか、ガラスケースをクラッシクに思う。古臭いということでなく、落ち着いて好ましいということだが。

7dsc07319b ガラスケースでも、ステンレスやアルミなど鈍く光る金属でおおわれた最新のものは、清潔だが冷たい印象がする。それに対して木枠のガラスケースは、どこか柔らかで温かい。とくに古いお店で見かけるコーナー部をカーブさせたショーケースは、オシャレに感じる。

 写真のガラスショーケースは、北千住の商店街でみかけたもの。

 枠はすべて木製、床からの立ち上げ部分はタイル張り。しかもその部分は、下にいくほど小さくなるように絞ってある。ショーケースの中は二段に仕切られ、そこに置かれているアルミ製のトレーもガラスに合わせてカーブしているなど、細部までしっかり作られている。

 まさしく、いい仕事をしている。

 いまはPockyが高く積まれ、ふ菓子、ソースせんべいが入っているガラスケースだが、往時はどのような商品を並べていたのだろうか・・・気になるガラスケースだ。

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2009/09/13

サイドカー自転車@北千住

 オートバイのサイドカーのように、荷物運搬用側車をつけた自転車を、北千住でみかけた。

7dsc07900 前回のリヤカーカブは畳屋さんだったが、こちらはブリキ屋さん。お店のガラス戸に、大きく「ブリキヤ」とあるので間違いない。

 こういう形式の自転車は、いまは珍しくなったが、かつて我が町のガラス屋さんにもあった。

 窓ガラスの補修をたのむと、板ガラスを積み込みんだサイドカー自転車で来てくれ、家へつくなり窓の寸法を測り、その場でガラスを切り、ピタッと入れてくれた。ガラス屋のおじさんは、”ダイヤモンドで切ったんだ”と自慢していたが、あれは本当だったのだろうか。

 ところでブリキ屋さんの作業を見ることは、少なくなった。いまは屋根まわりの材料がカラー鉄板と塩化ビニールパイプとなり、まるでプラモデルのように接着剤で組み立てている。かつて見かけたハンダ付け作業などは、まだあるのだろうか。

 もしかしたら、ここ北千住ならと期待してしまうのだが・・・。

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2009/09/12

リヤカーカブ@北千住

 スーパーカブは、戦後の日本が生み出した世界商品の代表である。

7dsc07844 東南アジアの朝、それこそ無数のカブが道路一杯に広がり疾走している光景をみたことがある。二人乗りはあたりまえ、なかには三人乗りもあり、その使い方の逞しさに圧倒される。じつはスーパーカブは、ホンダの商品名だが、いまは完全に普通名詞のように使われている。それほどに普及しているのだ。

 リヤカーも日本が生み出した商品だそうで、戦前から広く利用されていた。秋葉原付近では、以前からダンボールをたくさん積み込んだリヤカーを見かけたし、最近は、宅配便が商店街の店をまわるのに小型リヤカーを使っている。何事も組み合わせて新しい使い方を生み出すのが得意な日本人、スーパーカブでリヤカーを牽引したのも当然のなりゆきだろう。

 子供の頃、商店街に行けば、スーパーカブ+リヤカーを必ず見かけた。もちろん自転車でリヤカーを曳くのが多いが、自転車で運ぶにはちょっと大きく重い荷物、たとえば石炭俵、ドラム缶、材木(垣根用の丸太)や廃材などを運んでいた。

 それもいつのまにか見かけなくなり、懐かしの昭和風景になったと思ったら・・・先日、北千住で写真の光景にであった。

 ここは畳屋さん、店先の路上に畳が一枚置かれ、そのそばにリヤカーとスーパーカブが停まっていた。この姿をみて、思わず、長生きしろよとつぶやいてしまう、もちろん心の中でだが・・・。

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2009/09/11

トタン蔵住宅@北千住

 北千住・路地奥にひときわゴツイ屋根が見えたので進んでいったら、この建物に出会った。

7dsc07376 裏側からみると分かるが、この家は、もとは蔵。壁をすべて黒いトタンでおおい、そこに窓を開けて住宅に改造している。どこか洋館のような雰囲気もある、トタン蔵住宅である。

 家の前に縁台と植物、さらに玄関横の郵便箱の下にはコンクリート製のゴミ箱まで置いてある。じつは、この建物は、あるデザイナーがアトリエにしているそうで、この付近だけ、まるで昭和の路地のような佇まいになっている。

 ところで、今週末の9月12日(土)と13日(日)は、千住本氷川神社(東京都足立区千住3-22)の祭礼が行われる。12日は宵宮、午後6時から五町会大神輿連合渡御が予定されている。

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2009/09/07

小さな音楽堂@小布施

 忘れないうちに、小布施で見つけた建物について報告。 

 小布施を歩くと、いたるところで土蔵をみかける。白壁が輝くものもあれば、風雪にさらされ土壁をさらしているものもあるが、いづれもまだ使われているものが多いようだ。

7dsc07703 そんな景色の中に、古い小さな木造洋館を見つけた。

 茶色の太枠で縁どられた窓、建物側面のアーチ状の柱、どうもただの住宅ではなさそう、礼拝堂だろうか・・・。

 洋館に近づくにつれて、ピアノの音がだんだん大きくなった。子供が練習しているのか、同じメロディを何度も繰り返し、ときどき小さな声も聞こえてくる。先生が指導しているらしい。

 建物のすみで小さな看板を見つけた、太い文字で「音楽堂」と書いてある。

 近づいて見上げれば、窓枠の上にレリーフのような飾り、軒下に風通しのために開けられた穴も、デザインされている。細かい仕事が見事な音楽堂である。

7dsc07709_3窓の写真は、こちらに。

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2009/08/30

シュロ並木@北千住

 北千住のはずれにあるお寺につながる道、シュロがずらっと一列並んでいる。

7dsc07365 高さはゆうに2階屋を越え、空に向かってすらっとそびえている。

 シュロは、その表皮にスジが積み重なった模様の幹と、頂上付近にだけ葉がついている樹形から、南国のヤシの木を連想する。しかしヤシのように大きな実はならない。初夏に黄色い花、やがて表面に粉を吹いたような黒い小さな実をたくさんつける。鳥がついばんでいるのをみたことがあるが、その実は、民間薬としても利用されていたそうだ。

 シュロは、生活に深く関わってきた木である。身近なところでは、「シュロほうき」や「ハエたたき」など日用品となる。我が家の近くにあった理髪店は、シュロほうきで店の床を掃除をしていた。珍しいところでは、シュロの幹は、お寺などの「鐘つきの棒」に使われていた。シュロは、その南国風の樹形を楽しむだけでなく、このように実用的な木でもあったのだ。

 江戸時代はふすま絵にも描かれ、昭和までは屋敷の庭にも見られたシュロだが、植木屋さんによれば、”いまは野生化してどんどん増え、意外に成長も早く大きくなるため、やっかいものあつかい”だそうだ。

 栄枯盛衰は人の世のつねであるが、木もまた同じかもしれない、すべて諸行無常である。

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