何羨録(かせんろく)を見る
地下鉄都営新宿線の東大島駅と船堀駅は、荒川を挟んで地上駅となっています。電車が大島から東大島駅にさしかかる直前、「中川船番所資料館」の看板をかかげた茶色の建物が川下(旧中川)方向に見えます。
その資料館で「何羨録:かせんろく」の展示が行われているので訪れてみました。
「何羨録」と言ってもなんのことか分からない人がいるかもしれませんが、じつは私自身も、資料館のホームページにあった”江戸の武士(サムライ)と釣り文化~釣り指南書”という展示案内だけに惹かれて、内容もよく知らず資料館を訪れました。
展示資料によれば、「何羨録」は、江戸時代の旗本であった津軽采女が書いた、日本最古の釣り指南書と言われている本です。展示資料の受け売りですが、遊びとしての釣は江戸時代になって武士から始まったそうです。釣竿も、弓矢製作の竹の加工技術を応用したもので、武士にとって釣は武道に近い遊びだったようです。実際、津軽采女は、4000石の旗本で、本所三つ目通り(あの吉良邸の近く)に屋敷をもっていました。江戸時代後期になると、釣は庶民に広まり釣入門書が出されますが、その内容もこの「何羨録」が元になっているそうですから、釣本の古典と言えます。
ところで「中川船番所資料館」で、なぜ釣指南書の展示なのでしょうか。
これも今回はじめて知ったのですが、じつは以前釣具博物館にあった資料が「中川船番所資料館」へ引き継がれ、和竿のコレクションや釣関係の資料が常時展示されています。和竿作りのための道具なども工程順に展示され、本テグスの原料である天蚕虫の標本など、じつに興味深いものがあります。そうなんです、その昔のテグスは天蚕虫(蛾の幼虫)から作っていたなど、またっく釣をしない私でも楽しめてしまいます。
それにしても「何羨録」とは、”何も羨ましいことなどない”との意味らしいのですが、武士でありながらその後の庶民の釣文化に影響を与えた書を残したとは、これはとても羨ましい生き方かも・・・。
なお江戸の武士(サムライ)と釣り文化~釣り指南書『何羨録(かせんろく)』の世界は、10月29日から 11月24日まで。アクセスと詳細は、「中川船番所資料館」のホームページをご参照。

















変わりゆく東京の町とともに、職人の世界がどのように変わってきたかを丁寧にえがいていく。このあたりの描写は、東京神田駿河台下の路地でうまれた永井龍男ならではだろう。明治、大正、昭和、震災、戦災や火事のたびに古い東京が消えていくとともに、職人の世界も変わっていく。おなじ職人から出発しながらも、震災や戦災の混乱を、金儲けの好機ととらえて他人を出しぬき商売をし大金持ちになるものがいれば、手間はかかってもしっかりしたモノ造りを目指す一職人に徹するものもいる。時代はちがうのだが、そこで描かれた世界は、現代に通じるものがある。
装丁は鳥居敬一だが、フライパンとノートの絵と、それぞれに色を変えておどっているように配置された「洋食や」の文字が、なかなかお洒落な雰囲気だ。鳥居敬一とは、どのような人だろうか?


















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