古書との出会い:東京味覚地図(奥野信太郎)
「東京味覚地図:河出書房、昭和33年」は、奥野信太郎が編集した本です。浅草、銀座、新宿など東京の各町のうまいもの屋に加えて東京の喫茶店、東京の菓子などの話題それぞれに執筆者を選び、一冊にまとめた本です。タイトルに地図という文字が入っていますが、地図本というよりグルメ紀行本です。
この本の特長は、合計18人の多彩にして豪華な執筆陣につきます。浅草(壇一雄)、新橋(戸板康二)、築地(池田弥三郎)、銀座(田村泰次郎)、神田(高橋義孝)、新宿(田辺茂一)、、、東京の喫茶店(戸川エマ)、東京の菓子(三宅艶子)などと、いづれも美味しいものや町について一流の書き手として知られた人が名前を連ねています。主題は食べ物となっていますが、文章の随所に東京の町の様子が描かれていますので、戦前から昭和30年代の東京を記録する紀行文としても楽しめます。
グルメ本として珍しいのは、東京の菓子を取り上げている点です。三宅艶子さんの東京の菓子に書かれている「泉屋のクッキー」と「ユーハイムのバームクーヘン」を懐かしく思い出す人は多いでしょう。子供の頃でしたが、我が家では、白と青に浮き輪のマークが描かれた泉屋クッキーの空き缶は、捨てずに小物入れにしていました。また父親が、バームクーヘンをお土産に持ち帰ったとき、年輪を一層づつはがしながら食べるのか、それともまとめて食べるのか悩みました。たぶん同じ経験をされた人は結構いたのではないでしょうか。
すでに書かれてから約50年を経たこの本を、いまグルメガイドとして利用するのは無理があります。すでに無くなったお店もありますし、住居表示も交通網もすっかり変わりました。たびたび登場する省線という言葉はいまや死語ですし、都電の走る電車通りという言葉が分かる人は少ないでしょう。また紀行文としてみると、街の雰囲気の描き方が少なくもの足りない部分があります。しかし品川・五反田などめったに取り上げられない地域の話も載っています。たとえば、私は、シャコを材料にした品川めしというものがあったことを、この本で知りました。
もし戦前から昭和30年代の東京の食べ物屋に興味がありましたら、「東京味覚地図」を一度ご覧になることをおすすめします。なお繰り返しになりますが、この本には巻末に各店の住所一覧がありますが地図は記載されていません。
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