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2006/02/18

古書との出会い:東京の顔、いろは大王 (高木健夫)

 前回の木村荘八「銀座界隈」のなかの銀座論の著者として高木健夫の名前が出てきましたが、今回は「東京の顔:高木健夫、光書房、昭和34年」を紹介しましょう。

 高木健夫さんは、読売新聞に勤めながら、安藤鶴夫さん、槌田満文さんなどと一緒に木村荘八さんの東京風俗研究活動に参加しました。「東京の顔」は、昭和33年に亡くなられた木村荘八さんへ捧げられた本で、東京の顔、風俗八十年、今昔散歩、盛り場八十年、東京巷史など、明治から昭和の東京にまつわる話を収録しています。その中には、前回取り上げた木村荘八「銀座界隈」で発表された文章も入っています。

 たとえば東京巷話に収録されている銀座物語は、銀座煉瓦街を作った東京府知事由利公正の話ですが、これは前回紹介した木村荘八「銀座界隈」に収められていた銀座論と同じ内容です。

 同じ東京巷話にある「いろは大王」は、木村荘八の父にして市議会議員、府会議員、牛なべ屋チエーン店「いろは」の主人、そして明治の大奇人と言われた木村荘平の伝記です。この「いろは大王」こと木村荘平は、小説にも登場しますので簡単に紹介しましょう。

 相撲取りのような大きな体であった木村荘平は、夕闇せまる東京の町を人力車で走り回るのを日課にしていました。多い場合でも二人引きまでであった当時、荘平が乗る人力車は三人引き、車夫はそろいのハッピに金色の徽章をつけた学生帽をかぶり、彼らが引く人力車は車体全体が真っ赤に塗られていました。

  ちょうど同じ時期の東京には、天狗タバコの岩谷松平が全身赤い服を着て、真っ赤に塗られた馬車に乗っていました。明治の奇人二人が、同じように赤をを好んだのは不思議な共通点ですが、岩谷松平の話は別の機会として、ここでは木村荘平の話を続けましょう。

 江戸から明治になり東京では肉の需要が高まってきましたが、まだ食肉処理の実態はあやしい状況でした。それに困ったのが、西郷隆盛の幕僚から東京警視庁長官になった川路利良です。川路は、彼が京都薩摩屋敷にいたころ出会った木村荘平に、東京の食肉処理を依頼することにしました。

 明治十一年、木村荘平は、京都から東京に移り食肉処理を引き受けるとともに、自らも牛なべ屋「いろは」を開きました。この「いろは」は、「第一いろは」、「第二いろは」など番号つきの屋号が付けられ、今のチエーン店のように店舗を、日本橋、京橋、本郷、麻布、青山南、牛込寺町、四谷伝馬町、浅草などに二十軒開きました。

 荘平は、各店に女主人をおき、自らは売上金回収のために真っ赤な人力車にのり各店をめぐるのを日課しました。彼と各女主人とのあいだに子供がうまれ、養子を含めた彼の子供は合計三十人に達しました。子だくさんの荘平は、長男は荘蔵、長女は栄子、次男は荘太としましたが、やがて荘五、荘六、荘七など、荘と数字を組み合わせた名前を付けました。のちに画家になり銀座界隈や東京繁昌記を書いた木村荘八は、荘平の六男で日本橋区吉川町にあった第八いろはの子供でした。

 新事業に熱心だった荘平は、牛なべ屋チェーン店に加えて明治21年に製糖会社、明治23年に肥料会社を設立しました。さらに明治26年に、日暮里、亀戸、萩新田にあった三つの火葬場を合併して東京博善会社を設立し、日暮里に新式火葬設備をおきました。当時は新式火葬場と名乗りましたが、これは現在に通じる煉瓦釜のものです。荘平の作った火葬場には、並等、特等などのランクがありましたが、特等はあまりに高価だったので利用者がなく、最初の特等客となったは明治39年に亡くなった荘平自身でした。

 このような経歴の持ち主であった木村荘平は、幾つかの本に小説のモデルとして登場しています。

 山田風太郎明治小説全集の「いろは大王の火葬場」は、木村荘平の新式火葬場の客集めの苦労話をモデルにしたものです。さらに小沢信男「悲願千人斬りの女」にある「いろは大王」も、子だくさんであった木村荘平をモデルにしています。

 「東京の顔」は、東京本としてあまり話題に上がりませんが、木村荘八を含めた東京に関わる話題を満載しています。さらに銀座煉瓦街を作った東京府知事:由利公正、いろは大王の木村荘平の話に加えて、明治の日本橋架橋など、明治東京小説の元ネタになりそうな話も入っています。挿絵は、新聞掲載からの転載なのであまり鮮明ではありませんが、伊藤深水、小糸源太郎、奥村土牛、東山魁夷、朝倉摂などによるものです。そして本の外箱は、木村荘八の筆によるスケッチ画が使用されています。

東京の顔(外箱)
Tokyo_no_Kao

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