あの日の江戸家猫八
小川町から本八幡駅行きの都営新宿線電車に乗ったとき、斜め奥のシルバーシートに座る夫婦連れの姿に気づいた。二人とも小柄で、年齢は奥さんの方がだいぶ若く見えるが、不釣合いという雰囲気はまったくなく、下町の商店でよくみかける、ちょっと元気そうなお上さんと落ち着いた主人という感じであった。やがて電車が岩本町、馬喰横山を過ぎ、浜町に到着したとき、その二人は、私の横を通り抜けて降りていった。そのとき分かった、いますれ違ったのは江戸家猫八夫妻だ。
江戸家猫八(三代目)は、本業は声帯模写であるが、テレビや映画に脇役として数多く出演していたので俳優のイメージが強く残っている。古くは、NHKで放映されていた「お笑い三人組」に、一龍斎貞法鳳、三遊亭金馬と一緒に出演していたそうだが、これはちょっと古すぎて知る人は少ないだろう。「釣りバカ日誌(第一話)」の釣り宿の主人、中村吉衛門主演の鬼平犯科帳に老密偵:彦十役として出演していた人物であると言えば、分かる人が多いかもしれない。
その江戸家猫八の本「魚に釣られた猫」が手元にある。

この本は、猫八師匠の趣味であった釣り(特にへら鮒釣り)に関するエッセイ集で、釣りには全く縁がない私には、まさしく猫に小判という本である。それでは、なぜこの本を持っているかといえば、この本で描かれている釣り人の皆さんが実に個性的なのだ。
たとえば”へら鮒大学”のなかで紹介されている金子さんなる人物は、私財を投じて”へら鮒のすべて”という映画を製作してしまうのだが、その製作日数三年十ヶ月、ナレーターは山村聡、しかも監督は岡村精なのだ。岡村精は、1970年に吉田喜重監督と共に煉獄エロイカをATGで製作し、のちにウルトラマンタロウの監督をした人と同姓同名だが、これは全て同一人物だろうか。”へら鮒のすべて”は水中撮影用の装置を作成して撮影したとあり、映画の完成が1967年とされているので、同一人物の可能性があるがどうだろうか。それにしても金子さんには、単なる釣り好きを超えた、熱意を感じてしまう。
江戸家猫八は、2001年に亡くなった。今はモノマネ芸が、すっかりウタマネやビジュアルマネになってしまったが、猫八師匠の虫の声を、いま一度静かに聞きたいものだ。その鶯や鈴虫の鳴き真似は、目を閉じても楽しめる芸であった。
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