谷中、花と墓地(サイデンステッカー)
六月の衣更えの時季になると、梅雨寒というのか、急に冷たい雨風にあうことがある。今日は、まさしくそんな一日。
先月発売された「谷中、花と墓地」(みすず書房、サイデンステッカー、2008年5月発売)を、今日読み終えた。サイデンステッカーを知る人は多いと思うが、念のため復習すると以下のようになる。
大学時代にアメリカ海軍日本語学校に進み、進駐軍の一員として初来日。その後、アメリカ及び日本の大学で日本語を学び、大学で日本文学を講義をするとともに川端康夫や谷崎潤一郎、源氏物語の英訳を行い、日本の文学・文化を世界に紹介。東京湯島に居をかまえ、年の半分はそこで過ごし下町をこよなく愛した。
「谷中、花と墓地」は、サイデンステッカーが、日本語で書いた文章を集めた最新刊のエッセイ集。最初、手に取ったときは題名から谷中について書かれた本のように思ったが、読み進むうちに、上野、湯島、谷中、浅草をはじめに、下町の風物の移り変わりを描いていることが分かる。永井荷風や小津安二郎の作品を愛し、自ら「東京 下町山の手」という本も書いているだけあって、その視線は、外人というより古き東京を愛するものになっている。
”アメリカの町では、一日歩き回って途中で骨休みしたくなっても、適当に休める場所なくて困ることがある・・・日本の場合、アメリカより寛容だと思う”と、日本の素晴らしさを述べるとともに、”先日も御茶ノ水で喫茶店を探したのになかなか見つからなくて困った”と、変わる東京のすがたを、喫茶店礼賛の章で書いている。よくある日米比較論のような日本とアメリカの文化の違いを細かく論ずるのでなく、東京を温かく描いた文章が良い。まさしく東京を長く見続け、愛したものの目がそこにある。
”谷崎先生の手紙”の章では、川端、谷崎との交流を描くとともに、それぞれの作家の翻訳に対する考えの違いが述べられる。谷崎の「細雪」の英訳題名が、”マキヲカシスタース”であること、さらに谷崎が、英訳内容を気に入ってことなど。日本文学の英訳にまつわる話しも面白い。最終の三章は、”花”のタイトルになっているが、猫好き、いや動物好きの人なら思わず共感するだろう。
これは、いつまでも手元に置いておきたい東京本だ。
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