LIVING IN TOKYO 東京に暮らす 1928-1936
日本橋の路地にある小さなおもちゃ屋で、帳場(レジといわずにあえて帳場という言葉を使いたい)に座っているおばあさんの話をきいたことがある。
小さなおもちゃ屋といっても、その商売は絵草子屋までさかのぼる店だけあって、話に登場する人物が皆面白い。買ったおもちゃを屋敷へ配達させた歌舞伎役者、包装をするのを待てずにそのまま車で持ち帰った映画俳優など、いずれも実名を上げれば、えっーあの人がという話しがでてきた。
おばあさん自身も、戦前に女学校へ通いモダンな生活をされていたようだが、こちらが、その時代の東京を知らないので、残念ながら、それがどれほどのものかよく分からなかった。
そこで購入したのが、「LIVING IN TOKYO 東京に暮らす 1928-1936」(キャサリン・サンソム、岩波文庫)。
この本は、題名で分かるように1928-1936(昭和3年から11年)の東京を描いている。キャサリン・サンソムは、イギリス外交官夫人、デパートや電車・バス・タクシーなどの日常生活を通じて知った、東京、いや日本の文化と日本人をイギリス人へ紹介している。戦争が忍び寄っていたにもかかわらず、そこにあるのは自然を愛する日本人の姿だが、同時に閉鎖的な家族制度にしばられている日本人の様子もふれており、ときにユーモアを交えたその語り口は鋭いが優しい。
たとえば、”日本人はL(エル)の発音ができないので、英語の単語を変な風に発音して使っていますが、その中で一番よく耳にするのはトーマス・リプトン(Lipton卿)のブランドの紅茶で「リプトン(Ripton)」と発音されています”と、いまもよく話題にあがる日本人のRとLの発音の話しから始まり。
その人間観察は、ちょっと耳の痛い話しから、これはすこし買いかぶりではという話しもある。
ともすれば一方的な価値観の押し付けになりがちな外国人による日本人論(日本人による外国人論も同じよう)だが、たとえ心地よくない事でもそれを欠点でなく個性としてとらえて冷静に語ることで、日本と日本人を描き出している。この本は、マージョリー西脇による流れるような筆使いの日本の風俗を描いた絵も加わって、昭和初期の東京人の暮らしを描くとともに、現代人が何を失ったかを気付かせてくれる一冊である。
| 固定リンク
コメント