「チャンネルを回す」
ときどき立ち寄るカフェで、よくお目にかかるお年寄りがいる。その方を親とすれば、私は子供、お店の若いマスターは孫のような年回りなのだが、三人とも音楽の話になると世代の違いを忘れて盛り上がる。
その一方、何気ない暮らしの言葉が伝わらないことに驚くこともある。
先日、私とお年寄りが”テレビのチャンネルを回す”話しをしたとき、これが若いマスターに全く通じなかった。マスターは、物心ついたときからテレビはリモコンで操作するものしか知らず、「チャンネルを回す」という言葉の意味が全く思い浮かばないようだった。
私が初めてテレビリモコンを知ったのは1970年前後だろうか。ちょうどその頃、アルバイトをしていた家電販売店にリモコン付きテレビが展示され、アルバイト仲間と一緒にいろいろ操作をして遊んだ。そのリモコンは超音波を利用したもので、チャンネルは順番に進むだけだったが、離れたところからテレビを操作できることに感激。その後まもなく、リモコンは赤外線式の一発選局可能なものになり、ほぼ現在と同じ形式なものになった。
ところで”チャンネルを回す”だが、リモコンが登場する前は、テレビのチャンネル切り替えはチャンネルツマミを回す形式だった。それこそ力を込めてツマミをガチャガチャ回すのだが、ときどき無理して回してツマミを壊すことがあった。同じように壊すお客さんが多いらしく、家電販売店にはツマミの交換部品がおいてあったほど。その当時は、音量もツマミを回して調整、画像調整もツマミを回すものだったのが、いまはそれらは全てリモコンのボタンを押すだけである。
あらためて我が家の中を見回せば、「回す」操作をする電気製品は少ない。しばらく前に購入したラジカセには一つだけツマミがあるが、これはぐるぐると回るロータリーエンコーダーでどこか頼りなく、あのしっかりしたチャンネルのツマミを回す感じがまったくない。チャンネルを回すと同じように”ダイヤルを回す”といわれた電話機も、いまやボタンが並ぶ箱になっている。
どうやら、かつて茶の間であった「ちょっとテレビのチャンネルを回して」という会話風景は、いまや懐かしの昭和遺産となり、古い映画の中にしか生きていないようだ。
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