科学に必要な寛容
ここ数日、オジサン仲間の話題の中心は、ワールドカップでなく「はやぶさ」だった。
TVや新聞のニュースで解説されていたが、「はやぶさ」は宇宙探査機。小惑星イトカワに着陸し、岩石サンプルを採取し、そのサンプルを持って地球に帰還する。エンジン故障、通信途絶など、さまざまの障害の中、予定より3年遅れて7年ぶりに地球に戻って来たのだ。
オジサン仲間、とくにモノ作り系の仕事をしているオジサン達は、「はやぶさ」の話になると熱くなる。
多くの故障にもめげず、無事帰還し最後はカプセルを放出し、本体は大気中で燃え尽きたこともあるが、やはり予定を3年遅れても、最後まで見捨てずプロジェクトを成し遂げたストーリーに胸を熱くしているようだ。
最近の企業プロジェクトをみると、長期にわたるものは提案も実施も難しくなってきた。とにかく結果がすぐに出るものでないとGOサインが出ない。プロジェクトは3ヶ月ごとに進捗をレビューし、もし遅れや変更があれば次のレビュー時期(すなわち3ヶ月後)までに、何らかの対策をしなければならない。その時点で良い結果がなければ、プロジェクト中止もある。いわゆる社内事業仕分けである。
ところが革新的なプロジェクトは、そんな簡単に実現できるものではない。長期にわたる基礎的な研究、そこに全く新しい発想とそれを支える人々が合わさってはじめて完成する。一つの成功の裏には多くの失敗があり、それを乗り越えてはじめて成功があるのだが、最近は失敗を許す寛容な姿勢を見ることが少ない。
しっかり数値化(金額化)できる成果が期待できるものしか評価せず、夢や感動のような情緒的なものを成果として認める余裕がないのだ。
今回の「はやぶさ」のストーリーをみれば、それこそトラブルの連続、スケジュールの大幅遅れだが、それをを乗り越えてあきらめず進む、それを許したプロジェクト関係者の姿勢にオジサン達は感動したのだ。事業仕分けにより科学系予算は縮小される一方だが、科学技術の未来のための寛容な視点をぜひもってほしいものだ。
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