隅田川暮色を読む
「それぞれの東京」(川本三郎)で取り上げられていた「隅田川暮色」(芝木好子、文春文庫)を読む。
舞台は、主人公が生まれた隅田川沿いの浅草、主人公がひっそりと住む本郷崖下の弥生町、夫の実家の老舗組紐屋がある湯島。この作品は、浅草・弥生町・湯島という東京の三地点を舞台に、主人公冴子、その夫である悠、冴子の幼馴染の俊夫の三人が織りなす話。
冴子の父は、隅田川沿いの家で空襲にあい川に飛び込み助かるのだが、川から上がったあと亡くなってしまう。戦災では多くの人が隅田川で亡くなっているが、冴子にとって隅田川は、子ども頃の思い出がよみがえるとともに父親の死に結びつくところでもある。
主人公の隅田川への深い想いは、現代からは想像しにくいが、この小説の時代設定である昭和35年頃の隅田川の風景を思えば、なるほどとなる。
昭和35年発行された「奥さま散歩」という本がある。朝日新聞家庭面の連載をまとめたもので、題名どおり奥さま向けのお出かけ案内。この本の中に向島百花園やブリジストン美術館、デパートなどと一緒に隅田川にあった”水中供養塔”が紹介されている。
隅田川下流の相生橋、その上流側の川のなかに卒塔婆が林立していたのである。これらの卒塔婆は、川で亡くなった人々を供養するためだが、そこは管理されたものではなく、震災や戦災、水の事故などで親や子を失った人々が立てたのである。
昭和35年頃までは、このような風景が隅田川にあったことを知ると、隅田川暮色の印象も一味違うものになる。
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