面白東京本1「東京風物名物誌」
季刊コレジオは外形は小さいが、地形・地図それぞれの分野で活躍されてい方々が寄稿しており、読み応えのある冊子である。
2011年春号の巻頭を飾るのは、松田磐余氏による「江戸・東京地形学散歩」の読書のために補遺”NHK放映の「ブラタモリ」。これは、上野台地と本郷台地に挟まれる谷のようになった谷根千の低地形成に関するもの。興味のあるかたは是非一読されたい。
私が注目した寄稿は、山下和正氏の”東京風物名物誌・銀座」。山下氏は建築家だが、地図コレクターとしてもよく知られており古地図に関する本も書いている。その山下氏が、小型図紹介8として「東京風物名物誌」(岩動景爾、魚住書店、昭和31年)を取り上げている。
「東京風物名物誌」は、東京案内本。そのはしがきに”現代東京人の日常生活においては名所旧跡を訪れるより繁華街に歩を運ぶ方が多く、盛り場に対する親近感と必要性は遥かに大きい”とあるように、東京の歴史、東京の名所旧跡、東京の四季と年中行事に加えて東京の繁華街を詳しく紹介している。
その一番の特長は、盛り場の詳しい地図とお店の紹介である。地図は、住宅地図のように各戸の店名が記されている。
銀座の地図をみれば、大通りには三越・松屋などのデパートや服部時計店(現在の和光)の名があるし、永井荷風の文章に登場する富士アイスも地図右上に広告を載せている。その富士アイスについて本文では、”富士アイスは大正十三年創業、銀座におけるアメリカンスタイルの一品料理の開祖、健康料理等を発案して喝采を博した。その名の如くアイスクリームは独特の好味を以って銀座マンに長年親しまれている。四丁目教文館ビル地階のほか戦後は有楽町スバル座裏喫茶店街にも進出し、界隈ビル街の人々のよき憩いの喫茶店となっている”と紹介している。
さらに銀座の地図をみると松屋デパートと服部時計店には英語でPXの文字があることに気づく。PXは、進駐軍に接収され米兵専用の売店となっていたところである。しかしこのPXの表記は、時期的におかしくはないだろうか。松屋デパートの歴史によれば、銀座店がGHQに接収されPXになったのは1946年(昭和21年)であり、その接収は1952年(昭和27年)に解除されている。それなのに昭和31年初版の本がPXと記しているのだ。
じつは魚住書店版「東京風物名物誌」は、昭和26年12月20日東京シリーズ刊行会から発行された「東京風物名物誌」を復刻したもののようだ。二つの本を見比べたことがあるが、この二冊は装丁が少し違うが、その内容は全く同じで、文章も地図も昭和26年に作成されたものがそのまま使われている。松屋にPXの表記があるのは、このような背景があったのだ。さらにつけ加えれば、東京シリーズ刊行会版は、紙質がわるく表紙も他の印刷物を流用したものであった。
ところで4月30日谷根千で開催された一箱古本市に、面白東京本としてこの魚住社版「東京風物名物誌」を出品したところ、開店早々この本を手にされた方が即購入しますとなった。ということで、そこにいた一部の人にしか見ることが出来なかったのが残念だが、この本は戦後東京の歴史を背負った面白東京本の一つと言える。
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