本のこぼれ話し

2023/09/02

東京風土図・大型合本版

 以前、面白東京本5で取り上げたた「東京風土図」の大型合本版(社会思想社、1993)を入手したので、あらためて紹介しよう。

Dscf3365-1a

 東京風土図は、1959年(昭和34年)から1961年(昭和36年)まで産経新聞に連載された。その文章はいずれも各地域の学校の社会科教諭が執筆したもので、都内各地の「いまとむかし」を紹介している。

 この連載期間は、ちょうど最初の東京オリンピック(1969年、昭和39年)の直前であり、オリンピック開発で大きく変わる前の東京の姿を記録した貴重な資料となっている。街歩きをしていると、地元の人から昔はこうだったとか、こんな建物があったとか、この通りはこうだったとか、その地域の話題がつぎつぎ出てくる。そんなとき本書を開くと、なるほどあの話はこれかとなる。

Dscf3380a

 たとえば御茶水から駿河台下の地図を見ると、建て替え前の明大、多摩へ移転する前の中大、統廃合される前の錦華小や小川小、閉校した文化学院の姿がある、変わらないのはニコライ堂だけのような。このように東京風土図は、昭和30年代の町の姿を知るのに役立つ。

|

2023/06/03

薬効が分かる植物図鑑

 ドクダミは薬になると、古くから言われている。民間療法では多くの病やケガに効く万能薬のように語られるが、いつも利用している植物図鑑にはその薬効や使い方は記載されていない。

Dscf5985-1a

 「こんな薬草知っていますか、写真でみる薬用植物」(昭和61年)は、東京都衛生局薬事衛生課編集。薬用植物をそれぞれ見開き2ページで紹介、右ページに薬用となる部位や採取時期や使い方などの解説、左ページに写真を掲載している。

 たとえばドクダミのページを開くと、

  • 生薬名:ジュウヤク(十薬)
  • 薬用部分:地上部
  • 採取時期:6-7月(花期)
  • 調製法:日干し
  • 薬用:利尿、緩下、血管強化

 使い方

  • 乾燥したものはにおいがなくなって飲みやすく、クウェルシトリンなどの成分を含んでいる。
  • 民間では、利尿、緩下、血管強化の効があるので、急性腎炎、便秘症、高血圧に煎じて服用します(一般的な使用量 1日量10-15g)。
  • 漢方では、五物解毒湯に配剤され、かゆみ、湿疹に応用されます。
  • 生の葉をすりつぶすか、とろ火でやわらかくして練り、ガーゼにたっぷりつけてオデキやニキビにつけると自然にウミが出て早くなおります。

 等々が記載されている。

 この本は60種類の薬草を掲載している。その中には、これも薬草かとなる身近なものも含まれている。たとえば料理の薬味に使われる紫蘇(シソ)や生姜(ショウガ)、シソは、生薬名:ソヨウ、乾燥した葉は、発汗、解熱、鎮咳。ショウガは、生薬名:ショウキョウ、その根は、発汗、健胃、去痰などの薬用がある。

 また大輪の花で知られるボタンは、生薬名:ボタンピ、その根皮は鎮痛、鎮痙などに使われるとある。ただし園芸用として栽培されているボタンは、シャクヤクの根にボタンを接木したもの、つまりボタンピにならないなど興味深い話がぎっしり。

|

2023/02/04

「一汁一菜でよいという提案」(土井善晴、新潮文庫)を読む

 しばらく前に話題となった「一汁一菜でよいという提案」(土井善晴、新潮文庫)を、遅ればせながら読みはじめた。

Dscf2748-1a

 「一汁一菜」とは、ご飯に汁(味噌汁)と菜(おかず)それぞれ一品を合わせた食事の型だが、具だくさんの味噌汁はおかずにもなり、これとご飯があれば一汁一菜。つまり帯にある「ご飯と具だくさんの味噌汁。それでいい。」となる。

 この本は、こうすれば美味しい料理が簡単に作れますという料理方法を紹介するのではなく、毎日の食生活を一汁一菜のような型にしたらどうかという考え方を提案している。それは短時間で作れるが、けっして手抜き料理ではない。

 じつは我が家もときどき具だくさんの味噌汁を作ることがあり、そのときは「ねはみ」を心がけている。

 「ねはみ」は、漢字で書けば「根葉実」であり、根もの(根菜類)、葉もの野菜、実もの野菜のこと。野菜を摂るときは、できるだけこのような三種類を合わせるようにしている。もちろん野菜は季節に応じて手に入りやすいものを選ぶ。例えば先日作った味噌汁は、下の写真のようにジャガイモとニンジン、白菜、カボチャに豆腐を加えている。これは十分おかずになる味噌汁だろう。

Dscf2703-1a

|

2023/01/21

荷風の書斎を見学する

 昨年末、永井荷風の書斎が市川市役所内に再現されていることを知った。

Dscf4530-1a

 ちょうど年に一度の書類処理のためそちら方面へ出かける予定があったので、ちょっと寄り道して見学してきた。

 永井荷風は、1958年(昭和34年4月30日)、千葉県市川市にある京成八幡駅近くの自宅で亡くなった。市役所1階隅に再現された荷風の書斎は、遺族が長年保存していた書斎の建具をそのまま使用し、それに火鉢・文机や文具類(硯や筆)などを配置している(これらは複製品)。襖二枚分の大きな書棚が作家の部屋を思わせるが、書斎はじつに質素である。

 再現された書斎の横に妙にリアルな永井荷風の像が置かれており、大柄で高身長だったことが分かる。さらに書斎の左に市川駅付近、右に京成八幡駅付近を描いた大きな壁画(下の写真)がある。駅や商店や銭湯などをぎゅっと詰め込んで描いており、そこには荷風がたびたび食事をした大黒家もある。

Dscf4522-1a

  ところで上の画にある景色は、いまはすっかり様変わりしている。現在の京成八幡駅は、上下線の真ん中にホームがあるいわゆる島式ホームになっている。駅前にあった大黒家はビルに改築し営業を続けていたが、いまは閉店しており残された建物は社会人講座の会場として利用されている。

|

2023/01/14

「殿山泰司ベスト・エッセイ」を読む

 殿山泰司は、数多くの映画に出演した俳優であるとともにエッセイストとして多くの文章を残した。ちくま文庫からはかつて10冊ほど刊行されていたようだが、いま新刊書店で入手可能なのはこの「殿山泰司ベスト・エッセイ」だけ。

Dscf2653-1a

 自らを三文役者と称した殿山泰司は、声がかかればどんな役でもするというだけあって、出演映画は300本を超えると言われ、またテレビでも活躍した。商店や町工場の主人などを演じるとぴったりはまり、いわゆる存在感のある記憶に残る脇役俳優だった。

 エッセイストとしての殿山泰司は、自身の生い立ちや兵隊生活、役者活動や映画人との交流話に加えて、ミステリ小説の書評を書いたり、またジャズを愛好しコンサートにも度々通いその演奏評を数多く残した。

 この本に収録された文章は、いずれもちょっとクセのある飾らぬ口調の文体で、ためらいがなく痛快でもある。はじめはその文体に戸惑ったが、いまであればSNSで炎上しそうな話をさらりと言ってのけるは羨ましいやら憎らしいやら、そこに不思議な魅力を感じる。

|

2022/07/23

余白のある音楽

 先日、村上春樹雑文集(2011年、新潮社)を手にする機会があった。真っ先に開いたのは「ノルウェイの木を見て森を見ず」のページだが、その内容は予想どおりだったので軽く斜め読みして、「余白のある音楽は聴き飽きない」を読み始めた。

Dscf4196-2t

 その中に「”ペット・サウンズ”なんか、初めて聴いた時にもいいなと思ったけど、いま考えると本当にどれだけその真価が理解できていたのかな思いますよ。あのレコードが出たのは1966年ですが、70年代、80年代、90年代、自分が歳を取って聴くたびに、いいなと思うところが増えてきた」という話がある。さらに「ビーチボーイズのリーダー、ブライアン・ウィルソンのつくった音楽世界には空白みたいなのがあるんです。空白や余白のある音楽って、聴けば聴くほど面白くなる」と続けている。

 村上春樹といえばついビートルズを連想してしまうが、これは本人が雑誌対談で「ビートルズを好きになったのは、割にもっと後のこと、40過ぎてから」と語っている。村上は、いわゆる遅れてきたビートルズファンと言えなくもない。これに対してビーチボーイズへの思い入れは、10代からはじまり長く続いているようだ。

 そういえば坪内祐三もビーチボーイズのアルバムを集めており、その話が坪内の日記本にあった。村上と坪内は、まったく違うタイプだと思うが、二人が同じビーチボーイズ・ファンとはちょっと面白い。

|

2022/03/21

「旅屋おかえり」(原田マハ)を読む

 「旅屋おかえり」(原田マハ、集英社文庫)は、依頼主に代わって旅をする女性を主人公にした小説。

Dscf1093-1s

 本の帯に大きくドラマ化!とあるように、NHK BSプレミアムで放映されたドラマの原作本。元アイドルにして旅番組のレギュラーを持っていた「丘えりこ」、その番組を失ってから始めたのが旅の代行業「旅屋おかえり」だ。

 お金を出してでも他人に旅行をしてもらうだけあって、依頼者はみな深い事情を抱えている。受けとめ方によっては深刻な展開になりそうなものを、おかえりさんは依頼者の気持ちに寄り添いながらも持ち前の明るさを発揮して旅をする。それは一人旅だが、かつての仕事仲間が何かと気にかけて協力してくれる。いわゆる、おかえりさんは愛されキャラなのだ。

 BSで放送されたドラマは高知編しか観ていないが、ドラマはロケを含めて丁寧に作られており主演の安藤サクラも原作の雰囲気にピッタリ。できれば見逃した秋田編を観たいと思ったら、NHK総合で4月2日(土)夜10時から再放送されるそうだ。

|

2022/03/06

エレベーター音楽

 話題の映画ドライブマイカーの原作を収録している村上春樹の短編集「女のいない男たち」(文春文庫)を遅ればせながら読みはじめた。ドライブマイカーについては多くの人が語っているので、ここでは「エレベーター音楽」の話をしよう。

 

 短編集の表題にもなっている「女のいない男たち」の中に、エレベーター音楽という言葉とその説明がある。”エレベーターの中で流れているような音楽、つまりパーシーフェイスだとか、マントヴァーニだとか、レイモン・ルフェーブルだとか、フランク・チャックスフィールドだとか、フランシス・レイだとか、101ストリングだとか、ポール・モーリアだとか、ビリー・ヴォーンだとかその手の音楽だ”とある。

 村上は、フランシス・レイの「白い恋人たち」、パーシーフェイスの「夏の日の恋」やヘンリー・マンシーニの「ムーン・リヴァー」などの曲名もあげている。さらに昨年末のFM東京で放送された村上ラヂオの中で「素敵なエレベーター・ミュージック」というテーマで、ロニー・アルドリッチ楽団の「歌にたくして」やガボール・ザボの「恋は水色」などをかけたそうだ。じつはこの放送を聞き逃してしまったので、これはFM東京Webにあった情報だが。

 私の記憶にあるエレベーター音楽といえば、カラベリ・グランド・オーケストラ演奏によるもの。特に印象に残っているのは「愛のテーマ」だろうか。バリーホワイトのオリジナル版に磨きをかけたような演奏、それが上に載せたYoutubeだ。

 それにしても村上があげた楽団は、かつてイージーリスニング音楽と呼ばれたものだと思うが、それとエレベーター音楽はどこか違うのだろうか?ちょっとモヤモヤしている。

|

2021/12/18

ジャック・ティーガーデンに出会う

 ふと立ち寄った中古CD販売の棚、上3段はクラシック・アルバムがぎっしり詰まっていたが、最下段にカーペンターズやアンディウイリアムスに続いてジャズCDが30枚ぐらい並んでいた。

Dscf0782-1s

 CDケース背のデザインが共通だから企画もののセットのようだが、その端にあきらかにそれらと違う背が見えたので抜き出したら「COAST CONCERT」というアルバムだった。

 夜の空港、雨上がりだろうか光が反射する路面の上に楽器ケースを小脇にもつレインコートを着たオジサンが立っているジャケット写真に見覚えがあった。それはPortrait in Jazzのジャック・ティーガーデンの章で、村上春樹が”ティーガーデンとボビー・ハケットときて僕がまず(ふと)個人的に思い出すのは、LP「コースト・コンサート」(Capitol) に入っている美しいバラード「プランを変えなくちゃ」である”と語っているアルバムだ。

 早速購入し自宅で聴いてみた。「プランを変えなくちゃ」の原題は、 I Guess I'll Have To Change My Plan だろうと聴きはじめたら、まさしく村上が”ハケットのメロディアスで品が良くて滑らかなスイング感にあふれたプレイと、ティーガーデンののほほんとした人柄のにじみ出たプレイがしっくりとひとつに混じりあって”と語った世界をかいま見るような。それは尖ったところがまるでない、まったりした心地よいサウンドにあふれていた。

 それにしてもPortrait in Jazzでティーガーデンに興味をもちわずか1週間でそのアルバムに出会うとは、なんとも不思議な巡りあわせだ。

|

2021/12/12

「Portrait in Jazz」(村上春樹) を読み直す

 村上春樹の「古くて素敵なクラッシク・レコードたち」を読んでいたら、かつて読んだ「Portarait in Jazz」が気になりだした。

Dscf0774-1s

 あらためて「Portarate in Jazz」(新潮文庫)を復習すると、これはジャズ音楽ファンである和田誠が選び描いたジャズミュージシャンの肖像画を土台にして、その上に同じジャズファンである村上春樹が文章を構築した作品だ。これだけならジャズガイド本の一つかもしれないが、村上春樹の小説家ならでは言葉選びが随所に散りばめられエッセイとしても楽しめる作品になっている。

 たとえばスタン・ゲッツでは、「生身のスタン・ゲッツが、たとえどのように厳しい極北に生を送っていたにせよ、彼の音楽が、その天使の羽ばたきのごとき魔術的な優しさを失ったことは、一度としてなかった」。さらに「ゲッツの音楽の中心にあるのは、輝かしい黄金のメロディーだった」と語っている。これは音楽評論家からはまず出そうもない小説家ならでは言葉だろう。

 ところで、あとがきで村上春樹が語っているが、和田誠が選んだミュージシャンには「キース・ジャレットもジョン・コルトレーンも入っていないけれど(そのかわりにちゃんとビックスとティーガーデンが入っている)」とある。これを読みビックスとティーガーデンって誰となり、youtubeで彼らの映像を探してしまった。

|

より以前の記事一覧