昭和の暮らし

2023/08/05

リッチなカルピス

 スーパーのカルピスウォーターの横に、はじめて見かけるカルピス飲料が並んでいた。ラベルに大きく「カルピス THE RICH」の文字、ラベルの肩あたりに「塩分・水分補強」、さらにラベルの下の方に「上質な濃さ」と表示されている。

Dscf3358-1a

 ラベルの言葉が気になり、カルピスウォーターと一緒に購入し自宅で飲んでみた。一口飲んだ途端、通常のカルピスウォーターと違うことが分かる。子供の頃に親が瓶詰の濃縮タイプから作ってくれた、あの懐かしのカルピスの味に近いような。

 塩味は感じなっかたが、メーカーのホームページにある成分表をみると、カルピスウォーターの食塩相当量が0.04g/100mlなのに対して、RICHは0.1g/100mlだから2.5倍に強化されている。

 ところでペットボトル飲料は、いつもコンビニや自販機でそのとき目についたものを購入していたが、たまにはじっくり見て選ぶのもありだろう。思わぬ発見があるかもしれない。

|

2020/07/26

引き出しの中のひょうちゃん

 キッチンの引き出しから出てきた小さな醤油入れは、横浜崎陽軒シューマイ弁当に入っていた「ひょうちゃん」。

Dsdf1043-2f

 初代ひょうちゃんは漫画家横山隆一が描いたが、上の写真のひょうちゃんは原田治による二代目。その画は万年筆をもった手の横に筆記体のDear friendの文字、いかにも友達に送る手紙を書いているような。

 しかし二つとも同じDear friendだが、左の大きなひょうちゃんは、書き出してみたもののこの先何を書こうか思い浮かばずちょっと困った表情のように見えるが、右の小さなひょうちゃんは次々書きたいことが浮かび楽しんでいるよう。口元と眉毛のわずかな変化だけで印象がガラッと変わる。

 ところで、これらも前回の栓抜きと同じ昭和のグッズと思ったが、崎陽軒のひょうちゃんのページで調べたら、「1996年(平成8年)には、栓がコルクから、現在も使用しているゴムに変わりました」とある。となれば、右側の小さなひょうちゃんは平成生まれ、左側はコルク栓なのでそれより前だがたぶんこれも平成だろう。

 それにしてもキッチンの引き出しは、おもちゃ箱ような。旅の途中で食べた駅弁に入っていた小物をはじめに、宣伝用グッズなど懐かしいものが詰まっている。なかにはまったく用途不明で、これは何だろうかと悩むものもある。

| | コメント (0)

2020/07/19

昭和の家庭用品:栓抜き

 キッチンの引き出しを整理したら、錆びた栓抜きを見つけた。

Dsdf1058-1f

 全長20cmぐらいで重さ200g(これはキッチンスケールで測ったので正確な値)、たぶん鉄の鋳物にメッキをしたものだろう。古い記憶をたどると、栓抜きでなく反対側の小さな部分を使うことが多かったような。

 それは、缶ジュースのフタに穴を開けるときに使用した。大人は小さな道具(写真の左端)を使っていたが、子供にはこの大きな栓抜きのほうが使いやすかった。いまなら「テコの原理」で説明できるだろうが、作用点・支点・力点の位置関係が絶妙で子供の小さな力でも扱えた。

 それにしても最近は栓抜きの出番がない。缶ジュースはプルタブ(ステイオンタブ)となり穴あけの必要はないし、王冠付きのビンも少なくなった、栓抜きが錆びるのも当然だろう。たまに必要なときもあるが、そのときはキッチンバサミで間に合ってしまう。じつはこのキッチンバサミも相当古いが、いまなお現役でよく使うので錆びる暇はないのだ。

| | コメント (0)

2020/03/01

あの缶の名は「台形の枕缶」だった

 しばらく前に、長年親しまれたノザキのコンビーフ缶がリニューアルされるとのニュースがあった。そのとき、あの缶を「台形の枕缶」と呼ぶことを初めて知った。Dscf1247-2b

 さらにコンビーフ缶に付属しているT字型の開缶用部品を「巻き取り鍵」と呼ぶことも知った。かつてこの部品の端が缶に溶接されていて、ときどきうまく取り外せず曲げたりしたことがあったが、いまはテープで缶に貼り付けられている。

 ところで缶の一部分をグリグリ巻き取りながら開ける缶は、コンビーフ以外にもある。以前、平たい缶の側面全体をグリグリ巻き取るような缶をもらったことがあるが、なんと中身は和菓子の栗羊羹だった。たぶん探せば様々な食品の缶詰がありそうだ。

 それにしても台形は分かるが、枕缶とは不思議な名だ。もしかしてメーカーの社内用語かと思ったが、明治屋食品辞典のコンビーフの解説にも「コンビーフ缶(枕缶)」とあるから少なくとも食品業界では通用する名前なのだろう。

| | コメント (0)

2010/01/24

伝票お願いします

 ”メモ帳にでもどうぞ”と大小二つの伝票を頂いたのだが・・・。

 二つとも最上部に”お会計票”と印刷されている。

7dsc09994 小さい伝票は、表面はオレンジ、裏面はミドリのインクで印刷されており、ちょっとカワイイ色使い。品名欄にコーヒー、紅茶、ジュースとあり、5行ほど空欄がつづき最下部に”TOTAL”とあるから、これは喫茶店用だろう。裏面におじぎしているウエイトレスのイラストとともに”またのご来店をお待ちしております”の文字。その昔の喫茶店で、ウエイトレスさんが注文した飲み物と一緒にのテーブルに置いていった伝票そのもの。

 大きい伝票は、真ん中に大きく”鮨”とあり、一目で鮨屋さん用とわかる。品名欄に上寿司、並寿司、ちらし寿司、鉄火巻、かっぱ巻、のり巻が並び、5行ほど空欄がつづき酒、ビール。最下部は”TOTAL”だが、そのすぐ上におみやげと飲食税の欄がある。裏面には”毎度ご来店ありがとうございます”の文字とともに、寿司屋の湯のみで見かける魚の漢字がずらっと並んでいる。

 さて、この伝票どうしようか・・・。

 メモにするには惜しい気がする、何か面白い使い方はないだろうか・・・。

| | コメント (0)

2010/01/17

「チャンネルを回す」

 ときどき立ち寄るカフェで、よくお目にかかるお年寄りがいる。その方を親とすれば、私は子供、お店の若いマスターは孫のような年回りなのだが、三人とも音楽の話になると世代の違いを忘れて盛り上がる。

 その一方、何気ない暮らしの言葉が伝わらないことに驚くこともある。

7dsc09950 先日、私とお年寄りが”テレビのチャンネルを回す”話しをしたとき、これが若いマスターに全く通じなかった。マスターは、物心ついたときからテレビはリモコンで操作するものしか知らず、「チャンネルを回す」という言葉の意味が全く思い浮かばないようだった。

 私が初めてテレビリモコンを知ったのは1970年前後だろうか。ちょうどその頃、アルバイトをしていた家電販売店にリモコン付きテレビが展示され、アルバイト仲間と一緒にいろいろ操作をして遊んだ。そのリモコンは超音波を利用したもので、チャンネルは順番に進むだけだったが、離れたところからテレビを操作できることに感激。その後まもなく、リモコンは赤外線式の一発選局可能なものになり、ほぼ現在と同じ形式なものになった。

 ところで”チャンネルを回す”だが、リモコンが登場する前は、テレビのチャンネル切り替えはチャンネルツマミを回す形式だった。それこそ力を込めてツマミをガチャガチャ回すのだが、ときどき無理して回してツマミを壊すことがあった。同じように壊すお客さんが多いらしく、家電販売店にはツマミの交換部品がおいてあったほど。その当時は、音量もツマミを回して調整、画像調整もツマミを回すものだったのが、いまはそれらは全てリモコンのボタンを押すだけである。

 あらためて我が家の中を見回せば、「回す」操作をする電気製品は少ない。しばらく前に購入したラジカセには一つだけツマミがあるが、これはぐるぐると回るロータリーエンコーダーでどこか頼りなく、あのしっかりしたチャンネルのツマミを回す感じがまったくない。チャンネルを回すと同じように”ダイヤルを回す”といわれた電話機も、いまやボタンが並ぶ箱になっている。

 どうやら、かつて茶の間であった「ちょっとテレビのチャンネルを回して」という会話風景は、いまや懐かしの昭和遺産となり、古い映画の中にしか生きていないようだ。

| | コメント (0)

2009/10/12

深川東京モダン館

 10月10日、門前仲町に深川東京モダン館がオープンしました。

7dsc08472 写真をみて、この丸窓のある建物は、あれではと気づいた方もいるでしょう。じつは、この建物は昭和6年に建設され、「東京市深川食堂」として使われた昭和初期のモダン建築です。
 
 戦後、職安や作業所と使用されていたものを、今回、完全に改修して観光案内+イベントスペースとしてオープン。十数年前に見かけたときは、暗いグレーの建物でしたが、今回の改修によりアイボリー系の明るい外装になりました。

 「東京市食堂」とは見慣れない名前ですが、東京市が設置した公衆食堂です。米騒動に対する東京市の社会事業の一環として大正9年から神楽坂・上野などに設置されました。それらは関東大震災で一時消失しましたが、その後、震災復興事業として再開され、深川は最後の16番目のものです。

 ところで、二階で行われている「深川東京モダン館の時代」に、建物設計図面、同時代の建物の写真、食堂の価格表など興味深いコピーが幾つか展示されています。

 昭和6年3月11日付け東京市公報に掲載された食堂価格表によれば、定食甲種:(朝食10銭、昼食15銭、夕食15銭)、乙種:(朝食8銭、昼食10銭、夕食10銭)です。これらは現代のA定食、B定食でしょうか。興味深いのは、嗜好食として単品メニューがあり、サラダ、コロッケ(10銭)からはじまり、ビフテキ、ローストビーフ、玉子丼、カツ丼、天丼(20銭)、さらに洋食ランチ・和食ランチ(30-50銭)などがあります。

 この価格表だけですと、はたして安いのか高いのか分かりませんので、手元にある本でこの頃の食べ物の値段を調べました。

 銀座十二章(池田弥三郎)によれば、昭和5年10月に銀座で開店した”大衆向きの安いてんどんを主とした店”では天丼35銭、そのとき銀座三越食堂の天丼は40銭だそうです。また、たいめいけんよもやま噺(茂出木心護)によれば、昭和3年、泰明軒本店で昼の食事は50銭から1円20銭だそうです。

 こうしてみると東京市食堂は、銀座のデパート食堂や食べ物屋さんの半額程度だったようです。

 また新版大東京案内(今和次郎)では、”東京市社会事業のなかで評判のいいのは公衆食堂の事業”と記述しており、昭和三年の東京市設公衆食堂(真砂町、三味線堀、猿江、芝浦、九段、神楽坂、神田、大塚、上野)の成績表(利用者数と売り上げ金額)を掲載しています。

 さて深川東京モダン館にもどりましょう。ここは門前仲町の駅に近く(徒歩3分)、観光パンフレットも置いてあります。いままで公共の観光施設が少なかった門仲付近ですが、深川散歩の待ち合わせ、一休みに便利なスポットができました。住所は、東京都江東区門前仲町1-19-15、赤札堂向かい側にあるモスバーガー横の道に入って、すぐ左側にみえる路地を入ったところです。


大きな地図で見る

| | コメント (2)

2009/10/10

「映画カラオケ」のすすめ

 今月の雑誌東京人の特集は、「映画の中の東京」。

Tokyojin0911 映画+東京といえば川本三郎さんだが、”昭和二、三十年代の日本映画のなかに、いまは失われた東京の風景が出てくるとそれだけでうれしくなる”とはじまる文を、”今ひとたびの「銀幕の東京」”として巻頭に寄稿している。

 その内容は、川本ファンであればおおよそ想像できるかもしれないが、「銀幕の東京」(川本三郎、中公新書、1999年)をふり返って、消えた東京の風景を映画のなかに探すことを、「鉄道ファンの廃線跡を歩くとことと似ている」とした点が興味深い。鉄道廃線を探す旅と、昭和東京映画の中に消えた風景を探すことが、同じような現象ではないかと指摘しているのだ。これは、いまやブームとなった東京街歩きとも通じるかもしれない。

  ところで今月の東京人で最も注目するのは、川本さんに”目から鱗が落ちるような”と言わせた、”大瀧詠一の「映画カラオケ」のすすめ”だろう。

 「秋立ちぬ」(昭和35年)と「銀座化粧」(昭和26年)は、ともに銀座近くの新富町を舞台にした成瀬巳喜男監督の映画だが、この二作品は、ともに築地川がテーマとなっている。これらの作品の舞台をさらに掘り下げたら、どのようなことが分かるのだろうかと・・・。

 大瀧さんは、”カラオケに歌手がいないように、映画の場面から役者を抜いてバーチャルな世界を作り、登場人物の視線でその世界を歩く”ことを映画カラオケとして、この二作品の舞台となった地を探し歩き、さらになぜこの場所を選んだかその歴史まで遡っている。

 これだけならただの映画ロケ地めぐりのように思うかもしれないが、そんな簡単な話しではない。

 映画は、スタジオセットという実際には存在しない作り物の風景と、ロケでの実風景が組み合わせられている。じつは成瀬巳喜男は、セットでの撮影が多いことが有名な監督なのだ。はたして成瀬巳喜男が舞台とした描いた町は、どのような姿なのだろうか、またそれは実際の町とどのような関係にあったのだろうか。

 大瀧さんは、「映画カラオケ」によるアプローチで、映画から切り取った静止画を手に現地を歩き、古い地図や写真を探り、ときに想像力を発揮してズンズン突き進んでいく。これは、まるで時空を超えた街歩きといえる。

 さて「秋立ちぬ」と「銀座化粧」の映画カラオケから、何が分かったのだろうか・・・。

 その答えは、今月の東京人を見てのお楽しみだ!

| | コメント (0)

2009/10/04

コバルトブルーの忘れ物

 碍子という文字を知っているだろうか。

7dsc08255 碍子はガイシと読み、電線を張るときの絶縁支持端子として使われる。いまは高圧鉄塔や鉄道の電柱でみかけるだけだが、かつては住宅への引き込みや屋内配線にも使われていた。

 先日、日本橋を歩いていたら、お店の外壁に黒っぽい糸巻きのようなものが付いているのに気づいた。

 碍子!しかも濃いブルー!

 ガイシは磁器製なので白色のものが多いが、ブルーのガイシは珍しいかな・・・と思いながら我が家近くの商店街を見回したら、同じものがあった。電柱から家に引き込まれている電線を支えるワイヤーに、このブルーのガイシがついている。どうやら、これは共通に使われている部品らしい。(10/5追加:電力資材カタログを調べたら、これは低圧引留碍子という部品で白と青の二種類があり、家庭用電線を引き込む場合は青を使用するらしい)

 ところで、色の名を他人に伝えるのは難しい。赤・青・緑のような原色であれば簡単なのだが、自然の中で見かける微妙な色合いとなると、それをどのような色名で表せばよいのか悩んでしまう。

 たとえば青といっても、明るい青もあれば暗い青もあるし、さらに色合いも様々でマリンブルー、セルリアンブルー、サックスブルー、スカイブルー、ネービーブルー、プルシャンブルー、コバルトブルー、ミッドナイトブルー、インディゴなど数え上げればきりがない。これらの色の違いをピッタリと言い当てられるだろうか・・・。

 漢字の色名も難しいものが多い。藍色も、薄藍、濃藍あたりは分かるが、青藍、藍鉄、藍錆、紺藍となるとお手上げだ。染物や工芸にで使われる紫色には、勿忘草色(ワスレナグサ)、露草色、薄花桜、紫苑色、桔梗色など美しい名前が多い。こういう色名を、さらりと語る人は、なんと粋だろうかと感心してしまう。

 さて壁に忘れられたように残された青いガイシ、この色は何と言えばよいのだろうか。ただの青とはちょっと違う、群青、青磁、それともコバルトブルー・・・。

| | コメント (0)

2009/07/01

プラッシー

 日本橋を歩いていたら、ある建物のシャッターに「屋根つき駐車場あります」の張り紙。

7dsc06247_3 駐車場といっても、それは古い商店らしき建物。ちょうど片側のシャッターが開けられ、その屋根付き駐車場の内部が、道路から見えるようになっていた。

 奥の方はハッキリしないが、薄暗い建物の中は、家具もなくガランドウ、長い年月を経たらしく天井も梁も黒く煤けているようだ。暗い中そこだけぼーっと明るく、一枚の紙が奥の板壁に残されていた。

 「とう精業者登録証」

 さて「とう精」とは何だろうか?

 広辞苑で調べたら、「とう精」は、漢字では搗精となり「玄米を白米にする」とある。これは「精米」と同じ意味だと思うが、米業界用語では「とう精」と「精米」は、微妙に異なるのかもしれない。とにかく、この建物は、かつて精米をしていたお店なのだろう。となれば、梁の割れ目に白いものが見えるが、これは精米中にでた粉が付着したものかも。

 ところで、かつてお米屋さんが配達していた飲料プラッシーを、憶えている人はいるだろうか。プラッシーは、武田薬品の系列会社が販売していたビタミンC入りのビン詰め飲料で、オレンジジュースに似た色をしていた。このプラッシー、とっくに無くなったと思っていたら、じつは今もハウスウエルネスフーズから期間限定で売られているそうだ。興味のある人は、近所のスーパーなどをチエックすると見つかるかもしれない。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧